飽くまで悪魔です

ごったに

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第一章

3-3. 宴席に戯れを混ぜて

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その後も突発焼き肉パーティは続き、日付が変わった頃に緋毬は帰った。
龍次郎はそのまま居座り、今はヨルくんと二人仲良く並んで格ゲーをやっていた。
見れば龍次郎の操る細面のイケメンキャラがヨルくんの操るゴリゴリマッチョの大男にボコボコにされていた。

そして本日何度目かのイケメンの断末魔。
龍次郎は手にしたコントローラを放り投げ、叫んだ。

「あー! 勝てねえ!」

騒ぐ龍次郎を見下すように鼻で笑って、ヨルくんが言う。

「諦めなよルジェロ。君才能ないよ」
「違うじゃん! お前が使ってるの強キャラじゃん! 強パンチだけで完封できる奴じゃん!」
「強者に策など不要」

龍次郎の反論を歯牙にもかけず、一笑に付すヨルくん。
龍次郎はそんなヨルくんを見てプルプルと震えて、それから「あーやめやめ」なんてため息を吐きつつゲームの電源を落とした。
そしてこちらを見て言う。

「つうか、今何時だ?」

龍次郎の言葉に、思い目をこすりながら時計を見る。そして答える。

「もうすぐ二時半。なあ、そろそろ寝ようぜ。明日もあるんだしよお」

言いながら俺は伸びをする。

カチリと、時計の針が鳴る。

龍次郎はチラリと時計を見て、

「おー。もうそんな時間かあ」

なんて、言いながらおもむろにベランダの窓を開けた。
……なんで窓開けたんだ?
焼き肉の臭いと煙が気になるのだろうか。
俺は、そんなことをぼんやりとした頭で考えた。

そして龍次郎は、

「じゃあ、始めるか」

そう言って、ヨルくんを窓の外に放り投げた。
放り投げた。

……放り投げた?

「は?」

あまりにもあっけなく、当たり前のように行われたその行為に呆然として。
その事実を認識するまでに数秒を要して。

「ヨルくん!?」

俺の部屋は2階だ。でも2階だろうと飛び降りたら怪我をする。ましてや放り出されなんてしたら。
俺は窓に駆け寄って外を見た。
ヨルくんは片膝をついて、こちらを睨んでいた。
怪我はなさそうだった。
だが、その表情には先ほどまでの涼しさはなく、どこか緊張した面持ちだった。

ヨルくんはこちらを睨んでいた。
正確には、俺の背後にいる男を。

「ダメだろ、アサヒ」

普段の気の抜けた馬鹿のようなしゃべりを全く感じさせない、ドスの利いた冷たいその声に背筋が震えた。
ゆっくりと振り向く。
その男、龍次郎と目が合う。

「悪魔と契約したんなら。この時間に気ぃ抜いてちゃダメだろ」

その男の頭部には、まるでいつか見た大男のような、太く鋭い2本の角が生えていた。

「おまえ、それ……!?」

その言葉は、ほぼ反射的に漏れたものだった。
なんだ、それは。なんだその角は。
まるで、まるでお前が人間じゃないかのような。

龍次郎は、「あ?」と怪訝そうに眉を顰めたあと、少しして何かに納得したかのように少し呆れたような顔をすると、そのまま窓から身を乗り出し外へと飛び降りた。
そしてヨルくんの前に立つ。

深夜の道路に、褐色銀髪の少年と赤髪の大男が向き合っていた。

「……ヨルよお、お前もしかして何も教えてねえのか?」

その龍次郎の言葉は、まるでヨルくんを非難するかの声色だった。
ヨルくんは龍次郎の言葉に心当たりがあるようで、どこかばつが悪そうな表情で口を開く。

「……別にアサヒくんが知る必要はないだろ。僕が勝手に戦うだけなんだから」

そんなヨルくんの言葉を聞くと龍次郎は鼻で笑う。

「危機感が足りねえな。そんなんだから下級悪魔程度にいいようにされちまうんだろが」

龍次郎のそんな言葉に、ヨルくんは目を細めた。

「見てたの?」
「おう」

そこまで会話をすると龍次郎はこちらを向く。

「アサヒ!てめえいつまでそこにいるつもりだ!」

そうして、いつものように獣のような獰猛な笑みを浮かべて、言う。
「さっさと降りて来ねえと、こいつ殺すぞ!」

殺す、なんて学生のとっては挨拶みたいなもんだ。
だけど、その言葉を聞いて、俺はこいつはやると思った。
意図せずゴクリと喉が鳴る。

俺は上着も羽織らずに外へと駆けだした。
そしてアパートを回り込んで、二人が見えた。
二人は未だ、先ほどの通りににらみ合っているようだった。
荒く息を吐く俺が着いたことに気付いた龍次郎がこちらを向いてへらりと笑う。

「悪いなアサヒ。さっきヨルとは初めて会ったと言ったが、ありゃ嘘だ」

その笑顔は、いつも見る龍次郎と同じもので。
それでも彼の頭に聳える2本の角が、俺の知っている龍次郎ではないことを如実に表しているようだった。

「龍次郎、お前」

俺が口を開くと、龍次郎は、悟ったようににやりと笑い、

「ああ、そうさ」

ぐい、と首元の黒い“チョーカー”を見せつけて、言った。

「俺は悪魔だ」

悪魔。悪魔。

その言葉を聞いて、昨夜のことがフラッシュバックする。
それは、ドルドと呼ばれていた大男と目の前の少年ヨルくんの戦い。
角を生やし、翼を生やし、尾を生やした二人の戦い。

呆気にとられる俺を気にも止めずに龍次郎は続ける。

「つうか、俺だけじゃねえ。どこにでも居るぜ俺たちは」

そうして、自分の首元を指さす。

「首輪だ」

龍次郎の黒いチョーカーの金具が、街灯の明かりを反射してキラリと光る。

「俺達悪魔は“首輪”がなけりゃこっちには居られない。逆にいえば首輪をしてる奴は全員悪魔かもしれねえって訳だ。なんせこっちに来てる悪魔の総数は666体だ。どこにいるかもわかんねえだろうよ」
「そんなに、なんのために」

独り言のように漏れた俺の言葉に、龍次郎は答える。

「なあに単純だぜ。誰が一番か決めるんだよ。666体で戦って、誰が一番か決める。そして生き残った奴が次の魔王になる」

そこまで言うと、龍次郎はヨルくんに向き直った。

「さっきの格ゲーじゃ散々にやられたからなあ。第2ラウンドだ、ヨル。決着つけようぜ」

ヨルくんは、ゆったりとした姿勢で立つ龍次郎の一挙手一投足を見逃さんと、静かに睨み付ける。

「アサヒ、ぼおっと見てんなよ? 気い抜いたらヨルが死ぬぜ」

龍次郎はその言葉の直後、その姿を消した。
直後。

まるで交通事故でも起きたかのような轟音が鳴り響いた。
見れば数メートル向こうに、両手で組み合うヨルくんと龍次郎。
二人とも歯を剥き出しに全力で押し合っているようだった。
体格の差もあってかヨルくんは少しずつ龍次郎に押し込まれていく。
そこでヨルくんの頭部が光り、2本の角が生えた。
すると劣勢だったヨルくんが段々と龍次郎を押し返していく。
不利を悟ったのか龍次郎は即座に手を離し、ヨルくんから距離をとった。

「さすがだな。えっぐい角だ」

龍次郎は未だ不敵に笑っているが、その額には一筋の汗が流れているのが見えた。
すげえヨルくん、体格で負けてるはずなのに。
そんな俺の思いが顔に出てたのか龍次郎は俺の顔を見て愉快そうに笑う。

「体格だけじゃ決まらねえんだ」

そうして自身の額を親指で指す。

「“角”だよ。これが俺達の身体能力の指標だ。長けりゃ長いほど、でかけりゃでかいほど体が強いってことだな」

そう言われて龍次郎の角とヨルくんの角を見比べる。
二人の角は見た目が違う。
だがその大きさは龍次郎の言葉の通り、ヨルくんの角の方が一回り大きいようだった。
ならヨルくんの方が強いのか。
そんなことを考えていると俺の考えをあざ笑うように龍次郎は言う。

「だけどそれだけじゃない」

そしてその背に、巨大な鳥のような翼が生えた。

「“翼”がありゃ、もっと速く動ける。これも基本的にゃデカいほど速え」

言うが早いか龍次郎がヨルくん目掛け飛び込んでいく。
鳴り響く空を裂く音。甲高い風切り音。
ヨルくんがそれを迎え撃つために構える。
そして二人が衝突する瞬間、ヨルくんが拳を振るった。
しかし、それは空を切る。
龍次郎は衝突の直前急停止し、ヨルくんの背後に回り込んでいた。
数瞬遅れて、ヨルくんが振り向く。その前に。
龍次郎のソバットがヨルくんの背中に直撃する。
その衝撃にヨルくんが呻き声を漏らす。
仰け反るヨルくんの前に、龍次郎は更に回り込む。
なぎ払うように振るわれるヨルくんの腕を掻い潜るように龍次郎がしゃがんで躱す。
そしてそのままヨルくんを蹴り上げた。

ふわりと宙に浮くヨルくん。
その時、ドクンと。
自身から何か塊ようなものが吸い出されるような感覚に苛まれた。
その感覚はいつの間にか伸びていた光の“鎖”を伝ってヨルくんへと吸い込まれていく。
それがヨルくんに到達したとき、彼の背中に翼が生える。
ヨルくんは空中で体勢をたて直すと更に距離を詰めようとする龍次郎から距離をとるように地面に降り立った。

空中で静止し、ヨルくんを見下ろす龍次郎。

「さっき言った“角”と“翼”の大きさはそのまま悪魔の強さだと思っていい。これは悪魔の地力もそうだが、契約者からの魔力によって大きく左右される」

そう言った龍次郎の翼は、ぱっと見てもヨルくんのものよりも大きかった。

「そして、もう一つ。ヨルも昨夜、出してただろ。“尾”だ。そこまで揃えば、俺達悪魔は本来の力にかなり近づく。ここから更に魔力を注げばフルスケールだ。……さて、」

そこまで言って、龍次郎はぐるりと肩を回す。
そして龍次郎の角が一回り、翼が2倍近く大きくなる。
月光を背後に空の悪魔が告げる。

「ちゃんと止めろよ? アサヒ!ちゃんと魔力送ってやれよ! 間にあわなけりゃ」

そうしてジロリとこちらを見て、言った。

「次で殺す」

その冷たい声に、視線に。
背筋にぞくりとした感覚。
肌が粟立つ感覚。

「アサヒくん!!」

今まで聞いたことのない切羽詰まったヨルくんの声に反射的に力を込める。
先ほどの力が吸い出される感触を意図的に再現するように。
先ほどよりも更に大きな塊が引き抜かれる感覚に目眩を覚えるも、膝に力を込めて叫ぶ。

「こ、これでいいか!?」
「上出来だ!!」

龍次郎から目を離さずに叫ぶヨルくんにずるりと尾が生え、角と翼も一回り大きくなる。
そして虚空から引き抜いた大剣を、身を庇うように構えた直後。
まさしく突風のように龍次郎がヨルくんに跳び蹴りをかました。
一瞬、大剣と蹴りは拮抗したかに見えた。

しかし、遅れて吹いた暴風にヨルくんは吹き飛ばされ、隣の家の外壁に背中から叩きつけられた。

「ヨルくん!」

ずるりと落ちてくるヨルくんに駆け寄り、なんとかキャッチする。
龍次郎はゆったりとした動きで地面に降り立った。

「首輪は俺達悪魔を現世に留める為のツールだ。首輪を壊されりゃ死ぬ。逆にいうと首輪さえ無事なら、魔力さえあればどんな傷でも死ぬことはない」

その言葉にヨルくんの首元を見た。
そして、ヨルくんの“首輪をとると死ぬ”という言葉を思い出す。
ヨルくんの首輪は、無傷だった。
ヨルくん本人は、意識こそありそうだったけど、痛みのせいか呻き声を上げていた。

「あとはそうだな。悪魔は、契約者が近ければ近い程強くなる。単純に魔力供給量の話だ。だからヨルを一人にはするなよ?」

そんな言葉の聞いていると、背後に人の気配を感じた。
不意を突かれた驚きと共に振り返ると、

「や」

なんて、片手をあげてへらりと笑う、上下ジャージに眼鏡姿の緋毬がそこにいた。

「ヒマリ? 帰ったんじゃなかったのか」
「帰ったよお。でも龍次郎に呼ばれちゃったから」

やれやれ、とでも言いそうな調子で緋毬は言う。

「今日はそんなつもりないって言ってたのに……」

そんなぽつりと漏らした言葉に、ふと思い至る。

「お前も、なのか……?」

俺のその言葉に緋毬はちょっと目を見開いて、それから思いついたかのようににたりと笑う。
それから首まであげていたジャージのファスナーを少し下げて、

「どっちだと思う?」

首元のチョーカーを見せびらかして、挑発するようにそう言うのだった。

「……悪魔か?」

絞り出すように出した俺のその問いに、緋毬は愉快そうに笑った。

「残念。2択なのに外しちゃったねえ」

そうして緋毬は龍次郎の元へと歩いて行く。
龍次郎はぶつぶつと何かを言いながら指折り数えていた。
それから納得がいったかのように、

「ま、こんなところか」

そう言うと、緋毬を横抱きにして宙に浮いた。

「俺達の決着は今じゃない。精々雑魚に狩られないようにな」

龍次郎の腕の中で、緋毬がウインクをする。

「じゃ、また学校でね」

それを見たヨルくんが俺の腕から離れ、龍次郎達を睨み付けた。

「待ちなよ。これだけ好き勝手やったくせに、逃げきれると思ってるの?」

右手の大剣を構え、凄むヨルくん。
宙空に浮かぶ悪魔はこちらを見下ろして言う。

「思ってるよ。お前が俺に追いつけるわけがないだろ」

そうして夜の闇へと飛び去って行く竜二郎を、俺は見送ることしかできなかった。
ヨルくんは、手にした大剣を地面に突き立て、夜空に向かって悪態をついていた。
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