Locust

ごったに

文字の大きさ
上 下
1 / 16

1

しおりを挟む
 月もない真っ暗な夜。
 聞こえるのは、波を切るクルーザーのモーター音だけ。
 刑事を辞め、三七歳にして私立探偵に身をやつしてまで通した俺の我儘に、今夜こそ決着をつける。
 闇夜に目的地のシルエットが、おぼろげに見えてきた。
 角髪島みずらしま
 現代の吸血鬼どもが巣食う、邪悪の島だ。
日月たちもりさん」
 呼ばれ、振り返る。
「腹が減っては、戦はできぬ。こんなもんしかないですけど、どうぞ」
 ビニール袋をこちらに突き出している青年が、立っていた。
 GoProを構えた大学生風。実際には、退学して動画投稿者として生計を立てている。
「ありがとう、シケイダ君」
「いえ」
 その顔にはにかんだような笑みが浮かぶ。
 受け取ると、中身はコンビニで買った焼き鳥のようだった。
 それと、五〇〇ミリリットルのお茶。
 夜目を凝らして見た感じ、モモとねぎまと、あと鴨串か。
「タンパク質で、力をつけてくれれば、と」
「ありがとう。鴨串、たまにしか売ってないが、うまいよな」
「うまいっすよね」
「あぁ。いただきます」
 軽く会釈をして、早速いただく。
 焼き鳥は冷めており、お茶もぬるい。
 だが、文句はない。
 これは、ピクニックじゃない。メシの美味い不味いは、些事に過ぎない。
 クルーザーのチャーターをしてくれたのだって、シケイダ君だ。
 若者に金を出してもらうのは、我ながら格好がつかないな。
「う、うわぁっ!なんだあれはあぁっ!」
 突如、後方から野太い悲鳴が上がる。
 シケイダ君の動画を編集するスタッフ、中野の声だ。
「どうした!」
 振り向いたとき、編集スタッフは懐中電灯の光を空に向けていた。
 馬鹿野郎。
 島のやつに気付かれるだろうが。
 胸中で毒突いたが、それはすぐに驚愕で上書きされた。
「なんだ、あれは」
 夜闇を切り取る光を、一瞬、人間大のものが横切ったのだ。
 目を凝らすと、夜空を飛ぶ影があった。
 五メートルに達しようかという翼長の羽根を広げて旋回し、クルーザー上空からこちらの様子をうかがっている。
「シケイダ君! 銛はないのか」
 苦虫を噛み潰す。
 こんな時、拳銃さえあれば。
 無論、刑事時代でも自由に携行できるものではなかったのだが。
「日月さん、これを!」
 運転手に場所を聞いたのだろう、シケイダ君が手銛を持って来てくれた。
 こんなものでも、ないよりはマシだろう。
「中に隠れるんだ」
 シケイダ君とスタッフに、運転手のいる操舵室へ入るよう促す。
 しかし、遅かった。
「ぎゃあああああああああっ、助けてくれえっ!!」
「中野くんっ!!」
 我先に操舵室へ向かおうとした中野を、滑空してきた空飛ぶ人間が宙へと連れ去ってしまった。
「クソッ!!」
 手銛を構え、宙を睨む。
 しかし、月も出ていない夜の海。
 狙いをつけようにも、相手の位置を捉えるのも難しい。狙いを定められたところで、揺れる船上からの投擲では、誤って中野を刺すかもしれない。
 どうするべきか。
「俺が目になります!」
 シケイダ君が、中野の落とした懐中電灯で夜空を照らし、自在に空を飛ぶ影を追う。
 やるしかない。
 頷き、俺は手銛を振りかぶる。
「今だっ!!」
 懐中電灯が、コウモリのように空を飛ぶ人影を捉えた瞬間。
 全身のバネを使い、投げ槍の要領で銛を投擲する。
 それは、コウモリ人間に確かに命中した。
 しかし。
「なにっ!?」
 翼膜に突き刺さったかに見えた銛は、コウモリ人間の翼の一振りで弾かれ、暗い海へと打ち落とされてしまった。
 そのまま、コウモリ人間は空高く飛び上がり、角髪島の方へと去って行った。
「そんな、中野君が……」
 崩れ落ちるシケイダ君。
 だが、その手のGoProはしっかりと夜空へと向けられている。
 シケイダ君の倫理観について、俺にとやかく言う筋合いはない。
 俺は、中野を救うことができなかったのだから。
 拳を硬く握りしめる。
「現代の吸血鬼……あれが、そうなのか」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

滅・百合カップルになれないと脱出できない部屋に閉じ込められたお話

黒巻雷鳴
ホラー
目覚めるとそこは、扉や窓のない完全な密室だった。顔も名前も知らない五人の女性たちは、当然ながら混乱状態に陥り── あの悪夢は、いまだ終わらずに幾度となく繰り返され続けていた。 『この部屋からの脱出方法はただひとつ。キミたちが恋人同士になること』 疑念と裏切り、崩壊と破滅。 この部屋に神の救いなど存在しない。 そして、きょうもまた、狂乱の宴が始まろうとしていたのだが…… 『さあ、隣人を愛すのだ』 生死を賭けた心理戦のなかで、真実の愛は育まれてカップルが誕生するのだろうか? ※この物語は、「百合カップルになれないと脱出できない部屋に閉じ込められたお話」の続編です。無断転載禁止。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》

小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です ◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ ◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます! ◆クレジット表記は任意です ※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください 【ご利用にあたっての注意事項】  ⭕️OK ・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用 ※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可 ✖️禁止事項 ・二次配布 ・自作発言 ・大幅なセリフ改変 ・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

都市伝説レポート

君山洋太朗
ホラー
零細出版社「怪奇文庫」が発行するオカルト専門誌『現代怪異録』のコーナー「都市伝説レポート」。弊社の野々宮記者が全国各地の都市伝説をご紹介します。本コーナーに掲載される内容は、すべて事実に基づいた取材によるものです。しかしながら、その解釈や真偽の判断は、最終的に読者の皆様にゆだねられています。真実は時に、私たちの想像を超えるところにあるのかもしれません。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...