Locust

ごったに

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 当然、刑事としての捜査権も失った俺の個人的な捜査は、すぐに暗礁に乗り上げた。
 けれど、それからも同様の子供の行方不明事件が起きていた。
 テレビや新聞といった、オールドメディアでの扱いは小さかった。
 いや、ないに等しかった。
 当然だ、圧力で捜査本部が解散になるのだ。箝口令が布かれるのは、当然と言えよう。
 だが、それとは別に事件に着目する連中がいた。
 善良な市民にとっての鼻つまみ者、ネットに蔓延る陰謀論者どもだ。
 オールドメディアの報じない、連続児童失踪事件。
 SNS、匿名掲示板、そして動画サイト。
 根も葉もない噂を無責任に垂れ流し、人心を惑わす迷惑極まりない暇人ども。
 俺もかつてはそう思っていたが、藁にも縋る思いでそいつらの投稿を漁った。
 面白おかしく取り扱うやつには腹も立ったが、堪えて情報を精査する。
 やがて、辿り着いたのがシケイダ君のチャンネルだった。
 彼の扱うジャンルは、未解決事件や陰謀論。
 そこに、直斗やそれに続く児童の連続失踪事件を扱った動画が投稿されていたのだ。
 しかし、それは即座に動画プラットフォームサイトによって削除されてしまった。
 こんなことは慣れっこだという彼は、別の有料プラットフォームサイトにもチャンネルを持っているようで、そちらに上げ直すとSNSで開き直っていた。
 すぐに会員登録をし、シケイダ君をフォローした。
 衝撃だった。
 どうして、こんな馬鹿げた動画が削除されたのか。
 動画の内容は、以下のようなものだった。

 ハンガリー王国の貴族、エリザベート・バートリーは、侍女を折檻した際にその血が手に付着した。それを拭き取ると、血の付着した箇所は他よりも美しく見えた。
 そのことから、エリザベートは処女の血を浴びれば美しくなれるという妄執に取り憑かれ、多くのうら若い娘を殺し、その血を浴び続けた。
 この逸話はのちの吸血鬼伝説に取り入れられていくのだが、現代でもこれに近いことをしている連中がいる。
 オカルトの世界には、精気オドと呼ばれる生命力のようなものがある。
 俗に言われる魔力とは、自然界にあるマナとこの精気を魔術師の体内で混ぜ合わせたものであると言われている。
 これは子供から実際に採取することができ、採取するには恐怖を与えればよい。
 恐怖とは、生命の危機と同義である。
 生きたい、死にたくないという強烈な意志の表れであり、それはまさしく生命力の発露。
 いわば火事場の馬鹿力だ。
 そして、生命力でいえば大人よりも子供の方が旺盛なのは、言うまでもない。
 長命を得たい富豪や権力者、美貌と若さが資本の俳優女優はこの精気を欲しがった。
 それにより市場が形成され、子供から搾り取った精気が秘密裡に世界中へと流通している。
 これを売る者は、買う者の弱みを握ることになる。
 つまり、世界の政治経済、エンターテインメント業界を裏から操っているのだ。
 聖職者による児童への性的暴行がたびたび報じられること、また性表現規制の議論の発生源が宗教勢力からのものであることは、その黒幕が誰なのかを雄弁に物語っている。
 世界でヒットしたアニメ映画や、日本の有名漫画にもこれを描いたとされる作品がある。

 馬鹿馬鹿しい。
 こんな取るに足らない陰謀論を、わざわざ削除するとはどういうことなのか。
 不思議に思っていると、動画の最後に監視カメラの録画を切り取ったものが映りこむ。
「ッ!?」
 思わず身を乗り出した。
 パソコンの画面に額をくっつけて、その画像を食い入るように見た。
 見間違うはずもない。
「直斗ッ!!」
 画像は荒かったが、それは息子と手を繋いだ僧衣姿のギリスト教の神父だった。
 神父と直斗は、何やら船に乗り込もうとしていた。
 他にも、大人が子供を船に連れ込もうとする瞬間を捉えた写真が、何枚か表示されて動画は終わった。
 慌ててスマホを手に取り、俺は優愛の番号へとかけた。
 聞かなくてはならない。
 直斗の手がかりを。
 育児を優愛に任せっきりにしていて、俺は直斗のことを何も知らない。
 ギリスト教の教会へ足を運んでいなかったか?
 通わせていた幼稚園や、進学させるつもりだった小学校はギリスト教系ではなかったか?
 直斗と仲の良かった友達に家がギリスト教の子供、もしくは優愛が付き合っていたママ友にギリスト教を信仰している者はいなかったか?
「出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ、出ろよぉーっ!!」
 自宅を兼ねる貸事務所の中で、感情に任せて叫ぶ。
 しかし、どれだけ待っても聞こえてくるのはコール音ばかり。
 夜とはいえ、まだ十時じゃないか。
 眠るには早い。
 酒でも飲んでいるのか?
 風呂か? トイレか?
 優愛へのコールを切る。
 次いで、思いついたのは優愛の実家に連絡を取ること。
 しかし、俺の両親だってもう七〇代だ。
 優愛の両親の年齢なぞ知らんが、大差ないはず。
 つまり、十時ならまだ起きているだろ、が通用する年齢ではない。
 留守電だろうと、こんな時間に連絡すれば、心証が悪くなるかもしれない。
 優愛に繋がらない以上、今夜俺にできることは、もうない。
「寝るか」
 ソファベッドに横たわり、俺は目を閉じた。
 逸る気持ちを抑え、努めて眠ろうと意識する。
 進展があったのだ。
 明日に備えて、今は身体を休めるべきなのだ。
 しかし、その判断は翌日、最悪の結果を俺に突きつけることになる。
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