飽くまで悪魔です

ごったに

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第一章

5-1. 世界に平和を願って

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悪魔に抱えられ飛び去るさくらちゃんを見送った夜。
くずおれる龍次郎と、放心する緋毬を、俺はとりあえず自宅に連れて行った。

気を失った大男は俺には少々荷が重かったが、ヨルくんがしっかり運んだ。
身長の関係か引きずっていたけど。

俺の家につき、ベッドに寝かせた龍次郎の手を握りながら、緋毬が自嘲するようにぽつりと零す。

「昨日あんな啖呵切ったのに、みっともないわね」

それからヨルくんを見て、言う。

「どうするヨルくん。龍次郎にとどめを刺す?」

俺は答える。

「あんまり見くびるなよ陽毬」

いくら厄介とはいえ、手負いで動けない相手を攻撃するほどうちのヨルくんは落ちぶれてはいない。多分。
さっき話した時は彼なりの矜持があるようだったし。
そして、俺はヨルくんを見た。

ヨルくんは、龍次郎の首輪をじっと見ていた。
なんかもう、生唾飲んでた。

「…ヨルくん?」

俺が声をかけるとヨルくんはいたずらがばれた子供のようにびくんと背筋を伸ばす。

「あ、いや。別に、ルジェロは厄介だから今のうちにやっつけたいなんて思ってないよ。みじんも」

俺がじっと目を見つめるとヨルくんはふいと目を逸らした。
俺はヨルくんに尋ねる。

「ほんとに?」
「ほんとほんと」
「嘘吐いたら野菜増やすけど?」
「ちょびっとだよちょびっと!アサヒくんが嫌がることを僕がするわけないでしょ!?」

正直に言うヨルくんに満足し、俺は意識を失ったままの龍次郎に目を向けた。
今は寝かせているからわかりにくいが、龍次郎の背中は、翼は、ボロボロだった。

「…治るの?」

俺がそう尋ねると、ヨルくんは少し難しそうな顔をした。

「前にも言ったけど。魔力がなくならない限り僕たち悪魔が消えることはない。でも」

そこで、緋毬が遮るように口を開く。

「大丈夫、わかってるから」

そして、困ったように笑って、

「……あたしの力不足でしょ?」

意識のない龍次郎をじっと見つめたまま、そうぽつりと零した。
ヨルくんは、少し黙って、それから眉を顰めて答える。

「……あんまり言いたくないけどね。君に龍次郎の契約者は荷が重いよ。今、龍次郎には全く魔力が足りていない」
「でしょうね」

自嘲するように笑う緋毬の龍次郎を握る手に、力が籠められる。

「大丈夫。全部、わかってるから」

まるで血でも吐くかのように。
そう言った緋毬は、とても苦しそうで。
俺はそんな彼女を見てられずに、彼女に背を向けると上着を羽織って部屋を出た。

「どこ行くの?アサヒくん」

すると、すぐにヨルくんが後を追いかけて来た。

俺が「散歩」と返すと、ヨルくんはそのまま俺の隣に並んだ。

夜の山道をしばらく二人で無言で歩く。
夜風が頬をなぞる。
少し遠くで、車の走る音が聞こえる。

俺はヨルくんの方を向かずに口を開いた。

「龍次郎、ボロボロだったね」

ヨルくんは俺と歩調を合わせながら「そうだね」と相槌を打って、続ける。

「もし真正面から戦ってああなったのなら、相手はかなり手ごわそうだ」

それからヨルくんはこちらをチラリと見る。

「あの契約者の子。お肉食べたときに、写真見せてもらった子だよね?」

ヨルくんの問いに俺は頷いて、

「まひるちゃんの友達なんだよね。家にも何度か遊びに来てて、まひるちゃんもよくあの子の話をするし、仲良しなんだ」

それから適当に目についた自動販売機にお金を入れながら続ける。

「あんなことをするような子じゃない、なんて思ってはいない。もしかしたら悪い子だったのかもしれないし、悪魔にそそのかされたのかもしれない。実際にやったのは悪魔だしね」

ガタン、という音とともに落ちてきたコーヒーを取り出し、ヨルくんをチラリと見る。
ヨルくんは伺うような目でじっとこちらを見つめていた。
俺は言う。

「それにきっとこの戦いに参加した人ってのはそれくらい承知のはずだろ?」

そう自分で言って、確かめるように考える。
そうだ。それくらい、とは命の危険の話だ。
だって力で自分の願いを押し通そうっていうんだ。
大なり小なり怪我をして然るべきだろう。
それは悪魔だろうと、人間だろうとだ。

ヨルくんは少しバツの悪そうな顔をした。
なんだか当てつけみたいになってしまった。

俺はそんなヨルくんに苦笑して、確かめるように呟く。

「なら、うん。そうだ」

龍次郎は負けた。だから怪我をした。
命があっただけ運がよかったのだろう。
それは、龍次郎だって、きっと緋毬だって、納得の上だろう。
だから、これは俺の八つ当たりだ。
勝手に俺がムカついているだけだ。

「自分がそうなる覚悟だって、できてるってことだよね?」

だから、俺があいつらを倒しても、承知の上だろう?

「やろう、ヨルくん。全力で叩き潰そう」

ヨルくんは俺の言葉に、顔を覗き込んできて尋ねる。

「世界平和は?」

そんなヨルくんの問いが可笑しくて、つい笑ってしまう。

「何言ってるんだヨルくん」

俺はヨルくんの目を見て、答えた。



この子は、なんて、見当違いなことを聞くのだろう。
そう思っているとヨルくんは俺の言葉に少し目を見開いて、それかいつかのように嬉しそうにニタリと笑った。

「そうか。そうだね。そうだったね。君はそういう人だった」

それから俺の空いている手をきゅっと握って、とろけるような笑みを浮かべて、言った。

「了解だご主人。僕は君の望みを叶えよう」

気にせずコーヒーを啜る俺にヨルくんは言う。

「ただ、やるなら明日の夜かな」
「なんで?今からでもいいんじゃないか?」

俺の言葉に、ヨルくんはわかってないなあ、なんて言いたげに肩を竦める。

「だって、不意打ちなんてしたら、気持ちよくないでしょ?どうせなら真正面からぶつかろうよ」

そのなんとも愉快気な顔を見て思った。

「あー、一理ある」

本当に、ヨルくんの言うとおりだ。
そうだよな。それに一瞬で終わっても、きっとすっきりしないだろうし。

「じゃあそうしようか」

俺が笑ってそう答えると、ヨルくんも満足そうに笑った。
そして俺たちは帰路についた。

龍次郎たちは、俺が家に戻った時にはいなくなっていた。
多分帰ったのだろう。
簡素な置手紙には「ありがと」とだけ書かれていた。
そして俺たちはベッドで横になり。


「にいちゃん、いつまで寝てるの」


なんて、まひるちゃんの呆れたような声で目を覚ましたのだった。
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