Locust

ごったに

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 バンバン、と事務所の扉を叩く音で俺は目を覚ました。
「日月さん。いらっしゃいますよね? お話伺いたいのですがー」
 眠い目をこすり、スマホで時間を確認する。
 まだ朝の九時だ。
「んだよ……うちの営業時間は十一時からだぞ」
 ドアの方を睨むと、すりガラスごしに見えるシルエットで客じゃないのはすぐにわかった。
 起き上がり、ドアを開けるとそこに立っていたのはかつてのご同輩。
 俺の代わりに補充されたのか、新顔とコンビを組んでいるようだ。
「おはようございます。日月たちもり一輝いっきさんで、間違いないですね?」
 新顔のうしろに立ったそいつが、警察手帳を出す。
 鏑木かぶらぎまさる
 どこにでもいそうな男、特徴のないのが特徴。
 強面揃いの捜査一課で、浮いていた元同僚。
 手帳なんか出さなくても、お前をコメディアンとは思わねぇよ。
「なんだよ、私立探偵に捜査協力の依頼か? そんなの漫画や小説の中だけだろうが」
 軽口を叩くと、鏑木は相方の刑事と顔を見合わせて、困り顔になった。
「その様子だと、ご存知ないようですね。それとも……おっと」
「なんだよ。このへんで事件でもあったのか」
「あなたの元妻、はなぶさ優愛ゆあさんが亡くなりました」
 突然、耳が聞こえづらくなった。
 表を走るクルマの走行音、鏑木の話す何らかの言葉。
 何もかもが遥か遠くでしているようで、代わりに耳鳴りばかりが大音量で聞こえる。
 刻一刻と大きくなる耳鳴り。
 死ん、だ……?
 優愛が、死んだのか?
 学生カップルのように、嫌いになったから別れたわけじゃない。
 直斗が行方不明になって、俺と距離を置きたいと言って優愛は実家に帰ったのだ。
 実家……?
「……月……ん。日……さ……日月さん! しっかりしてください!」
 鏑木に肩を揺さぶられ、やっとのことで我に返る。
「お悔やみ申し上げます」
 苦り切った顔の鏑木が、視線を足元に落としている。
 目頭が熱く、視界が滲んでいる。
 熱い雫が頬を伝い、顎の方へと流れ落ちる。
 離婚する直前、当たり散らすか塞ぎ込むかしない優愛に悪い感情を抱きもした。
 けれど、それでも。
 俺は、優愛を────────────────。
「優愛さんだけでなく、その御両親も」
 鏑木は言葉尻を濁す。
「なるほど。それで昨夜、優愛に電話をかけていた俺に話しを聞きたいと」
 それから、何日かに渡って俺は取り調べを受けることになった。
 一人暮らしの、駆け出し私立探偵だ。
 アリバイもなく、無実を証明するのにも骨が折れたが、なんとか解放された。
「日月さん。まだ、息子さんのこと探してるんです?」
 最後の取り調べの後、鏑木に呼び止められた。
 ここは、監視カメラの死角だ。
 刑事時代、上に知られて困ることをするとき、何度も利用したのが思い出される。
「当たり前だ。優愛を殺したのも、きっと同一犯かその仲間だ」
「決めつけるの、よくないですよ」
「どうせ、また上からもみ消されるんだろ。それが何よりの証拠じゃねぇか」
 吐き捨てて、取り調べを受ける側として訪れた古巣を、今度こそ後にしようとしたとき。
「日月さん」
 鏑木に再度呼ばれ、仕方なく肩越しにやつへと顔を向けた。
「なんだよ。首を突っ込むな、ってんなら無理な相談だぜ」
「これを」
 軽口を無視して、鏑木は俺に茶封筒を渡してきた。
「俺に手伝えるのは、これだけです」
 突然のことに目を瞬かせ、よくわからないけれどそれを受け取る。
「うっ……!?」
 中には写真が数枚入っており、干からびたミイラのような死体が収められていた。
 優愛と、その両親だ。
 血を抜かれているのだ。
 痛ましい姿は目を背けたくなるものだったが、重要な手がかりであることは間違いない。
 心を鬼にしろ、日月一輝。
 自分に言い聞かせて、写真を見る。
 頸動脈に、牙を突き立てられたような外傷がある。
 吸血鬼、という言葉を思い出さずにはいられない。
 脳裏を過ぎるのはシケイダ君とかいう動画投稿者の、削除された陰謀論動画。
 なんだ、これは。
 一体、この日本で、何が起きているというんだ。
「お前、正気か?」
 こんなもの、かつての同僚とはいえ、一般人に渡していいものじゃない。
「上に事件を握り潰されて怒っているのは、日月さん。あなただけじゃない、ってことです」
 特徴のない男の目には、義侠心のような光が宿っていた。
 踵を返すと、鏑木はさよならも言わずに行ってしまった。
「恩に着るぜ」
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