雷獣

ごったに

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「どうしてお姉さんが怒ってるか、わかる?」

 バンが走り出すや、仏頂面の四方津から詰められる俺。

「テメェ、幼馴染みわたしを半殺しにして、クソ女ムーヴをカマしたくせに。何を被害者ぶって辰雄を責めてんだ? あぁ? いっぺん死ぬか?」

 俺を挟んで向かいに座る四方津に、明代は身を乗り出してガンをつける。

 車内で放電すれば事故が起きかねない。

 放電性能の優劣は関係ないと踏んで、明代は強気に出ているのか。

 ……いや、明代はいつでも無鉄砲か。

「終わったことをネチネチと。蓮っ葉女はちょっと黙ってなさい」

「はあっ!?」

「明代、抑えて。ちょっと俺に話をさせてくれ」

「んだよ。毎日フレンチトースト作ってくれって、言ったくせに」

「おまっ、ちょっ!」

「ん~。なかなか聞き捨てならないこと聞いちゃって、お姉さんますます怒っちゃいそう」

「……アニサキス曹長のことですよね」

 黙っていればいるほどに、話がこじれそうだから心当たりを話す。

 オマーン伍長と会敵したことを、四方津は俺の連絡なしに知っていた。

 ならばロビーでのことも、知っていてもおかしくはない。

「それよ。どうして、私に連絡しないの」

「夜、遅かったので。悪いかなあって」

 よりによって四方津に連絡しづらいタイミングに、敵勢力に会うんだよな。

「おい、辰雄。私も聞いてないぞ。総長ってなんだよ。暴走族かよ」

「その総長じゃないよ。今朝、気付いたら家にいたお前に、いつ話せってんだよ」

「夜でいいだろ」

「カッコ悪いところ見せたくない、つって追い出された後に連絡できねぇよ」

 今お姉さんが辰雄くんと話してるんだけど?

 とばかりに、四方津の機嫌が露骨に悪くなる。

「ってか盗聴かなんかしてて、こっちの動向見てるんですよね?」

「してない、とは言えないわね!」

 認めるの早いなぁ。

「じゃあ、連絡しないことを咎める意味ないでしょ」

「だって。心配なんだもん」

 顔を背ける四方津だったが、唇を尖らせて拗ねた様が窓ごしに確認できた。

 車内に沈黙が下りる。

 あ、あざと~~~~~いっ!

「GPSとか盗聴アプリ仕込んでも、防犯カメラとかスマホのカメラハッキングしても。完全に状況を掌握できるわけじゃないもん」

「何がもんっ、だよ。辰雄はともかく、私のをハッキングしたらただじゃおかねぇからな」

 そこは俺のことも庇って欲しかったなぁ。

「へぇ~? ただじゃおかない、ねぇ」

「んだよ」

「不能の小娘に何ができるのかしらね」

「面白れぇ。試してみるか?」

 ケンカ腰になる明代を再度抑え、四方津に頭を下げる。

「幸い、戦闘にはなりませんでしたが、四方津さんに連絡入れておくべきでした。俺が悪かったです」

「分かればいいのよ」

 女力発電所の所長の業務もある四方津だ。

 俺のことを誰がモニタリングしているのかは不明だが、何にせよ二十四時間見張るのは無理だろう。

 過信して、連絡を怠るべきではない。

 それくらいには、俺を戦力として重要視してくれているとも取れる。

 ……いや、普通にストーカー行為だな。

 タブレット買うとか回線のセキュリティ向上とかやんないと、おちおちオカズ探しもできん。

 紙に回帰していくのが、賢明かもしれない。

「今朝がた、音声ファイルを確認したらもうびっくりしたよ。だって、アニサキス曹長に完全に目を付けられてるんだから」

 バルクアップ状態での俺を打ち倒し、その上で俺をバター犬にする。

 とんでもない宣言をされたものだ。そういうモテ方をしても、全然嬉しくない。

 日本語をかなり話せるようだし、あいつがワカメ酒に辿り着くのも時間の問題だろうな。

 是が非でも遠慮したい。

「スパイか、盗聴盗撮かはわかんないけど。アニサキス曹長はこちらの動向を監視する術を持っていると、お姉さん思うの」

「雷獣の言葉がわかるみたいですから、それ経由だと思ってました」

 オマーン伍長戦の後、逃げたかに見えた軍人雷獣たち。

 実は姿を隠して、俺たちを監視・尾行していたとしたら?

 人海戦術で情報を雷獣間で伝達、アニサキス曹長にまで報告を届けていたとすれば?

「雷獣はスマホを使う知能すらない。これが何を意味すると思う?」

 思いつかず、明代の顔を見た。

 いじけた顔の明代は、肩をすくめただけだった。

「ちょっとは自力で考えてみなさいよ。不能のくせに雷獣一歩手前、みたいな女の知能を頼らないの」

「いちいち腹の立つ言い方しかできねぇのか、テメェの上の口は。こりゃ、下の口の性能も推して知るべしだな」

「もう、四方津さん大人なんだから。明代を刺激しないでくださいよ」

「そうだぞ年増。大人になれ」

「大人になれ、という言葉は使う必要がないのよ。なぜって、その言葉を使う者が率先して大人になればいいんだもの。それで、大抵の問題は解決するから」

 一人称が「お姉さん」の人が、年下に言うことではない気がする。

 あと大人の女になった明代とか、もうそれは明代じゃない。

「えーと、アニサキス曹長は雷獣の言葉がわかる。でも雷獣は、スマホを扱えない」

「うん。だから、電話やメッセよりも原始的な伝達手段を用いるはずよね」

 うーん、なんだろう。

 諜報活動に雷獣を活用するなんて、コウモリ爆弾と同レベルに思えてきた。

 SNSを用いた挑発を繰り返してきた、エルマー大統領だ。その私兵が、そんなアナログでトンチキなことをするだろうか。

「エルマー大統領の私兵ですし、いくらでも通信の傍受とか検閲とかできそうですけどね」

「そんな不審な動きがあれば、女力発電所でも察知、対策できますぅ」

 どのレベルで俺を監視してるのか。もはや女力発電所の方が怖いまである。

 ひとまず、ここは四方津を信用して。

 デジタル技術を用いた諜報活動は、女力発電所が感知できると仮定して考えてみよう。

「なんだろう。手紙、はスマホより頭を使うだろうし、日本の郵便を挟むし」

「いい線いってると思うよ。伝達内容自体は、人間のスパイが噛んでるかもだし」

「人間のスパイがメッセージを作成、ですか」

 ふっ、とバックミラーを見上げる。

 ミラー越しに目が合った深田さんは、何の感情も表に出すことなく目を逸らした。

 まさかな。

「じゃあ、伝書鳩とか早馬とか……?」

「うん。お姉さんは、その線だと思ってる。具体的には、モールス信号」

 待て待て待て。

 一体、どの線だよ。

 赤の線と青の線、どっちを切ったら時限爆弾を止められるとか、そういう線か?

 絶対に間違った線を切って爆発してるでしょ、この流れ。

「スマホよりもモールス信号を使いこなす現代人は、一般的じゃないですよ!」

「あいつらは元現代人。もう人間じゃない、獣よ」

「どっちにせよ、使いこなせないでしょ」

「そんなの軍なんだから、教えればいいでしょ」

「じゃあスマホ教室を開いたら済む話だろ!」

 黙っているのが我慢できなくなった、とばかりに明代が口を挟んできた。

「あいつら、元はスマホを使いこなしてた世代の女じゃん。新しい芸を仕込むより、昔を思い出させる方が簡単で、合理的じゃね?」

 だから、デジタル通信は女力発電所が傍受できるんだよ。少なくとも、そういう仮定で話してるんだから。

「いいえ。犬に芸を仕込む人はいても、スマホを買い与える人はいないわ。それと同じこと」

 諭すような口調と諭すような目で、四方津は明代の考えを退けた。

「ムカつくなぁ。スマホを持ったサルでも見るような目ぇしやがってからに」

「じ、自意識過剰だなぁ、明代は」

 肩をいからせる明代をなだめていると。

 自分でもどうかしているとしか言いようのない考えが、浮かんでしまった。

「もしかして、放電能力による発光をモールス信号に利用してる説がある、と」

 頼むから「真面目に考えなさい」と俺を叱ってくれ。

「うん」

 力強く頷いちゃったよ、この人。

 大丈夫か? 日本政府は秘密機関の長、こいつに任せてホントにいいの?

「もちろん、複雑な内容は送れないでしょう。でも、君の居場所の座標を送るだけなら?」

 数字だけなら教育にさほど時間もかからない、ということか。

 ホントにそうか?

「深田。うちにモールス信号の解読ができるスタッフは?」

「はい。私でよければ」

「すげぇ。深田さん、モールス信号わかるんですね!」

 思わず身を乗り出すと、気を良くしたのか深田さんは饒舌に特技を自慢し始めた。

「それだけではありません。言いくるめ、鍵開け、射撃、忍び歩き、変装、値切り、目星。そして跳躍、登攀、投擲、ヘリコプターの操縦に至るまで。私の特技は多岐に渡ります」

 およそ堅気とは思えないスキルだらけだった。

 秘密組織ともなれば、そういった人材が多数在籍しているのかもしれない。

 そんな中で、俺はやっていけるのか……?

「はいはい、そんなのどうでもいいから。うちの支配下にある雷獣を使って、偽の信号を発信させることはできるの?」

「はい。鹵獲した雷獣の発電器官のハックは、造作もないことです」

 ちらり、深田さんの目が明代を見た気がした。

 まさかな。

「よーし、名付けて、伝言ゲームは地獄への片道切符作戦よ!」

「なんだよその、B級映画のサブタイトルみたいなネーミングは」

 明代からケチがついたものの、作戦名はそれで決まった。

 そして、また学校をサボってしまった。
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