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せっかくバトルオペレーションを展開したから、という理由で俺たちは出動を命じられた。
行き当たりばったりが凄い。
しかも。
「主力部隊は、もちろん辰雄くんとお姉さんのふたりっきりの精鋭よ。フォネティックコードはラブリーチャーミーね!」
「いいえ。所長は最高責任者ですからね。管制室に残って、全体の指揮を執ってもらいます」
「ええーっ!? 深田、あなた! 辰雄くんに徒歩で現場に行けって言うの!?」
「普通にあなたの部下が車を運転しますよ」
「所長の男にツバをつけた罪で、クビになりたい泥棒猫は手を挙げなさい!」
「はいはい、ヒスらないでください。雇用はちゃんと継続しますから、あなた、頼めますか────────」
妙な茶番で送られる、という緊張感のなさだ。
もう少しで、新婚夫婦ごっこに巻き込まれるところだった。
深田さんが保証するとは言ったが、あのヒステリーが効いたのだろう。
バン内には、口を開いてはいけないかのような空気が漂っている。
主に、ハンドルを握る女性スタッフの発する緊張感が原因だ。
到着まで暇なのもあるが、俺はあえて彼女に話題を振った。
「ってか、俺らが四方津さんと初めて会ったとき。あの人、現場出てましたよね?」
バックミラー越しに、運転席と目が合う。
背中まで伸びた髪は黒檀の黒さ、しかし蛍光ブルーがインナーカラーで入っている。
切れ長の目から受ける、理知的な印象。
高くはないが鼻の形も良く、ふんわりと柔らかそうな唇をしている。
深田さんから運転を指名された、真木さんだ。
自己紹介が簡素すぎるのは深田さんと同じで、マニュアルの存在を疑ってしまう。
「すみません、それきっと私が有給取って旅行してたせいです」
申し訳なさそうに頭を下げる真木さん。
真面目な印象を受けるが、お願いだから前を向いて運転してほしい。
「私の空けた穴を、所長が埋めてくださったんだと思います」
「へぇ。旅行で休みとか、許してもらえるんだ」
窓の外を睨みながら、明代も会話に加わる。
雷獣がいないかと気を張っているのか、出動命令が癪なのかは、わからない。
「はい。殉職するかもしれないので、有給は絶対に消化しろという方針でして」
「人が抜ける方が、殉職のリスク高まるんじゃね?」
「それを言ったら誰も休めない、とのことです」
考えがあるのかないのか、よくわからん。四方津らしいっちゃ、らしいのかもしれない。
生死に関わることだから、ちゃんと考えて欲しい。
「じゃあ、深田さんは?」
運転はいつもあの人だったから、勝手に俺たちの専属とばかり思っていた。
急に運転手が変わると、正直、雑な扱いと感じてしまう。
「深田さんは、所長の秘書ですから」
専属は専属でも、四方津の専属か。
「秘書ぉ? 暴走してる参謀にしか見えなかったけどな。ほら、世界征服とか言っちゃって」
「は、はあ。そう、かもしれない、ですね」
困ったような笑みを浮かべるのが、バックミラー越しに見えた。
真木さんも内心、明代と同じ意見なのだろう。
もちろん俺もだ。病院では、まともそうに見えたんだけどな。
だから実は真木さんも、なんて思ってしまう。
『あー、あー。こちら管制室。管制室よりアサヒへ。お姉さんがいなくて寂しいかもしれないけど、気を引き締めなさい。オーバー』
支給されたインカムに、四方津からの無線が入る。
「こ、こちらアサヒワン。が、がんばりますっ! オーバー」
代表で、真木さんが応答した。
別にビール会社に偽装しているわけではない。
ライス軍のアルファ、ブラボー、チャーリー、デルタと同様のフォネティックコードらしい。
「盗聴してるやつから無線入るのも、変な感じだな」
『こちら管制室。聞こえてるわよ! ねぇ、やっぱり蓮っ葉女はお荷物でしょ。その辺に捨てて行くことを、強く推奨するわ。オーバー』
「うっわぁ、煽り耐性ゼロかよ」
「こちらアサヒツー。無線使ってまでケンカしないでください、明代にも言って聞かせます。オーバー」
『こちら管制室。了解。辰雄くんは明代さんに対して監督責任を負うこと。管制室からは明代さんに対してサポートはしないのでそのつもりで。だそうです、オーバー』
「望むところだ、年増! 目に物見せてやるからなぁ!」
不能になったのに、よくそんなビッグマウスが叩けるな、こいつ。
「お前なぁ。四方津さんはフレンドリーだけど、年上で上司なんだぞ。もうちょっと相応しい接し方があるんじゃないか?」
「知らねぇ~。私は嫌になったらいつでもやめるつもりだしぃ。自分の人生は、自分で切り開くからぁ」
「あのなぁ。こんなチャンス、俺らの学歴じゃ、なかなかないぞ?」
「鶏口となるも牛後となるなかれ、だ。だいたい上司に絶対服従なんて、悪しき家父長制そのものだろうが。同じ女として、恥だね! カーッ、ペッ! 地獄へ堕ちろ!」
「牛後、人気なんだけどなぁ」
説得したところで、急に明代の態度が矯正できるわけもない。
あきらめて、このくだらない応酬を終わらせることにする。
『こちらアサヒツー。了解、深田さんも、なんか、すみません。アウト』
「指定のポイントに、到着しましたよ」
目の前に深田さんがいるわけでもないのに頭を下げたのと、ほぼ同時。真木さんがバンを停めた。
「おふたりも、車から降りて待機をお願いします」
「はい」
「は~い」
ドアを開けるや、目の前に建つ物を思わず見上げた。
心理テストに出てくるサイコパス殺人犯よろしく、指で階数を数えたもんね。
石造り八階建てのそれは、市庁舎だった。
マジ? ここで戦うの?
もっとあるだろ、誘導する先つったら。
スポーツの試合も音楽ライヴも可能な、どこぞのアリーナの外周とか。
ジャンプや爆発の映える、採石場とか。
それを、よりによって街中の市庁舎かよ。
耐震性補強の名の下に市民の血税を投じた、虚栄と虚飾の墓標じゃん。
こういうのは、映画で巨大な怪獣が派手にぶっ壊すのがいいんじゃねぇか。
「辰雄。さっきから、何ブツブツ言ってんの?」
「あぁ、声出てたか。すまん、お前には関係のないことだ」
「私語は慎むように~」
「まったくだ。俺が悪い」
独り言を俺が漏らしている間にも、真木さんは焦り気味に作業をしていた。
見れば、四方津が使っていたのと同じ多連装ロケットランチャーをいじっている。
……砲口を覗き込んでいるが、大丈夫かな。
俺たちは市庁舎を背に、武器の調整で無防備な真木さんを挟んで立ち、雷獣の襲撃に備えた。
一応、バルクアップ状態でない俺と不能の明代にも拳銃が支給されている。
ゴム弾が装填された、暴徒鎮圧用のものだ。
一般日本人の成れの果て相手ならともかく、軍人雷獣相手にどれだけ効果があるかは怪しい。
麻酔銃のがよくね、と明代がゴネていたが、気持ちはわかる。
だが拳銃用のそれは、配備されてないとのこと。
だいたい麻酔銃って、ライフルで撃つよな。動物園から猛獣が脱走した事例とか見るに。
動きの素早い雷獣相手に、素人がライフルで対抗できるとは思えない。
市民の避難が完了したのか、バンで入ってきた道に警察がバリケードを築いている。
絶縁体シールドを構えた機動隊の姿もあった。
戦争ではなく、在日新ライス軍に属する個人の暴動。
そういう体で収めて欲しいから、自衛隊は出動させられないんですって。
俺たちが出撃する前に、忌々しげに四方津が言っていたのを思い出す。
うーん、言い逃れできないくらいの有事だと思うんだけどなぁ。
「準備、できました」
不意に聞こえた報告の声に、つい驚いてしまう。
振り向けば、華奢な身体でロケットランチャーを担ぐ真木さんの姿があった。片手で小さくガッツポーズをして見せ、気合い十分だとアピールしている。
いいなぁ。やっぱかっこいいわ、ロケラン。
「私もロケランが良かったなぁ」
「ワガママばっか言うなよ。俺もロケランには憧れあるけど」
「ふふっ。おふたりとも、おっきい鉄砲が好きなんですね」
「おっきい鉄砲て、あんた」
ユルい表現に、明代と顔を見合わせた。
ロケランのことそんな風に言う人、初めて見たわ。
物騒なものを構えているのに、まるでピクニックの雰囲気だと思っていると。
『キッテからアサヒへ、そちらから見て二時方向より雷獣が向かっている。アウト』
『ウエノからアサヒへ。雷獣が向かっている。九時方向に注意せよ。アウト』
『クラブからアサヒへ。そちらにとっての十時方向から、雷獣が来るぞ。構えておけ。アウト』
『こちらオオサカ! アサヒ、覚悟はいいか。四体の雷獣を引きつけ、オオサカは六時方向よりアサヒに合流する! アウト』
『こちらカワセ! こちらカワセ! 雷獣の襲撃に遭い、チームに負傷者が出た。ぐあああっ! し、至急! 援護求む!』
『エイゴよりカワセへ! 了解、これより支援に向かう! アウト』
次々に聞こえてくる、女力発電所の他チームからの無線。
遠くから、怒号と悲鳴が聞こえる。
他にもブレーキが鳴く音や、雷獣の放った電撃とそれによる破壊の音も。
こういう時、漫画の主人公なら思わず身体が動くのだろう。
戦う力の有無に関係なく、使命感や正義感で。
そして、それを制するように明代や真木さんの立ち位置の人たちがそれを止めるのだ。
今は作戦行動中だから、と。
だが無鉄砲は明代の担当、しかも明代は赤の他人にあまり興味がない。
俺も損得勘定や彼我の戦力差の計算がバッチリ働いてしまうパッシヴ持ちだ。
「みんなが危ない! 私、行かなきゃ!」
「いや、真木さんが持ち場を離れてどうするんですかっ!」
あんた、学生の暴走を制止する側だろ。
ロケランを担いだまま走り出そうとする真木さんの手を引っぱった、そのときだった。
ズザザザザザザアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
九時方向より、さっきまで真木さんのいた空間を切り裂き、乱入してくる者があった。
市庁舎前の車道のアスファルトを引き剥がし、やがてそれは動きを止めた。
もうもうと上がる土煙の中から現れたのは、在日新ライス軍の雷獣。
ゲホゲホと咳き込む度に、バチバチとランダムな方向への微弱な放電が起きている。
目の上の傷から垂れる血を手の甲で拭うと、軍人雷獣は俺たちを視線で捉えたまま、自らの血を舐めた。
思い出すのは、病院で遭遇したアニサキス曹長の奇行。
「来ますっ。二人とも、構えて!」
逼迫した真木さんの声に、拳銃を構えたものの────────
引き金を絞る間もなく、肋骨を折ったと直感する。
それさえ走馬灯じみた、異様に引き延ばされた一刹那の出来事に過ぎない。
「うっ……!」
意識を覚醒させられたのは、顔に吹きかけられたとてつもない悪臭があったからだ。
乗り捨てられた車の後部に、俺は押し倒されていた。
眼前には、大口を開けた醜怪なる雷獣。
くせぇのは、こいつの口臭かよ。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
ガンガンガンガンガンッ!!
発達した犬歯の大きさと鋭さに驚くも、咄嗟に雷獣のこめかみを拳銃で滅多打ちにした。
怯んだ雷獣は、目を瞑って顔を仰け反らせる。
この隙に、と銃を構えるも雷獣にゴム弾を浴びせることは適わなかった。
「ガウウウウウッ!!」
「うわっ!」
怯ませられたのは、一瞬にも満たぬわずかな時間。
桁違いの膂力で銃を払いのけられ、俺も一緒に車道へと投げ出された。
虚しい音を立て、拳銃が路上を滑っていった。インカムも飛び、そのさらに向こうに落ちた。
「マズいっ……」
銃に伸ばした腕が、ドックン、と脈打った。
全身が熱い。
血が沸き立つほどの、昂揚感。強烈な、攻撃衝動。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオゥゥゥゥゥッ!!」
自動車のルーフを蹴って、軍人雷獣が跳躍したのを横目で見た。
空中より迫る、紫電を纏ったそいつは嫌らしい笑みを浮かべている。
勝ちを確信し、俺を獲物としか見ていない。
どうして。どうしてバルクアップしないんだ、俺の身体!
体重の乗った軍人雷獣のニードロップが俺に突き刺さるまで、あと────────
「おおおおおおおおおおおおおおおらああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
膝が間合いまで落ちてくる寸前、軍人雷獣は放電した。
回避を防ぐために、まず感電させようと考えたのだろう。
もちろん、絶縁体質となった俺にそれは効かない。
とうとう危機を悟ってくれたのか、俺の全身の筋肉が激烈に肥大化する。
好機。
その膝目掛けて、俺は寝返りを打つように横薙ぎの打撃を浴びせかけた。
言うなれば、寝返りラリアットだ。
「ガウッ────────!?」
バレーボールのアンダーハンドサーブのように、吹っ飛ぶ軍人雷獣。
ズゥゥゥゥゥゥッン…………!
市庁舎ロビー前の階段に軍人雷獣がめり込んだ衝撃で、地響きがした。
「よっ、と」
脚をバネのようにして、跳ね起きる。
「援護射撃がないと思ったら、そゆこと」
軍人雷獣が滞空している間に、撃ってくれても良かったのに。
そうぼやきたいところだったが、見れば真木さんも交戦中だった。
二〇メートルほど先で、他チームとともに大立ち回りをしている。
他チームが前衛となって、銃で雷獣を牽制。隙を見て四肢を攻撃し、機動力と攻撃力を削いでいた。
後衛の真木さんは弱った雷獣の出た機を見て前衛に飛び出し、キャプチャー弾で鹵獲。
残る明代は拳銃をお守り代わりに掲げて、腰を抜かしている。
あとは俺も戦線に参加して、先輩方に明代を気にせず戦ってもらうだけ。
うん、完璧なコンビネーションだ。
作戦遂行のために走り出した、そのときだった。
行き当たりばったりが凄い。
しかも。
「主力部隊は、もちろん辰雄くんとお姉さんのふたりっきりの精鋭よ。フォネティックコードはラブリーチャーミーね!」
「いいえ。所長は最高責任者ですからね。管制室に残って、全体の指揮を執ってもらいます」
「ええーっ!? 深田、あなた! 辰雄くんに徒歩で現場に行けって言うの!?」
「普通にあなたの部下が車を運転しますよ」
「所長の男にツバをつけた罪で、クビになりたい泥棒猫は手を挙げなさい!」
「はいはい、ヒスらないでください。雇用はちゃんと継続しますから、あなた、頼めますか────────」
妙な茶番で送られる、という緊張感のなさだ。
もう少しで、新婚夫婦ごっこに巻き込まれるところだった。
深田さんが保証するとは言ったが、あのヒステリーが効いたのだろう。
バン内には、口を開いてはいけないかのような空気が漂っている。
主に、ハンドルを握る女性スタッフの発する緊張感が原因だ。
到着まで暇なのもあるが、俺はあえて彼女に話題を振った。
「ってか、俺らが四方津さんと初めて会ったとき。あの人、現場出てましたよね?」
バックミラー越しに、運転席と目が合う。
背中まで伸びた髪は黒檀の黒さ、しかし蛍光ブルーがインナーカラーで入っている。
切れ長の目から受ける、理知的な印象。
高くはないが鼻の形も良く、ふんわりと柔らかそうな唇をしている。
深田さんから運転を指名された、真木さんだ。
自己紹介が簡素すぎるのは深田さんと同じで、マニュアルの存在を疑ってしまう。
「すみません、それきっと私が有給取って旅行してたせいです」
申し訳なさそうに頭を下げる真木さん。
真面目な印象を受けるが、お願いだから前を向いて運転してほしい。
「私の空けた穴を、所長が埋めてくださったんだと思います」
「へぇ。旅行で休みとか、許してもらえるんだ」
窓の外を睨みながら、明代も会話に加わる。
雷獣がいないかと気を張っているのか、出動命令が癪なのかは、わからない。
「はい。殉職するかもしれないので、有給は絶対に消化しろという方針でして」
「人が抜ける方が、殉職のリスク高まるんじゃね?」
「それを言ったら誰も休めない、とのことです」
考えがあるのかないのか、よくわからん。四方津らしいっちゃ、らしいのかもしれない。
生死に関わることだから、ちゃんと考えて欲しい。
「じゃあ、深田さんは?」
運転はいつもあの人だったから、勝手に俺たちの専属とばかり思っていた。
急に運転手が変わると、正直、雑な扱いと感じてしまう。
「深田さんは、所長の秘書ですから」
専属は専属でも、四方津の専属か。
「秘書ぉ? 暴走してる参謀にしか見えなかったけどな。ほら、世界征服とか言っちゃって」
「は、はあ。そう、かもしれない、ですね」
困ったような笑みを浮かべるのが、バックミラー越しに見えた。
真木さんも内心、明代と同じ意見なのだろう。
もちろん俺もだ。病院では、まともそうに見えたんだけどな。
だから実は真木さんも、なんて思ってしまう。
『あー、あー。こちら管制室。管制室よりアサヒへ。お姉さんがいなくて寂しいかもしれないけど、気を引き締めなさい。オーバー』
支給されたインカムに、四方津からの無線が入る。
「こ、こちらアサヒワン。が、がんばりますっ! オーバー」
代表で、真木さんが応答した。
別にビール会社に偽装しているわけではない。
ライス軍のアルファ、ブラボー、チャーリー、デルタと同様のフォネティックコードらしい。
「盗聴してるやつから無線入るのも、変な感じだな」
『こちら管制室。聞こえてるわよ! ねぇ、やっぱり蓮っ葉女はお荷物でしょ。その辺に捨てて行くことを、強く推奨するわ。オーバー』
「うっわぁ、煽り耐性ゼロかよ」
「こちらアサヒツー。無線使ってまでケンカしないでください、明代にも言って聞かせます。オーバー」
『こちら管制室。了解。辰雄くんは明代さんに対して監督責任を負うこと。管制室からは明代さんに対してサポートはしないのでそのつもりで。だそうです、オーバー』
「望むところだ、年増! 目に物見せてやるからなぁ!」
不能になったのに、よくそんなビッグマウスが叩けるな、こいつ。
「お前なぁ。四方津さんはフレンドリーだけど、年上で上司なんだぞ。もうちょっと相応しい接し方があるんじゃないか?」
「知らねぇ~。私は嫌になったらいつでもやめるつもりだしぃ。自分の人生は、自分で切り開くからぁ」
「あのなぁ。こんなチャンス、俺らの学歴じゃ、なかなかないぞ?」
「鶏口となるも牛後となるなかれ、だ。だいたい上司に絶対服従なんて、悪しき家父長制そのものだろうが。同じ女として、恥だね! カーッ、ペッ! 地獄へ堕ちろ!」
「牛後、人気なんだけどなぁ」
説得したところで、急に明代の態度が矯正できるわけもない。
あきらめて、このくだらない応酬を終わらせることにする。
『こちらアサヒツー。了解、深田さんも、なんか、すみません。アウト』
「指定のポイントに、到着しましたよ」
目の前に深田さんがいるわけでもないのに頭を下げたのと、ほぼ同時。真木さんがバンを停めた。
「おふたりも、車から降りて待機をお願いします」
「はい」
「は~い」
ドアを開けるや、目の前に建つ物を思わず見上げた。
心理テストに出てくるサイコパス殺人犯よろしく、指で階数を数えたもんね。
石造り八階建てのそれは、市庁舎だった。
マジ? ここで戦うの?
もっとあるだろ、誘導する先つったら。
スポーツの試合も音楽ライヴも可能な、どこぞのアリーナの外周とか。
ジャンプや爆発の映える、採石場とか。
それを、よりによって街中の市庁舎かよ。
耐震性補強の名の下に市民の血税を投じた、虚栄と虚飾の墓標じゃん。
こういうのは、映画で巨大な怪獣が派手にぶっ壊すのがいいんじゃねぇか。
「辰雄。さっきから、何ブツブツ言ってんの?」
「あぁ、声出てたか。すまん、お前には関係のないことだ」
「私語は慎むように~」
「まったくだ。俺が悪い」
独り言を俺が漏らしている間にも、真木さんは焦り気味に作業をしていた。
見れば、四方津が使っていたのと同じ多連装ロケットランチャーをいじっている。
……砲口を覗き込んでいるが、大丈夫かな。
俺たちは市庁舎を背に、武器の調整で無防備な真木さんを挟んで立ち、雷獣の襲撃に備えた。
一応、バルクアップ状態でない俺と不能の明代にも拳銃が支給されている。
ゴム弾が装填された、暴徒鎮圧用のものだ。
一般日本人の成れの果て相手ならともかく、軍人雷獣相手にどれだけ効果があるかは怪しい。
麻酔銃のがよくね、と明代がゴネていたが、気持ちはわかる。
だが拳銃用のそれは、配備されてないとのこと。
だいたい麻酔銃って、ライフルで撃つよな。動物園から猛獣が脱走した事例とか見るに。
動きの素早い雷獣相手に、素人がライフルで対抗できるとは思えない。
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絶縁体シールドを構えた機動隊の姿もあった。
戦争ではなく、在日新ライス軍に属する個人の暴動。
そういう体で収めて欲しいから、自衛隊は出動させられないんですって。
俺たちが出撃する前に、忌々しげに四方津が言っていたのを思い出す。
うーん、言い逃れできないくらいの有事だと思うんだけどなぁ。
「準備、できました」
不意に聞こえた報告の声に、つい驚いてしまう。
振り向けば、華奢な身体でロケットランチャーを担ぐ真木さんの姿があった。片手で小さくガッツポーズをして見せ、気合い十分だとアピールしている。
いいなぁ。やっぱかっこいいわ、ロケラン。
「私もロケランが良かったなぁ」
「ワガママばっか言うなよ。俺もロケランには憧れあるけど」
「ふふっ。おふたりとも、おっきい鉄砲が好きなんですね」
「おっきい鉄砲て、あんた」
ユルい表現に、明代と顔を見合わせた。
ロケランのことそんな風に言う人、初めて見たわ。
物騒なものを構えているのに、まるでピクニックの雰囲気だと思っていると。
『キッテからアサヒへ、そちらから見て二時方向より雷獣が向かっている。アウト』
『ウエノからアサヒへ。雷獣が向かっている。九時方向に注意せよ。アウト』
『クラブからアサヒへ。そちらにとっての十時方向から、雷獣が来るぞ。構えておけ。アウト』
『こちらオオサカ! アサヒ、覚悟はいいか。四体の雷獣を引きつけ、オオサカは六時方向よりアサヒに合流する! アウト』
『こちらカワセ! こちらカワセ! 雷獣の襲撃に遭い、チームに負傷者が出た。ぐあああっ! し、至急! 援護求む!』
『エイゴよりカワセへ! 了解、これより支援に向かう! アウト』
次々に聞こえてくる、女力発電所の他チームからの無線。
遠くから、怒号と悲鳴が聞こえる。
他にもブレーキが鳴く音や、雷獣の放った電撃とそれによる破壊の音も。
こういう時、漫画の主人公なら思わず身体が動くのだろう。
戦う力の有無に関係なく、使命感や正義感で。
そして、それを制するように明代や真木さんの立ち位置の人たちがそれを止めるのだ。
今は作戦行動中だから、と。
だが無鉄砲は明代の担当、しかも明代は赤の他人にあまり興味がない。
俺も損得勘定や彼我の戦力差の計算がバッチリ働いてしまうパッシヴ持ちだ。
「みんなが危ない! 私、行かなきゃ!」
「いや、真木さんが持ち場を離れてどうするんですかっ!」
あんた、学生の暴走を制止する側だろ。
ロケランを担いだまま走り出そうとする真木さんの手を引っぱった、そのときだった。
ズザザザザザザアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
九時方向より、さっきまで真木さんのいた空間を切り裂き、乱入してくる者があった。
市庁舎前の車道のアスファルトを引き剥がし、やがてそれは動きを止めた。
もうもうと上がる土煙の中から現れたのは、在日新ライス軍の雷獣。
ゲホゲホと咳き込む度に、バチバチとランダムな方向への微弱な放電が起きている。
目の上の傷から垂れる血を手の甲で拭うと、軍人雷獣は俺たちを視線で捉えたまま、自らの血を舐めた。
思い出すのは、病院で遭遇したアニサキス曹長の奇行。
「来ますっ。二人とも、構えて!」
逼迫した真木さんの声に、拳銃を構えたものの────────
引き金を絞る間もなく、肋骨を折ったと直感する。
それさえ走馬灯じみた、異様に引き延ばされた一刹那の出来事に過ぎない。
「うっ……!」
意識を覚醒させられたのは、顔に吹きかけられたとてつもない悪臭があったからだ。
乗り捨てられた車の後部に、俺は押し倒されていた。
眼前には、大口を開けた醜怪なる雷獣。
くせぇのは、こいつの口臭かよ。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
ガンガンガンガンガンッ!!
発達した犬歯の大きさと鋭さに驚くも、咄嗟に雷獣のこめかみを拳銃で滅多打ちにした。
怯んだ雷獣は、目を瞑って顔を仰け反らせる。
この隙に、と銃を構えるも雷獣にゴム弾を浴びせることは適わなかった。
「ガウウウウウッ!!」
「うわっ!」
怯ませられたのは、一瞬にも満たぬわずかな時間。
桁違いの膂力で銃を払いのけられ、俺も一緒に車道へと投げ出された。
虚しい音を立て、拳銃が路上を滑っていった。インカムも飛び、そのさらに向こうに落ちた。
「マズいっ……」
銃に伸ばした腕が、ドックン、と脈打った。
全身が熱い。
血が沸き立つほどの、昂揚感。強烈な、攻撃衝動。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオゥゥゥゥゥッ!!」
自動車のルーフを蹴って、軍人雷獣が跳躍したのを横目で見た。
空中より迫る、紫電を纏ったそいつは嫌らしい笑みを浮かべている。
勝ちを確信し、俺を獲物としか見ていない。
どうして。どうしてバルクアップしないんだ、俺の身体!
体重の乗った軍人雷獣のニードロップが俺に突き刺さるまで、あと────────
「おおおおおおおおおおおおおおおらああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
膝が間合いまで落ちてくる寸前、軍人雷獣は放電した。
回避を防ぐために、まず感電させようと考えたのだろう。
もちろん、絶縁体質となった俺にそれは効かない。
とうとう危機を悟ってくれたのか、俺の全身の筋肉が激烈に肥大化する。
好機。
その膝目掛けて、俺は寝返りを打つように横薙ぎの打撃を浴びせかけた。
言うなれば、寝返りラリアットだ。
「ガウッ────────!?」
バレーボールのアンダーハンドサーブのように、吹っ飛ぶ軍人雷獣。
ズゥゥゥゥゥゥッン…………!
市庁舎ロビー前の階段に軍人雷獣がめり込んだ衝撃で、地響きがした。
「よっ、と」
脚をバネのようにして、跳ね起きる。
「援護射撃がないと思ったら、そゆこと」
軍人雷獣が滞空している間に、撃ってくれても良かったのに。
そうぼやきたいところだったが、見れば真木さんも交戦中だった。
二〇メートルほど先で、他チームとともに大立ち回りをしている。
他チームが前衛となって、銃で雷獣を牽制。隙を見て四肢を攻撃し、機動力と攻撃力を削いでいた。
後衛の真木さんは弱った雷獣の出た機を見て前衛に飛び出し、キャプチャー弾で鹵獲。
残る明代は拳銃をお守り代わりに掲げて、腰を抜かしている。
あとは俺も戦線に参加して、先輩方に明代を気にせず戦ってもらうだけ。
うん、完璧なコンビネーションだ。
作戦遂行のために走り出した、そのときだった。
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