雷獣

ごったに

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「────────────────オトちゃんさあ、それで行けると思う?」

 有無を言わさず囁かれたその作戦は、実に明代らしい脳筋なものだった。

「いいから。否定するなら対案を出す! なんかある?」

「ねぇよ。わかったよ」

「じゃあ、決まり」

「フューッ! 死出の睦言は終わったか? ジャップは無神論者だから、神様じゃなくて恋人にお祈りをするんだな。知らなかった」

「前から思ってたけど」

 挑発を受け流し、新しい話題を切り出す。

 あの作戦に、明代はよほど自信があるらしい。

 いや、俺を過大評価してるのかもしれない。

「ユーとは今日が初対面のはずだぜ? 二度と会うことはないだろうけど!」

「あんた、口笛下手じゃね?」

「…………先に死にたいらしいな、ファイアーガール」

 余裕が顔から失われ、アニサキス曹長が闘気を爆発させる。

 筋肉量も爆増し、肉体が一回り大きくなったのが見て取れた。

「えええええっ!? そんなこと気にしてたの!?」

「ライス国人なら、映画みたいな強くてかっこいい口笛に憧れるんじゃない?」

「そんな安直な」

「クソデブスが下手なくせにそれをやってたのは……プススッ、知恵を捨てた雷獣と簡単に威圧できる日本人が相手なら笑われないって、高を括ってたからでしょ」

 押し殺した声で呪いを呟くアニサキス曹長の声が聞こえる。

 早口だし、スラングもよく知らないから内容や意味はわからない。

 わかるのは、尋常じゃないほどブチギレてるってこと。

「じゃあ、作戦通りに」

「はいよ。信じるよ」

 作戦のために散開すると、アニサキス曹長の姿が消えた。

 ブチギレて見せたのも作戦のうちで、ってこともなく。

「焼け死ね、クソデブス!」

 アニサキス曹長は、まっすぐ明代に突っ込んで行った。

 当然、明代も応戦して火球を連射する。

 瞬間移動レベルの回避の前では、やはりそれも当たらない。

 球技とか別に得意じゃない明代に、コントロールを期待するのは酷だ。

 ただ、再生前よりもアニサキス曹長の動きは精彩を欠いている。

 いやいや、観戦してる場合じゃないな。

 我に返り、俺も作戦のために走り出す。

「おっ……と!」

 途中、流れ弾が顔をかすめる。

 火球は熱いが背筋は冷えたぜ、ってな。やかましいわ!

 デタラメな投球に見えて、けれど明代の意図は読める。

 だから、合わせられなかった俺に非があったりする。

 牽制する明代、それを追うアニサキス曹長。さらにそれを追う俺。

 反時計回りに走ってきたが、まだ明代から合図がない。

「────────ッァ!」

「明代!」

 ここまで火球と炎の壁を駆使して、明代はアニサキス曹長と距離を保っていた。

 しかし、痺れを切らしたのだろう。

 被弾を覚悟したアニサキス曹長は、突進攻撃を仕掛けてきた。

 火球を真正面から食らっても、その足が止まることはなかった。

 からの、猛速で放たれる拳。

 もろに食らった明代が、花火のように打ち上げられる。

 よくもオトちゃんを!

 頭に血が上りかけるが、視界の端で俺は明代からの合図を捉えた。

 ────いい? 私がサムズアップしたらあいつを燃やすから、近づかないで。

 軍人の直感で、危険を察したのだろう。

 身構えたアニサキス曹長だったが、もう遅い。

 これまで明代が放ってきた火球で、市庁舎前は火の海だ。

 瞬間。

 焼肉の網から脂が落ちたみたいに、それらが一斉に高々と燃え上がった。

 路面を燃やすは、まさに燎原の火。炎の檻となってアニサキス曹長の退路を封じている。

 逃げるには、大火傷を覚悟せねばならない。

 だがアニサキス曹長は二の足を踏み────────それが命取りとなった。

 またも明代が極光を召喚、辺りをUVウルトラヴァイオレットに染め抜いた。

「何度やっても同じと、なぜわからない! ファイアーガール!」

 灼熱火炎がアニサキス曹長を捉え、爆炎でもってそれを呑み込んだ。

 ────再生できるとはいえ、大怪我には違いない。

 ────人間は苦痛を避けて、易きに流れる。苦痛が死に直結するならなおのこと。

 ────だからあいつは人一倍、火を恐れるようになってるはず。

 耳打ちされた明代の推測は、アニサキス曹長の精彩を欠く動きからして当たっていた。

 いかに軍人の精神力といえど、いかに電撃再生能力があるといえど。

 文字通り骨身に沁みる火の恐怖を刻まれては、動きが鈍る。

 脳の信号が身体に伝わる前にノイズが挟まるわけだ。

 一時の強がりで火球を堪え、明代に打撃を浴びせこそした。

 しかし、電撃再生を頼みに極光を甘んじて受けたのは、恐怖を克服できてないことの表れ。

 能動的になれない。

 つまり、やつはぐるりを囲む炎の檻を、裸で通り抜けることを躊躇ったのだ。

 脚に力を込める。

 ────あいつが私の極光から再生しきる前に奇襲、黒焦げのあいつの身体を壊して!

 ここからは、俺の仕事だ。

 痛む身体に鞭打って、ターゲット目掛けて全速力で走り出す。

 残り四メートル……三メートル……二メートル切った。

 揺らぐ炎が皮膚を炙るのにも耐え、跳躍。

 すべては、この一撃でアニサキス曹長を倒すために。

「…………HAHAHAHA! パイロキネシス、破れたり!」

 爆炎が霧散した後、残り火の中から両手を広げたアニサキス曹長が現れた。

「────────なッ!?」

 なんと、皮膚以外は既に再生し終わっていた。

 炭化して脆くなったところに飛び蹴りを叩き込んで、再起不能にする。

 そういう計画だったが、これじゃ脚を掴まれてしまう。

 作戦失敗だ。

「驚いたか? このAmazingな再生スピード! さっきのはデモンストレーションだ。わざと遅く再生すれば、ユーたちは必ず時間があると高を括る! 軍人を舐めるなッ!」

 振り向いたアニサキス曹長の腕が、俺の脚へ伸びる。

 跳び蹴りを諦めて着地して回避?

 ダメだ、必殺の一撃のための助走でついた推進力を、殺せない!

 心の弱さから、明代を見る。

 助けを期待してしまう。

 けれど、殴り飛ばされた上に地面に叩きつけられたダメージが大きいようだ。

 気を失っているように見える。

 どうする、どうすればいい。

 ────どんな状況になっても、私を信じて。最後まで諦めないって、約束して。

 作戦を俺に伝えた後、明代はそう念押しした。

 脚を掴まれたら、今度こそ俺はアニサキス曹長にミンチにされるだろう。

 でも。

「俺は、勝算のある方を──────オトちゃんを、信じるッ!」

「Dumb! 信じる、なんてのは、思考停止の宣言でしかないっ!」

 右足の筋肉に、全意識を集中。渾身の力を込める。

 アニサキス曹長の電撃再生にも異変が起きた。

 選択と集中。

 皮膚の再生を捨て、俺の脚を掴むのに使う筋肉のラインが露骨にビルドアップした。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

「UWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 強蹴と、剛腕が交差する。

 刹那。

 瞬間的に地を這う残り火が、勢いを増した。

 炎に怯んだのか。

 アニサキス曹長は拳を振り抜く瞬間に、苦虫を噛み潰した。

 彼我の覚悟の決まり方が、雌雄を決す。

「おらあああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 筋肉の増強がなされていない、右腕の付け根を正確に蹴り抜いた。

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?!?」

 ゴギ、ゴギゴギッ!!

 足裏に伝わるは、骨の割れる感触。

 ブチッ、ブチブチブチブチッ!!

 蹴り倒した衝撃で、骨に引きずられて筋繊維や腱までもが断絶する。

「No way! No way! ほ、骨があああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 どどめ色に腫れあがった右腕を押さえ、悲鳴を上げるアニサキス曹長。

 ────なんで? 再生するのは筋肉だけなんでしょ?

「……そうか。筋肉は再生しても、骨の瞬間再生はできないのか」

 好機。

 腰を落とし反転、低姿勢のまま滑るように駆ける。

 残り火を避けて蛇行し、再度、アニサキス曹長との距離を詰めていった。

 次は脚だ。

「殺してやるううううううううううううううううううううううううううっ!!」

 Fワードを連呼するアニサキス曹長。

 泣き腫らした顔を赤黒くし、俺を睨んだ直後、姿を消す。

 だが俺は見逃さなかった。

 路面を今なお焦がす残り火が、風に煽られ揺れるのを。

「GYOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!?!?」

 素早くステップを踏み、鋭いローキックを放つ。

 すれ違いざまのそれは、風への足払いとなって炸裂した。

 脛を砕く手応えの後、姿を現すアニサキス曹長。

 顔面から地面にダイブし、鼻を削って残り火へと突っ込んで行った。

 しかし。

「────────────────────────────────ッ!!」

「おいおい、マジかよ」

 心胆を寒からしめんばかりの、大咆哮。

 獣の雄叫びを上げ、アニサキス曹長はなおも立ち上がった。

 骨がなければ筋肉で代用すればいい、とでも言うように。

 右腕の付け根と、左脚の脛から夥しい筋繊維が皮膚を破って這い出してきた。

 筋繊維は一本に太く纏まり、忠実に骨格を再現し始める。

 ダメになった手足から分岐して、新しいそれを生やそうとしていた。

 その間にも咆哮は止まらず、ついに目から理性の色が失われる。

 犬歯が伸び、だらりと垂らした舌からは、唾液がぴちゃぴちゃとしたたり始める。

「貴重なものが見れたわね。あれが、ヒトが雷獣に堕ちる瞬間よ」

 いつの間にか傍らに立っていた白衣の女が、直後、銃弾をばらまいた。

 サブマシンガンが火を噴き、骨の代替物になろうとしていた筋肉を瞬く間に蜂の巣にした。

 続いて、ロケランを構えた女力発電所スタッフが複数、駆けつける。

 キャプチャー弾の乱れ撃ちが、アニサキス曹長を雁字搦めにした。

「四方津、さん」

「あなたのデキる姐さん女房。四方津シコ女、ただいま推参」

「なんすか、その胡乱な名乗りは」

 女房を自称するクセに苗字変わってないじゃん。

 あれ? 婿入り? 俺がそっちの家に入る感じ?

「いい女は遅れて来るってこと……冗談。ごめんなさい、もっと早く助けに来るべきだった」

「ホントですよ。管理職だから色々、あるんでしょうけど」

「そんなの、何の言い訳にもならない!」

 俺の胸に額を擦り付け、消え入りそうな声で四方津は続けた。

「あと少しでも遅れていたら、君を失うところだった。お姉さん、失格だわ」

「失格もなにも、俺にきょうだいはいませ────────」

 ふ、と。

 全身から力が抜ける。

 バシュゥゥゥゥゥッ、と筋肉が蒸気を噴いて萎んだ。

「ちょっ!? ダメ、死なないで辰雄くん!! いや、いやよ、辰雄くん!! いやあああああああああああああああああああああああああああ────────────────」

 取り乱し、弛んだ俺の身体に縋りついて四方津が泣いている。

 悪い。

 でも俺、もう限界っぽいわ。
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