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昔。
戦国時代の終わりとも、江戸時代の初めとも言われる頃。
一人の愚かな武士がいた。
武士は、九州地方のさる武将の果たした偉業に自らも挑まんとした。
すなわち、雷を斬ること。
二番煎じだなんだと理屈をつけて、誰もその武将に続こうとはしない。
ならば、成し遂げるのに十分な価値がある。
武士は雷が鳴れば立会人付き添いのもと、天を睨んで刀を構えた。
ずぶ濡れになって風邪を引いたこともあったが、懲りずに雷に挑んだ。
ある雷雨の夜。
露骨に迷惑顔な立会人の見守る最中、その時が訪れる。
武士の頭上で、雷が閃いたのだ。
心眼。
そうとしか言いようのないセンスで、愚かな武士は刀を振った。
────捉えた。
武士は手応えを感じたものの、直後、落雷の大電流と大電圧によって黒焦げになった。
立会人は大わらわになって武士を助け起こし、医者を呼ばせた。
しかし、武士はそれで帰らぬ人となってしまった。
既に武士には妻があり、その腹には武士の子が宿っていたというのに。
子は無事に生まれたが、物心つく前からある癖を持っていた。
雷が鳴りだすと、外を睨むのだ。
父のようにそれを斬らんとして、おっとり刀で雨空の下に躍り出るわけではない。
ただ睨み、こう呟いたという。
「母様。雷に打たれても、死なぬ身体が欲しゅうございます」
初めて子がその望みを口に出したとき、母は不気味なものを感じた。
というのも、そのときにはまだ父の死因を誰も子に話したことがなかったからだ。
(※江西家に伝わる巻物より、一部を現代語訳して抜萃)
◇
アニサキス曹長が女力発電所により捕獲、拘束されたのと同時刻。
ライス共和国大統領執務室。
「わかった。属州に過ぎないジャップのサルどもに、闇の恐ろしさを教えてやれ」
エルマー・サツマ・ワルプルギスは唇をわななかせて、諜報機関の長からの電話を切った。
直通の固定電話にはヒビが入り、受話器からは手汗が滴っている。
「飼い犬に手を嚙まれるとは、このことだッ!」
ダンッ!
振り下ろされた拳が、デスクを強く叩いた。
「身の程を弁えやがれ、ジャップオス……!」
ギリギリと歯噛みし、眉間にも深いシワが刻まれる。
映画女優だった頃の美貌など、もうどうなってもいいとばかりに。
◇
エルマー大統領が電話を切って間もなくのこと。
すっかり日が暮れて、学生ならよほど熱心な運動部でもない限り学校を出るような頃。
夜空に輝く宵の明星以外の明かりが、日本中から消えた。
照明だけではない。
電源と繋がったあらゆる電子機器に、電気が供給されなくなった。
────闇の恐ろしさを教えてやれ
エルマー大統領の言葉の意味とは、日本の電力供給の一切を断つことを意味していた。
あらかじめ日本に潜入した工作員のしわざ?
そうではない。
日本政府の意思を無視し、電力会社の悉くに強権的な命令を下すことのできる人物。
そんな存在がいて、それがライス共和国の息のかかった人間だったのだ。
スマホなどの充電式のものも、通信能力の一切を喪失。
ただの光る板と化してしまう。
それらも充電が切れれば、いよいよ日本は原始時代に逆戻り──────かに思われた。
日本中が停電した、その直後。
ダウンした日本の電力は、瞬く間に復活を遂げた。
火力、原子力、クリーンエネルギーの発電所に代わり、あるところから送電がなされた。
そう。
政府直属の秘密機関、女力発電所である。
◇
「フハハハハハハハハッ!! ついにこの時が来たァ────女力発電所、ファイアーッ!!」
巨大モニターの光を浴びて、哄笑する女がいた。
あろうことか男にかまけ、所長は管制室を抜け出した。
彼女に代わり、発電機とワイヤレス送電機をフル稼働させ、その指揮を執るのは深田だった。
「ざまあ────ッ!! ライフラインを握ったつもりだったのか、ションベン臭いクソアマがああああああああああああああああああああああああっ!!」
管制室のモニターに、これまで捕獲・鹵獲してきた雷獣たちが次々と映る。
みな発電用カプセルに入れられ、強烈な催淫効果のあるガスを流し込まれている。
カプセル内ですら拘束具に縛られた雷獣たちは、ガスのもたらす異次元の快感に激しく身もだえた。
絶頂により、即座に雷獣たちの放電器官が暴走。
それらは絶大という言葉すら生ぬるい、驚異的な電力を供給した。
「アハァ……我が国の真なる独立。そして、いずれは世界征服……♡」
野望に手が届いたのが、よほど嬉しかったのだろう。
ブシャアアアアアアアアアアッ!!
所長代行の身でありながら、深田は管制室で着衣のまま潮を噴いてしまうのだった。
◇
女力発電所の所有する中間変電所、そのコントロールルーム。
そのスタッフが三人、床に伏せっている。
寝ているわけではない。
全員が出血し、呼吸をしていない。
変電所の監視・制御は無人化が進んでいる。
だが、機密性の高い女力発電所の所有する施設だ。不測の事態に備えて、技術員を常駐させていたのだが────それが殺されてしまった。
死体には目もくれず、一人、制御パネルを操作する女がいた。
表示されているのは変圧器の冷却装置、遮断器などの電源を強制終了させる画面。
中間変電所での降圧が妨げられれば、いくら女力発電所に電力があろうとその供給ができなくなる。電圧が高すぎるからだ。
前段階たる一次変電所での降圧では、大規模工場への送電は可能。
しかし中規模工場以下、ビルや学校などの大型施設はもちろん一般家庭への送電など到底適わない。
日本の電力復興は大幅に遅れ、すぐにエルマー大統領の胸先三寸となってしまう。
破滅のボタンを呼び出すパスワードが打ち込まれようとした、そのとき。
「両手を頭のうしろで組め。動けば撃つ」
突如、扉が乱暴に開けられた。
拳銃を構えた君島が仲間一人を伴って、コントロールルームに突入してきた。
白けたように鼻を鳴らし、女は両手を上げて言われた通りにした。
出入り口には仲間が立ち、君島が不意を突かれたときに備え、女を注視する。
君島の仲間は、市庁舎前で興奮していた江西に警告射撃を行った女だ。
同時に、彼女は入院した明代にその家族の遺体を確認させに来た刑事の、女の方でもあった。
彼女の正体は、警察でも女力発電所スタッフでもない。
公安ですらない彼女には、名前も戸籍もない。
ただ鴉とだけ呼ばれる謎の女だ。
女に狙いをつけたまま、君島は慎重に距離を詰める。
「パネルから離れろ。妙なマネはするなよ」
後頭部に銃口を押し付けたと同時、君島は顔を強張らせた。
その横顔と、黒髪に入れたブルーのインナーカラーに見覚えがあったからだ。
「いつからだ」
「それを聞いてどうするの?」
「いつから、ライス共和国の手先だったんだ────真木」
「最初からよ」
「そうか。じゃあ死ね」
マズルフラッシュよりも素早くしゃがみ、真木は君島に向き直る。
君島の放った銃弾は、機材を撃ち抜いた。
仲間だった者を殺す決断、それが無駄になったことで君島は頭の切り替えが遅れた。
真木はそれを見逃さず、君島の鳩尾に素早く肘打ちを見舞う。
攻撃に怯んだ隙を突いて手首を捻り、拳銃を強奪。
正確に、君島の四肢を撃ち抜いた。
「ぐあっ……鴉、頼む!」
崩れる君島に代わり、鴉が戦闘態勢に入る。
立ちはだかる鴉目掛け、真木は走りながら発砲。
当たれば鴉は重傷、避ければ退路を確保できる。
どちらに転んでも真木には好都合。
放電能力で迎撃するなら、稲光を目くらましに利用して死角からまた撃てばいい。
しかし。
一瞬にして銃弾のすべてが撃ち落されて、床に転がった。
予備動作も派手な稲光もなかったが、鴉が放電したと状況が物語っている。
静電気ほどの光もなくそれをなす精密な放電に、真木は息を呑んだ。
銃を捨てた真木は腰を落とし、懐から光るものを取り出し、投射する。
ガギンッ!
鴉が拳を振るうと、真木の投げナイフが弾かれた。
撃ち落とされるのはいい。
投げナイフは銃弾より質量が大きい。
電撃を使えば、光量を抑えるのが困難。そこを突くのが真木の作戦だった。
なのに。
なぜ電撃で落とさない?
どうして素手でナイフを殴って金属音がする?
理由を考えるよりも早く、真木は左手側へと転がって鴉の正面に立つことを避けた。
床にナイフが突き立っていた。
本来ならば、真木が一秒後に踏み込んでいただろう場所だ。
殴った直後にそれを掴み、反撃に利用した?
理解はできても納得がいかない。
しかし、鴉の黒いグローブの裂け目から覗くものがあるのに気が付いた。
赤銅色に輝くそれは、ガントレットの類。
極端に薄いのに頑丈な逸品か、戦闘用の義手か。
苦虫を噛み潰し、真木は体勢を立て直す。
いかに鴉が強かろうと、真木はスパイである以上、投降するわけにはいかない。
打倒か、戦略的撤退か。
変電所の破壊なら、ここ以外でも構わない。
新たに近接戦闘用のナイフを抜き、真木は決死の覚悟で鴉へと肉薄する。
そこに江西たちと接していたときの緩い雰囲気は、微塵もない。
間合いに入った瞬間。
紫電を纏い、音速でナイフを振り下ろす。
アニサキス曹長ほど巧みではないが、真木も電気を筋力増強に利用できる。
腕を交差させ、鴉はそれを受け止めるもわずかに押し込まれる。
突き、薙ぎ、切り上げ、切り下ろし。
風切り音をさせ、刹那の剣閃を繰り出す真木。
けれど。
「こんなにできるなんて」
「こんなので驚くんだな」
そのすべてに、鴉は正確に拳を打ち込んでナイフのラッシュを受け流す。
否、受け流しているのではない。
「なっ!」
打撃に耐えきれず、真木のナイフが砕け散った。
切り刻めたのはガントレットを覆うグローブだけ。
力量差を突きつけるように、露わになった赤銅色の拳が真木の眼前に迫る。
反射的に真木は目を瞑ってしまっていた。
しかし鴉は真木の顔を殴らず、寸前で止めた。
打撃の代わりに、凄まじい拳圧が風となって真木の髪を舞わせた。
「投降しろよ。お嬢ちゃん」
「……誰がするかっ!」
目を見開くや、筋肉を増強した真木は鴉の懐に飛び込んだ。
ガントレットの腕を鴉が下ろす間もなく、投げ技の体勢に入った。
刹那、鴉の全身が爆光を発した。
コントロールルーム全体が、青白く染め抜かれる。
「────────────────ッ」
放電。
背中に雷の直撃を受けた真木は、鴉を持ち上げることすら適わず崩れ落ちた。
◇
「戦いの最中に目ぇ閉じた時点で、負けなんだよ」
鴉は真木を軽く蹴って転がすと、キャプチャー弾と同素材で作られた特製の手錠をかけた。
放電性能を封印とまではいかずとも、大幅に減退させることは可能な品だ。
製造コストの削減が出来次第、全国の警察に配備される予定。
これはその試作品を、鴉が持ち出したものだ。
「いやあ、やはりお強い。身内の恥は、身内で処理したかったんですが」
「あれはスパイだ。気にすることはない」
鴉は四肢を撃たれた君島の止血をすると、そのまま背負う。
途中で億劫そうにしゃがみ、さらに片手で真木の足首を持つ。
スパイを引きずりながら、鴉は変電所を後にするのだった。
戦国時代の終わりとも、江戸時代の初めとも言われる頃。
一人の愚かな武士がいた。
武士は、九州地方のさる武将の果たした偉業に自らも挑まんとした。
すなわち、雷を斬ること。
二番煎じだなんだと理屈をつけて、誰もその武将に続こうとはしない。
ならば、成し遂げるのに十分な価値がある。
武士は雷が鳴れば立会人付き添いのもと、天を睨んで刀を構えた。
ずぶ濡れになって風邪を引いたこともあったが、懲りずに雷に挑んだ。
ある雷雨の夜。
露骨に迷惑顔な立会人の見守る最中、その時が訪れる。
武士の頭上で、雷が閃いたのだ。
心眼。
そうとしか言いようのないセンスで、愚かな武士は刀を振った。
────捉えた。
武士は手応えを感じたものの、直後、落雷の大電流と大電圧によって黒焦げになった。
立会人は大わらわになって武士を助け起こし、医者を呼ばせた。
しかし、武士はそれで帰らぬ人となってしまった。
既に武士には妻があり、その腹には武士の子が宿っていたというのに。
子は無事に生まれたが、物心つく前からある癖を持っていた。
雷が鳴りだすと、外を睨むのだ。
父のようにそれを斬らんとして、おっとり刀で雨空の下に躍り出るわけではない。
ただ睨み、こう呟いたという。
「母様。雷に打たれても、死なぬ身体が欲しゅうございます」
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というのも、そのときにはまだ父の死因を誰も子に話したことがなかったからだ。
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◇
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「わかった。属州に過ぎないジャップのサルどもに、闇の恐ろしさを教えてやれ」
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ダンッ!
振り下ろされた拳が、デスクを強く叩いた。
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ギリギリと歯噛みし、眉間にも深いシワが刻まれる。
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◇
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夜空に輝く宵の明星以外の明かりが、日本中から消えた。
照明だけではない。
電源と繋がったあらゆる電子機器に、電気が供給されなくなった。
────闇の恐ろしさを教えてやれ
エルマー大統領の言葉の意味とは、日本の電力供給の一切を断つことを意味していた。
あらかじめ日本に潜入した工作員のしわざ?
そうではない。
日本政府の意思を無視し、電力会社の悉くに強権的な命令を下すことのできる人物。
そんな存在がいて、それがライス共和国の息のかかった人間だったのだ。
スマホなどの充電式のものも、通信能力の一切を喪失。
ただの光る板と化してしまう。
それらも充電が切れれば、いよいよ日本は原始時代に逆戻り──────かに思われた。
日本中が停電した、その直後。
ダウンした日本の電力は、瞬く間に復活を遂げた。
火力、原子力、クリーンエネルギーの発電所に代わり、あるところから送電がなされた。
そう。
政府直属の秘密機関、女力発電所である。
◇
「フハハハハハハハハッ!! ついにこの時が来たァ────女力発電所、ファイアーッ!!」
巨大モニターの光を浴びて、哄笑する女がいた。
あろうことか男にかまけ、所長は管制室を抜け出した。
彼女に代わり、発電機とワイヤレス送電機をフル稼働させ、その指揮を執るのは深田だった。
「ざまあ────ッ!! ライフラインを握ったつもりだったのか、ションベン臭いクソアマがああああああああああああああああああああああああっ!!」
管制室のモニターに、これまで捕獲・鹵獲してきた雷獣たちが次々と映る。
みな発電用カプセルに入れられ、強烈な催淫効果のあるガスを流し込まれている。
カプセル内ですら拘束具に縛られた雷獣たちは、ガスのもたらす異次元の快感に激しく身もだえた。
絶頂により、即座に雷獣たちの放電器官が暴走。
それらは絶大という言葉すら生ぬるい、驚異的な電力を供給した。
「アハァ……我が国の真なる独立。そして、いずれは世界征服……♡」
野望に手が届いたのが、よほど嬉しかったのだろう。
ブシャアアアアアアアアアアッ!!
所長代行の身でありながら、深田は管制室で着衣のまま潮を噴いてしまうのだった。
◇
女力発電所の所有する中間変電所、そのコントロールルーム。
そのスタッフが三人、床に伏せっている。
寝ているわけではない。
全員が出血し、呼吸をしていない。
変電所の監視・制御は無人化が進んでいる。
だが、機密性の高い女力発電所の所有する施設だ。不測の事態に備えて、技術員を常駐させていたのだが────それが殺されてしまった。
死体には目もくれず、一人、制御パネルを操作する女がいた。
表示されているのは変圧器の冷却装置、遮断器などの電源を強制終了させる画面。
中間変電所での降圧が妨げられれば、いくら女力発電所に電力があろうとその供給ができなくなる。電圧が高すぎるからだ。
前段階たる一次変電所での降圧では、大規模工場への送電は可能。
しかし中規模工場以下、ビルや学校などの大型施設はもちろん一般家庭への送電など到底適わない。
日本の電力復興は大幅に遅れ、すぐにエルマー大統領の胸先三寸となってしまう。
破滅のボタンを呼び出すパスワードが打ち込まれようとした、そのとき。
「両手を頭のうしろで組め。動けば撃つ」
突如、扉が乱暴に開けられた。
拳銃を構えた君島が仲間一人を伴って、コントロールルームに突入してきた。
白けたように鼻を鳴らし、女は両手を上げて言われた通りにした。
出入り口には仲間が立ち、君島が不意を突かれたときに備え、女を注視する。
君島の仲間は、市庁舎前で興奮していた江西に警告射撃を行った女だ。
同時に、彼女は入院した明代にその家族の遺体を確認させに来た刑事の、女の方でもあった。
彼女の正体は、警察でも女力発電所スタッフでもない。
公安ですらない彼女には、名前も戸籍もない。
ただ鴉とだけ呼ばれる謎の女だ。
女に狙いをつけたまま、君島は慎重に距離を詰める。
「パネルから離れろ。妙なマネはするなよ」
後頭部に銃口を押し付けたと同時、君島は顔を強張らせた。
その横顔と、黒髪に入れたブルーのインナーカラーに見覚えがあったからだ。
「いつからだ」
「それを聞いてどうするの?」
「いつから、ライス共和国の手先だったんだ────真木」
「最初からよ」
「そうか。じゃあ死ね」
マズルフラッシュよりも素早くしゃがみ、真木は君島に向き直る。
君島の放った銃弾は、機材を撃ち抜いた。
仲間だった者を殺す決断、それが無駄になったことで君島は頭の切り替えが遅れた。
真木はそれを見逃さず、君島の鳩尾に素早く肘打ちを見舞う。
攻撃に怯んだ隙を突いて手首を捻り、拳銃を強奪。
正確に、君島の四肢を撃ち抜いた。
「ぐあっ……鴉、頼む!」
崩れる君島に代わり、鴉が戦闘態勢に入る。
立ちはだかる鴉目掛け、真木は走りながら発砲。
当たれば鴉は重傷、避ければ退路を確保できる。
どちらに転んでも真木には好都合。
放電能力で迎撃するなら、稲光を目くらましに利用して死角からまた撃てばいい。
しかし。
一瞬にして銃弾のすべてが撃ち落されて、床に転がった。
予備動作も派手な稲光もなかったが、鴉が放電したと状況が物語っている。
静電気ほどの光もなくそれをなす精密な放電に、真木は息を呑んだ。
銃を捨てた真木は腰を落とし、懐から光るものを取り出し、投射する。
ガギンッ!
鴉が拳を振るうと、真木の投げナイフが弾かれた。
撃ち落とされるのはいい。
投げナイフは銃弾より質量が大きい。
電撃を使えば、光量を抑えるのが困難。そこを突くのが真木の作戦だった。
なのに。
なぜ電撃で落とさない?
どうして素手でナイフを殴って金属音がする?
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床にナイフが突き立っていた。
本来ならば、真木が一秒後に踏み込んでいただろう場所だ。
殴った直後にそれを掴み、反撃に利用した?
理解はできても納得がいかない。
しかし、鴉の黒いグローブの裂け目から覗くものがあるのに気が付いた。
赤銅色に輝くそれは、ガントレットの類。
極端に薄いのに頑丈な逸品か、戦闘用の義手か。
苦虫を噛み潰し、真木は体勢を立て直す。
いかに鴉が強かろうと、真木はスパイである以上、投降するわけにはいかない。
打倒か、戦略的撤退か。
変電所の破壊なら、ここ以外でも構わない。
新たに近接戦闘用のナイフを抜き、真木は決死の覚悟で鴉へと肉薄する。
そこに江西たちと接していたときの緩い雰囲気は、微塵もない。
間合いに入った瞬間。
紫電を纏い、音速でナイフを振り下ろす。
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腕を交差させ、鴉はそれを受け止めるもわずかに押し込まれる。
突き、薙ぎ、切り上げ、切り下ろし。
風切り音をさせ、刹那の剣閃を繰り出す真木。
けれど。
「こんなにできるなんて」
「こんなので驚くんだな」
そのすべてに、鴉は正確に拳を打ち込んでナイフのラッシュを受け流す。
否、受け流しているのではない。
「なっ!」
打撃に耐えきれず、真木のナイフが砕け散った。
切り刻めたのはガントレットを覆うグローブだけ。
力量差を突きつけるように、露わになった赤銅色の拳が真木の眼前に迫る。
反射的に真木は目を瞑ってしまっていた。
しかし鴉は真木の顔を殴らず、寸前で止めた。
打撃の代わりに、凄まじい拳圧が風となって真木の髪を舞わせた。
「投降しろよ。お嬢ちゃん」
「……誰がするかっ!」
目を見開くや、筋肉を増強した真木は鴉の懐に飛び込んだ。
ガントレットの腕を鴉が下ろす間もなく、投げ技の体勢に入った。
刹那、鴉の全身が爆光を発した。
コントロールルーム全体が、青白く染め抜かれる。
「────────────────ッ」
放電。
背中に雷の直撃を受けた真木は、鴉を持ち上げることすら適わず崩れ落ちた。
◇
「戦いの最中に目ぇ閉じた時点で、負けなんだよ」
鴉は真木を軽く蹴って転がすと、キャプチャー弾と同素材で作られた特製の手錠をかけた。
放電性能を封印とまではいかずとも、大幅に減退させることは可能な品だ。
製造コストの削減が出来次第、全国の警察に配備される予定。
これはその試作品を、鴉が持ち出したものだ。
「いやあ、やはりお強い。身内の恥は、身内で処理したかったんですが」
「あれはスパイだ。気にすることはない」
鴉は四肢を撃たれた君島の止血をすると、そのまま背負う。
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この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
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