飽くまで悪魔です

ごったに

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第一章

1-1. 運命に首輪をつけて

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大学も2年目ともなればキャンパスには慣れたもので、目当ての教室を見つけた俺は迷わずそのドアに手をかけた。
そして中の様子をひと目見て、俺は思わず「うわあ」と声をもらしそうになった。

時刻は14時40分。
講義が始まるにはまだ少し時間があるというのに、本気を出せば200人は入るだろう大教室は人で溢れ返っていた。もう6月にもなって暑くなってきた中、この熱気が溢れる教室に入るのはほんのり躊躇した。
しかし面食らっている間にも後ろからぞろぞろと人が入ってくる。これは困った。空いてる席をみつけるのも苦労しそうだ。そう思っていると少し離れた席に座る真っ赤な頭の男と目があった。
男は俺に気付くと気難しそうな表情を一変させてにっかり笑うと自分の横の空席をちょいちょいと指差した。
よく見ると、どの机も3人がけにびっしりと人が詰まっているにも関わらずその男の座る席の両脇はぽっかりと空いている。まあ確かに真っ赤な髪の大男が機嫌悪そうに座ってたら気まずくて横にはいたくないよなあ。
というかよく3人がけの席のど真ん中に座れるなあとか思いながら、せっかくの好意なので男の右隣に腰かけた。

「よおアサヒ。お前この講義とってたんだな」

周りの目線など気にせずににこやかに話しかけてくる赤髪短髪強面大男に俺は苦笑する。

「それはこっちのセリフだ龍次郎りゅうじろう。お前この授業で見かけたことないぞ」

俺、四ノ宮しのみや朝陽あさひを気安い調子でアサヒと呼ぶ見た目不良の男、大門だいもん龍次郎りゅうじろうは、俺の言葉を受けると機嫌良さそうに笑ってから、「ああ、初めて受ける」なんて抜かした。

「ていうかお前もだけど、今日はやけに人が多いんだよなあ。なんでだろ」

俺がそう言うと、龍次郎は一瞬ポカンとして、

「は!? アサヒお前、知らずに来たのか!? 信じられねえ!」
「いや初めて出席するやつには言われたくないんだけど」
「あのなあアサヒ。お前もうちょっと周りに目ぇ向けた方がいいぞ。前から話題になってたろうが。今日のこの講義はな、」
「今日のこの講義はね。有名な会社の社長さんが特別講義してくれるんだって」

龍次郎が諭すように説明しようとした時に、彼の後ろから女子がひょっこり顔を出して遮った。
驚いた龍次郎はその女子の顔を見ると、俺の顔を見た時の10倍くらいの笑顔になって言った。

「ヒマリ」
「お疲れ二人とも。ここ座っていい?」
「当たり前だろ。お前の為に席取っといたんだよ」
「あはは。ありがと」

ヒマリと呼ばれた少女、園城えんじょう緋毬ひまりは、人好きのする笑顔を浮かべながら龍次郎の左隣の席に座る。それからふいと、綺麗な黒髪を耳にかける彼女の様子をぼんやり眺めていると目があった。

「なあにアサヒ。あたしの顔なんかついてる?」
「いいや。なんにも」
「そう?」

本当に理由もなかった俺が適当にお茶を濁すと、彼女も特に気にせず自分のトートバッグから筆記用具を取り出した。

「あー。で、なんだっけ。有名な社長が来るから今日に限って混んでるって感じ? そんな凄い人なの?」

俺が何の気なしにそう言うと、ヒマリはおかしそうに微笑んでから、

「そ。デザイナーをやってる人でね。むしろそっちの方が有名かな。ほら、これ」

そう言って自身の首元を指差した。
その先、彼女の首元にあるのは、チョーカー。
無駄な装飾もなく、シックな黒のチョーカーは彼女の雰囲気にマッチして上品さと、ちょっとした色気を醸し出していた。

「チョーカーなんて、数年前じゃ珍しかったのに、今じゃしてない人の方が珍しいくらい」
「俺のもかっけえだろ」

ヒマリの言葉に同調し、龍次郎も自分の首元のド派手な赤いゴテゴテしたチョーカーを見せつけてきた。

「このチョーカーを、オシャレなアイテムとして流行らせた人なの。いわば、」
「オシャレ番長って奴だな」

龍次郎の言葉にヒマリは苦笑しつつも「まあそんな感じ」と言って同調した。
入学したばかりの頃はそんなことはなかったと思うが、周りを見渡すと誰もかれもがデザインの差異こそあれどやはりチョーカーを身に着けていた。それこそ、オシャレを気にするギャルっぽい女子から背中を丸めて座る暗めの男子まで。この部屋にいる人間の8割方くらいか。

「ま、そりゃ本人に会えるっていうんだからここはファンが多いんだろうけどね。それでもこのレベルの流行を作れる、それくらい影響力のある人なの」
「へえ」
「俺たちの周りじゃ着けてねえのはお前くらいだぞ、アサヒ」
「マジか」

それは遅れてると言われても仕方ないかもしれない。これはもう少し周りを見ないとな、などと思ってると龍次郎がどや顔晒して言うのだった。

「まあ、俺くらいになると? この流行が始まる前から? 先取りしてチョーカーつけてましたけど? 流行るの確信してましたけど?」
「うるせえ大学デビュー」
「ち、ちがわい!」

そんなやり取りをしてると瞬間、それまで無駄話で騒がしかった教室が、シンと鳴るほどの、静寂。
理由はすぐにわかった。
教壇に上がる見慣れた初老の女性教授と、見慣れない、男。

あの男だ。

芸能人とか、著名人とか。よく聞く話だ。多分そうだ。“オーラがある”ってのはああいう人間のことを言うんだろう。後ろ側の席にいる自分ですら感じるこの感覚。見た目は整った顔立ちの30歳くらいの中肉中背。右の前髪が長い黒い頭髪以外は特に特徴もないように見えるが、違う。
例えば着ているスーツだろうか。ブランド物の高級品で、なんならあれも彼自身がデザインしたのだろうか。
違う。
教室の明かりで光る腕時計? 自然な光沢の革靴?
それとも彼の首元にある、黒いチョーカーのせいか。
多分どれも違うんだろう。この雰囲気は、ちょっとした圧迫感とも言えるこれは、きっとあの男自身によるものなんだろう。
壇上の男が自然に微笑む。その柔らかくも鋭い、少し色気を含んだ目線と、目があったような錯覚に陥った。
目が惹きつけられる。なるほど確かに。
これが世界に影響を与える男だ、と言われれば。
確かに、俺は納得する。

それから始まったあの男の話は、実はよく覚えていない。
話が難しいというよりはきっと、俺はどこか別の世界の人間の話だと感じたからだと思う。

「……アサヒ。アサヒってば!」
「……え?」
「大丈夫? ぼーっとしてたけど」

ヒマリの声に我に返った。時刻を確認すると4時32分。あれだけ人が多かった教室にはほとんど人は残っておらず。講義は、とっくに終わっていた。
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