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「……まだやる気か」
階段から身を起こした軍人雷獣が、凄まじい脚力で跳躍、俺の前へと立ち塞がった。
身構え、相手の出方を伺う。
敵は四つん這いのまま弧を描いて移動し、俺の出方を見ている。
ならばと相手を追う軌道で足を運び、彼我の距離を一定に保つ。
不意に、視界の端で青白い光が閃いた。
「しまっ……!」
手負いの雷獣との睨み合いに気を取られ、俺は二時の方向を背にしてしまっていた。
「ぐああああああああああああああっ! いっでえええええええええええええええええっ!」
右肩に激痛が走る。
キッテが二時方向から追い込んでいた軍人雷獣だ。
背後から襲い掛かってきたそれを、身を捩って振り落とそうとする。
首を捻って状況を確認すれば、俺の肩に噛みついてやがる!
野郎!
電撃が俺に効かないって、テメェはアニサキス曹長からブリーフィングで聞いたのか?
だからって、ガチの獣の戦い方してんじゃねぇよ!
明代二人分、いや三人分は下らない体重のやつが背に乗ったせいだろう。
動きも鈍り、目の前の敵への集中力も欠いたのが災いした。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオゥゥゥゥゥッ!!」
雄叫びを上げた手負いの雷獣が、ドテッ腹目掛けて突っ込んできた。
懐に入られる寸前、俺は身を翻した。
まだ肩に食らいついている噛みつき雷獣を盾にするつもりだった。
しかし。
「うわっ!」
連携のよく取れているこって。
噛みつき雷獣は、その寸前に俺の背から離脱済み。
傷口で手負いの雷獣のタックルを受けてしまい、跳ね飛ばされてしまった。
噛みつき雷獣の機敏さを見誤ったせいで、泣きっ面に蜂だ。
痛みを堪えて立ち上がり、ほぼ反射で肩に手を当てる。
ズキリ、神経に来るものを感じて脂汗が出る。
肉が抉られ、ぽっかり穴が空いているのがわかった。
齧られた傷は血が噴き出るだけでなく、指が骨に触れるほどの深手。
「くそっ、やられたっ!」
そのせいか右腕に力が入らず、まったく上げることができない。
右腕なしで、どう戦う?
などと、余計なことを考えたのが災いした。
とんぼ返り的に再度飛び掛かってきた手負いの雷獣を、咄嗟に捌けず体勢を崩してしまった。
腰や頭を強打しても、敵は痛がる間すら与えてはくれない。
襲撃の勢いそのまま首筋に噛みつこうと、それは大口を開けて迫ってくる。
「ふざけろっ!」
腹筋に力を込める。
首を振りかぶり、勢いよく上体を起こして石頭勝負を挑んだ。
ガチンッッッッ!!
ヘッドバットを食らわせると、手負いの雷獣は、脳震盪でも起こしたのか動かなくなった。
しかし!
気絶した軍人雷獣を跳ねのける前に、噛みつき雷獣がその上に乗ってきた。
バルクアップ状態でなければ、間違いなく肺が潰れる重量だ。
「クソがっ!」
左腕を振り上げるも、拳は空を切った。
ダメだ。
気絶雷獣の身体が邪魔になり、肩の可動域を思った以上に狭められている。
大振りの一撃を空かし、また隙が生じた。
噛みつき雷獣は、それを見逃してはくれなかった。
両手で俺の左腕を抑え込み、気絶雷獣の背に押し付けた。
不本意にも気絶雷獣を抱き込む形で、俺は反撃の一切を封じられた。
肉盾が一枚挟まっているせいで、蹴りも届かない。
「ぐうっ! ぐわああああああああああああああああああっ!!」
抑え込まれた左腕に雷獣の歯が突き刺さり、肩を齧られたのと同じ激痛が走る。
間合いに敵の頭がないから、ヘッドバットで昏倒させることもできない。
ヤバい。
このままではサバンナでチーターに捕まったガゼル同然に、軍人雷獣に捕食されてしまう。
望まない子の父親にさせられるのではなく、物理的に骨にされる。
焼けるような、そして腕の骨が虫歯になったかのような神経に響く痛み。
打開策を考えなければならないのに、思考が纏まらない。
考えろ、考えろ!
拳が握れなくなる前に!
フッ、と脳裏を過ぎったのは、今日最初の戦闘。
この抱き込まされている雷獣を、寝返りラリアットで一度ダウンさせた後のこと。
俺はあの後、どうやって起き上がった?
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
俺は咆哮した。
痛みを、苦しみを気合いへと変換できるかのように。
大音声に怯んだのか、噛みつき雷獣が一瞬、俺の腕から顔を上げた。
好機!
即座に勢いをつけて両脚を振り上げ、気絶雷獣の身体を持ち上げる。
一瞬浮いた気絶雷獣の下に、太腿を潜り込ませる。
噛みつき雷獣は俺の狙いが読めないようで、泡を食って左腕にしがみついている。
ヘソの上で曲げた脚に、力を溜めると。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおらあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
裂帛の気合いとともに、それを解放。
蹴撃を射出するイメージで、素早く両脚を突き出す。
すると、二体の雷獣が乗っているにもかかわらず、俺の腰が浮いた。
背中が浮いたら、もうこっちのものだ。
地に足を叩きつけ、その衝撃の反動を筋力に併せて跳ね起きる。
起き上がるついでに、胸筋、背筋、腹筋に力を込める。
「────────────────ッ!?」
力こぶをつくる要領で筋肉を収縮させ、胸の上に乗っていた邪魔者をすべて弾き飛ばした。
名付けて、筋肉投石器!
放物線を描いて地面に着弾し、気絶雷獣ともみくちゃになりながら転がる噛みつき雷獣。
よくも俺の身体を食ってくれたな。落とし前はつけてもらうぞ……!
両腕は使い物にならない。
しかし、脚には力が漲っている。
頭を踏み潰して、殺してやる。
激情に身を任せかけたときだった。
倒した雷獣どもを挟んだ正面に、バンが滑り込んで来た。
「殺すな、少年!」
半ば飛び降りるように、ロケランを構えた女が二人、バンから降りてきた。
多連装じゃないところを見るに、鹵獲よりも銃での戦闘がメインのチームだろう。
俺の注意が逸れたタイミングで、運転席の窓が下りる。
窓から身を乗り出したサングラスの女は、手に拳銃を握っていた。
見覚えがあるが、四方津ではない。顔の輪郭もサングラスのデザインも違う。
誰だ……?
記憶を洗っていると、銃口が自分を向いたので反射的に身構える。
瞬間、足元で銃弾が爆ぜた。
面食らっているうちに、バンは走り出した。直後、ロケラン持ち二人は反転し、キャプチャー弾を発射。倒れた軍人雷獣二体を鹵獲した。
頭が真っ白になっていた。
鹵獲された雷獣も、向こうで交戦中の味方もどうでもいい。
躊躇なく自分の足元に銃を撃ってきた女を、目で追っていた。
「ま、私も敵の息の根を止めない方針に不満がないではない」
少年呼びしてきた女が、傍らでタバコに火を点けだした。
「君島だ。よろしくな、少年」
「俺はもう」
「皆まで言うな。少年と呼んだのは、なんだ、その」
君島さんは遠い目をして、肺に煙を吸い込むと。
「……若造とか、ガキとかよりソフトな表現をしただけだ。少年が何歳だろうと、私より年下だと思ったからそう呼んだ。それだけだ」
煙を吐き出し、一気にまくし立てた。
理由を聞かれる発言なのに、理由を話すと台無しな表現なの、凄いな。
などと考えて、はたと気が付いた。
噛みつき雷獣の頭を踏み潰したかった衝動や、警告射撃をした女への反感が失せている。
「落ち着いたようだな。腹立てるくらいなら、チンコ勃てるほうがましだぞ」
タバコを口だけで咥えた君島さんは、右手で下品なジェスチャーをして見せた。
「四方津さんの部下ん中で、あなたが一番あの人の部下らしいですよ」
溜め息交じりに言ってやると、凄く嫌そうな顔をされた。
勝った、と思った。
階段から身を起こした軍人雷獣が、凄まじい脚力で跳躍、俺の前へと立ち塞がった。
身構え、相手の出方を伺う。
敵は四つん這いのまま弧を描いて移動し、俺の出方を見ている。
ならばと相手を追う軌道で足を運び、彼我の距離を一定に保つ。
不意に、視界の端で青白い光が閃いた。
「しまっ……!」
手負いの雷獣との睨み合いに気を取られ、俺は二時の方向を背にしてしまっていた。
「ぐああああああああああああああっ! いっでえええええええええええええええええっ!」
右肩に激痛が走る。
キッテが二時方向から追い込んでいた軍人雷獣だ。
背後から襲い掛かってきたそれを、身を捩って振り落とそうとする。
首を捻って状況を確認すれば、俺の肩に噛みついてやがる!
野郎!
電撃が俺に効かないって、テメェはアニサキス曹長からブリーフィングで聞いたのか?
だからって、ガチの獣の戦い方してんじゃねぇよ!
明代二人分、いや三人分は下らない体重のやつが背に乗ったせいだろう。
動きも鈍り、目の前の敵への集中力も欠いたのが災いした。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオゥゥゥゥゥッ!!」
雄叫びを上げた手負いの雷獣が、ドテッ腹目掛けて突っ込んできた。
懐に入られる寸前、俺は身を翻した。
まだ肩に食らいついている噛みつき雷獣を盾にするつもりだった。
しかし。
「うわっ!」
連携のよく取れているこって。
噛みつき雷獣は、その寸前に俺の背から離脱済み。
傷口で手負いの雷獣のタックルを受けてしまい、跳ね飛ばされてしまった。
噛みつき雷獣の機敏さを見誤ったせいで、泣きっ面に蜂だ。
痛みを堪えて立ち上がり、ほぼ反射で肩に手を当てる。
ズキリ、神経に来るものを感じて脂汗が出る。
肉が抉られ、ぽっかり穴が空いているのがわかった。
齧られた傷は血が噴き出るだけでなく、指が骨に触れるほどの深手。
「くそっ、やられたっ!」
そのせいか右腕に力が入らず、まったく上げることができない。
右腕なしで、どう戦う?
などと、余計なことを考えたのが災いした。
とんぼ返り的に再度飛び掛かってきた手負いの雷獣を、咄嗟に捌けず体勢を崩してしまった。
腰や頭を強打しても、敵は痛がる間すら与えてはくれない。
襲撃の勢いそのまま首筋に噛みつこうと、それは大口を開けて迫ってくる。
「ふざけろっ!」
腹筋に力を込める。
首を振りかぶり、勢いよく上体を起こして石頭勝負を挑んだ。
ガチンッッッッ!!
ヘッドバットを食らわせると、手負いの雷獣は、脳震盪でも起こしたのか動かなくなった。
しかし!
気絶した軍人雷獣を跳ねのける前に、噛みつき雷獣がその上に乗ってきた。
バルクアップ状態でなければ、間違いなく肺が潰れる重量だ。
「クソがっ!」
左腕を振り上げるも、拳は空を切った。
ダメだ。
気絶雷獣の身体が邪魔になり、肩の可動域を思った以上に狭められている。
大振りの一撃を空かし、また隙が生じた。
噛みつき雷獣は、それを見逃してはくれなかった。
両手で俺の左腕を抑え込み、気絶雷獣の背に押し付けた。
不本意にも気絶雷獣を抱き込む形で、俺は反撃の一切を封じられた。
肉盾が一枚挟まっているせいで、蹴りも届かない。
「ぐうっ! ぐわああああああああああああああああああっ!!」
抑え込まれた左腕に雷獣の歯が突き刺さり、肩を齧られたのと同じ激痛が走る。
間合いに敵の頭がないから、ヘッドバットで昏倒させることもできない。
ヤバい。
このままではサバンナでチーターに捕まったガゼル同然に、軍人雷獣に捕食されてしまう。
望まない子の父親にさせられるのではなく、物理的に骨にされる。
焼けるような、そして腕の骨が虫歯になったかのような神経に響く痛み。
打開策を考えなければならないのに、思考が纏まらない。
考えろ、考えろ!
拳が握れなくなる前に!
フッ、と脳裏を過ぎったのは、今日最初の戦闘。
この抱き込まされている雷獣を、寝返りラリアットで一度ダウンさせた後のこと。
俺はあの後、どうやって起き上がった?
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
俺は咆哮した。
痛みを、苦しみを気合いへと変換できるかのように。
大音声に怯んだのか、噛みつき雷獣が一瞬、俺の腕から顔を上げた。
好機!
即座に勢いをつけて両脚を振り上げ、気絶雷獣の身体を持ち上げる。
一瞬浮いた気絶雷獣の下に、太腿を潜り込ませる。
噛みつき雷獣は俺の狙いが読めないようで、泡を食って左腕にしがみついている。
ヘソの上で曲げた脚に、力を溜めると。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおらあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
裂帛の気合いとともに、それを解放。
蹴撃を射出するイメージで、素早く両脚を突き出す。
すると、二体の雷獣が乗っているにもかかわらず、俺の腰が浮いた。
背中が浮いたら、もうこっちのものだ。
地に足を叩きつけ、その衝撃の反動を筋力に併せて跳ね起きる。
起き上がるついでに、胸筋、背筋、腹筋に力を込める。
「────────────────ッ!?」
力こぶをつくる要領で筋肉を収縮させ、胸の上に乗っていた邪魔者をすべて弾き飛ばした。
名付けて、筋肉投石器!
放物線を描いて地面に着弾し、気絶雷獣ともみくちゃになりながら転がる噛みつき雷獣。
よくも俺の身体を食ってくれたな。落とし前はつけてもらうぞ……!
両腕は使い物にならない。
しかし、脚には力が漲っている。
頭を踏み潰して、殺してやる。
激情に身を任せかけたときだった。
倒した雷獣どもを挟んだ正面に、バンが滑り込んで来た。
「殺すな、少年!」
半ば飛び降りるように、ロケランを構えた女が二人、バンから降りてきた。
多連装じゃないところを見るに、鹵獲よりも銃での戦闘がメインのチームだろう。
俺の注意が逸れたタイミングで、運転席の窓が下りる。
窓から身を乗り出したサングラスの女は、手に拳銃を握っていた。
見覚えがあるが、四方津ではない。顔の輪郭もサングラスのデザインも違う。
誰だ……?
記憶を洗っていると、銃口が自分を向いたので反射的に身構える。
瞬間、足元で銃弾が爆ぜた。
面食らっているうちに、バンは走り出した。直後、ロケラン持ち二人は反転し、キャプチャー弾を発射。倒れた軍人雷獣二体を鹵獲した。
頭が真っ白になっていた。
鹵獲された雷獣も、向こうで交戦中の味方もどうでもいい。
躊躇なく自分の足元に銃を撃ってきた女を、目で追っていた。
「ま、私も敵の息の根を止めない方針に不満がないではない」
少年呼びしてきた女が、傍らでタバコに火を点けだした。
「君島だ。よろしくな、少年」
「俺はもう」
「皆まで言うな。少年と呼んだのは、なんだ、その」
君島さんは遠い目をして、肺に煙を吸い込むと。
「……若造とか、ガキとかよりソフトな表現をしただけだ。少年が何歳だろうと、私より年下だと思ったからそう呼んだ。それだけだ」
煙を吐き出し、一気にまくし立てた。
理由を聞かれる発言なのに、理由を話すと台無しな表現なの、凄いな。
などと考えて、はたと気が付いた。
噛みつき雷獣の頭を踏み潰したかった衝動や、警告射撃をした女への反感が失せている。
「落ち着いたようだな。腹立てるくらいなら、チンコ勃てるほうがましだぞ」
タバコを口だけで咥えた君島さんは、右手で下品なジェスチャーをして見せた。
「四方津さんの部下ん中で、あなたが一番あの人の部下らしいですよ」
溜め息交じりに言ってやると、凄く嫌そうな顔をされた。
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