14 / 27
第一章
3.5 密かに一狩り
しおりを挟む
時刻は午前2時半。そのわずか数秒の間。
丑三つ時を迎えたこの世界は、悪魔とその契約者にとって戦場と化す。
悪魔と契約者にとっての現実の時の進みが極端に遅くなり、体感時間はその6秒の間だけ、66分に引き伸ばされる。
その時空の捻じれともいえる時間帯に、平然と動けるということは。
それは当然、悪魔か契約者のいずれかということである。
少女二人が、駅前の商店街を走っていた。
傍目で見たら学生の姉妹に見えるかのような、黒髪の少女たち。
一人はチョーカーを首につけた、短髪の背の高い女の子。
もう一人はチョーカーをつけていない、ロングヘアの女の子。
未だにちらほろと見える通行人を縫うようにして、何かから逃れるように背後を気にしながらひた走る。
隠れるように路地へと入り込み、二人は息を整える。
それから追手が現れないことに安堵して。
ヒュン、という風切り音と共にロングヘアの女の子が吹き飛ばされた。
大通りに放り出されたロングヘアの少女に、短髪の少女が駆け寄る。
そして、目線を向けた裏路地から、一組の男女が現れる様子をじっと睨んだ。
短髪の少女が、角を生やし叫ぶ。
「卑怯者! 契約者を狙うなんて!」
男女のうち、少女がきょとんとした顔で彼女を見つめ、それからふいと隣に立つ男に目を向ける。
男には、角と翼と、そして尾が生えていた。
目を向けられた男は肩を竦める。
そうして男は手にした鞭を、倒れた少女に向けて振り下ろした。
黒髪短髪の少女の姿をした“悪魔”は倒れた少女をかばうように背中でその鞭を受け止める。
男の“悪魔”は構わず鞭を振り下ろす。
何度も。何度も。
ぱん、ぱんと渇いた音が鳴るたびに。
鞭が肉を叩く音が鳴るたびに。
少女をかばう悪魔が苦悶の声を上げる。
「や、いやだ、やめ、やめて。やめさせて!」
悲痛な訴えを聞いた少女はしかし首を傾げる。
「んー?」
そして鞭を振るう男を見て言う。
「ねえロアノス。なにか聞こえた?」
男は鞭を振るう手を止めずに、答える。
「いいや?」
その回答に少女はにっこりと笑った。
「そうだよね」
そうして一頻り打ち据えられた少女の悪魔はごろりと地面に転がる。
悪魔と倒れる少女の間に、今にも消えそうな光の線がつながっていた。
その様子を見て、男・ロアノスが言う。
「さくら、魔力を」
「うん」
さくらと呼ばれた少女から、光が伝ってロアノスへと送り込まれる。
さくらは、自身から光が抜ける際に、少し俯いた。
しかしその表情は恍惚の笑みが浮かべられている。
光を受け取ったロアノスが、手にした鞭でその光の線を容赦なく叩いた。
パキン、とまるでガラスが砕けるような音。
そうして、少女の悪魔が苦しみだす。
ロアノスはそんな彼女の首元に手をやり。
そのチョーカーを、引きちぎった。
少女の悪魔は目を見開き、それから苦悶の断末魔を上げながら自身から湧き上がる青い炎に包まれて、消えた。
・・・
その青い炎を眺めながら、少女・さくらはポツリと零す。
「…きれい」
青い炎は一頻り燃えたあと、ロアノスの手に吸い込まれるようにして消えていった。
ぼんやりとしているさくらに気づいたロアノスが声をかける。
「しかし大分手馴れてきたねえ」
その言葉に、さくらは愉快そうに、そして照れくさそうに少し笑う。
「ロアノスの教え方が上手いんだよ」
「それは家庭教師冥利に尽きるねえ」
そう言って満足げに笑うロアノスの手が、光る。
「さくら、これを」
「うん」
さくらが頷くとその光は、二人をつなぐ鎖を通って、ロアノスからさくらへ送られる。
その光がさくらに到達した時、さくらはびくんと体を震わせた。
「すまないね。僕たち悪魔は魔力をためておくことができないから、君に渡すしかないんだ」
少し息が荒くなったさくらをまるで労わるかのようにロアノスは言う。
「体調はどうだい?」
さくらは大きく息を吐いてそれから弱々しく笑って答える。
「悪くないよ。むしろこの感覚は嫌いじゃない」
それから自分の感覚に浸るようにゆっくり目を閉じる。
「まるで自分の中にある穴を埋めてもらっているみたい」
うっとりとした表情で語られるそれは、確かに彼女が苦痛を覚えていないことを表していた。
だが、と。さくらが目を見開く。
「でも、まだたりないんだよね?」
ロアノスはさくらの言葉を受けて、言う。
「ああ、そうだね。だってそうだろう? これは手段であって目的じゃない」
「そうだよね。あの女だけじゃない」
そう言って、さくらは震える声でぽつりと漏らす。
「あの赤髪の男」
さくらの目に、怒りと憎しみが色づく。
「あいつ、あいつ、あいつ。あいつ邪魔、邪魔なの。あいつだけじゃない。アサヒさんの周りにいる奴らみんな」
宥めるようにやさしい声でロアノスは答える。
「ああ、わかってる」
そんなロアノスを伺うように、確認するようにじろりと見つめてさくらは言う。
「これを続ければ。あいつも消しちゃえるんだよね?」
その目を真正面から受けたロアノスは、一瞬背筋を伸ばした。
それから小さく整えるように息を吐いて、さくらの目を見ながら答える。
「そうだ。僕が力不足で申し訳ない。でも、こうやって少しずつ力を蓄えていけば。きっと僕は君の願いを叶えられる」
その答えを聞いたさくらはようやく満足そうに、
「そっかあ。うれしいなあ。お勉強、もっとがんばらないとね」
そうして、嬉しそうに笑った。
「んふふふふ」
そんなさくらの様子を見て、ロアノスは、また一つ小さく息を吐いた。
その額には、一筋の汗が流れていた。
丑三つ時を迎えたこの世界は、悪魔とその契約者にとって戦場と化す。
悪魔と契約者にとっての現実の時の進みが極端に遅くなり、体感時間はその6秒の間だけ、66分に引き伸ばされる。
その時空の捻じれともいえる時間帯に、平然と動けるということは。
それは当然、悪魔か契約者のいずれかということである。
少女二人が、駅前の商店街を走っていた。
傍目で見たら学生の姉妹に見えるかのような、黒髪の少女たち。
一人はチョーカーを首につけた、短髪の背の高い女の子。
もう一人はチョーカーをつけていない、ロングヘアの女の子。
未だにちらほろと見える通行人を縫うようにして、何かから逃れるように背後を気にしながらひた走る。
隠れるように路地へと入り込み、二人は息を整える。
それから追手が現れないことに安堵して。
ヒュン、という風切り音と共にロングヘアの女の子が吹き飛ばされた。
大通りに放り出されたロングヘアの少女に、短髪の少女が駆け寄る。
そして、目線を向けた裏路地から、一組の男女が現れる様子をじっと睨んだ。
短髪の少女が、角を生やし叫ぶ。
「卑怯者! 契約者を狙うなんて!」
男女のうち、少女がきょとんとした顔で彼女を見つめ、それからふいと隣に立つ男に目を向ける。
男には、角と翼と、そして尾が生えていた。
目を向けられた男は肩を竦める。
そうして男は手にした鞭を、倒れた少女に向けて振り下ろした。
黒髪短髪の少女の姿をした“悪魔”は倒れた少女をかばうように背中でその鞭を受け止める。
男の“悪魔”は構わず鞭を振り下ろす。
何度も。何度も。
ぱん、ぱんと渇いた音が鳴るたびに。
鞭が肉を叩く音が鳴るたびに。
少女をかばう悪魔が苦悶の声を上げる。
「や、いやだ、やめ、やめて。やめさせて!」
悲痛な訴えを聞いた少女はしかし首を傾げる。
「んー?」
そして鞭を振るう男を見て言う。
「ねえロアノス。なにか聞こえた?」
男は鞭を振るう手を止めずに、答える。
「いいや?」
その回答に少女はにっこりと笑った。
「そうだよね」
そうして一頻り打ち据えられた少女の悪魔はごろりと地面に転がる。
悪魔と倒れる少女の間に、今にも消えそうな光の線がつながっていた。
その様子を見て、男・ロアノスが言う。
「さくら、魔力を」
「うん」
さくらと呼ばれた少女から、光が伝ってロアノスへと送り込まれる。
さくらは、自身から光が抜ける際に、少し俯いた。
しかしその表情は恍惚の笑みが浮かべられている。
光を受け取ったロアノスが、手にした鞭でその光の線を容赦なく叩いた。
パキン、とまるでガラスが砕けるような音。
そうして、少女の悪魔が苦しみだす。
ロアノスはそんな彼女の首元に手をやり。
そのチョーカーを、引きちぎった。
少女の悪魔は目を見開き、それから苦悶の断末魔を上げながら自身から湧き上がる青い炎に包まれて、消えた。
・・・
その青い炎を眺めながら、少女・さくらはポツリと零す。
「…きれい」
青い炎は一頻り燃えたあと、ロアノスの手に吸い込まれるようにして消えていった。
ぼんやりとしているさくらに気づいたロアノスが声をかける。
「しかし大分手馴れてきたねえ」
その言葉に、さくらは愉快そうに、そして照れくさそうに少し笑う。
「ロアノスの教え方が上手いんだよ」
「それは家庭教師冥利に尽きるねえ」
そう言って満足げに笑うロアノスの手が、光る。
「さくら、これを」
「うん」
さくらが頷くとその光は、二人をつなぐ鎖を通って、ロアノスからさくらへ送られる。
その光がさくらに到達した時、さくらはびくんと体を震わせた。
「すまないね。僕たち悪魔は魔力をためておくことができないから、君に渡すしかないんだ」
少し息が荒くなったさくらをまるで労わるかのようにロアノスは言う。
「体調はどうだい?」
さくらは大きく息を吐いてそれから弱々しく笑って答える。
「悪くないよ。むしろこの感覚は嫌いじゃない」
それから自分の感覚に浸るようにゆっくり目を閉じる。
「まるで自分の中にある穴を埋めてもらっているみたい」
うっとりとした表情で語られるそれは、確かに彼女が苦痛を覚えていないことを表していた。
だが、と。さくらが目を見開く。
「でも、まだたりないんだよね?」
ロアノスはさくらの言葉を受けて、言う。
「ああ、そうだね。だってそうだろう? これは手段であって目的じゃない」
「そうだよね。あの女だけじゃない」
そう言って、さくらは震える声でぽつりと漏らす。
「あの赤髪の男」
さくらの目に、怒りと憎しみが色づく。
「あいつ、あいつ、あいつ。あいつ邪魔、邪魔なの。あいつだけじゃない。アサヒさんの周りにいる奴らみんな」
宥めるようにやさしい声でロアノスは答える。
「ああ、わかってる」
そんなロアノスを伺うように、確認するようにじろりと見つめてさくらは言う。
「これを続ければ。あいつも消しちゃえるんだよね?」
その目を真正面から受けたロアノスは、一瞬背筋を伸ばした。
それから小さく整えるように息を吐いて、さくらの目を見ながら答える。
「そうだ。僕が力不足で申し訳ない。でも、こうやって少しずつ力を蓄えていけば。きっと僕は君の願いを叶えられる」
その答えを聞いたさくらはようやく満足そうに、
「そっかあ。うれしいなあ。お勉強、もっとがんばらないとね」
そうして、嬉しそうに笑った。
「んふふふふ」
そんなさくらの様子を見て、ロアノスは、また一つ小さく息を吐いた。
その額には、一筋の汗が流れていた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》
小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です
◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ
◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます!
◆クレジット表記は任意です
※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください
【ご利用にあたっての注意事項】
⭕️OK
・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用
※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可
✖️禁止事項
・二次配布
・自作発言
・大幅なセリフ改変
・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり

男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる