雷獣

ごったに

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「私は害虫が出たって、その退治を男に頼んだりしない。だって、私の方が圧倒的に強いのだから」

 鼻高々のエルマー大統領は、核ミサイルを発射した件についてそう答えた。

 焼け野原にされたのは、アフリカの女性の活躍度の低い国々だ。

「石油なんて、地球を汚すだけ。サステナブルじゃないわ。先進国に金の無心をするだけで問題解決能力のない国なんて、女性を蔑視するゴミ男どもと一緒に消えるのが持続可能な開発のためよ」

 せせら笑って会見を後にした大統領に対し、とてつもない批難の声が上がった。

「大統領が核を落とした我が国は、日本よりもジェンダーギャップ指数上位です。なぜ、我が国なのですか? 日本よりも、我が国の方が大統領のお眼鏡に適うはずです!」

「男が戦争で死んで役員や政治家のなり手がいない、仕方なく就任した女で回してるだけの国がギャアギャアと。男よりも優れた女であると証明した上でなってなきゃ、意味ねぇんだよマンカスが! テメェの国なんか、新ライス軍兵士たちの間で左遷先扱いされてんだぞ? そんなこともわからない低能なの? これだから国民教育もできない底辺国家は!」

 ガヤ入れまでされた「大統領が分別のない黒人を論破した」という嘲笑的な動画のアップで、暴動が起きた。

 しかし、暴動はもちろん、ネットの議論も瞬く間に収束した。

 ライス共和国の広い国土で、雷獣による殺人事件が同時多発的に発生したからだ。

 被害者は大統領を批判したのであれば、知識人も労働者も、人種も老若男女も問わなかった。

 世界一有名な諜報機関のしわざだ、と多くの国で囁かれた。

 エルマー大統領は素知らぬ顔で、ツイッターにさらに動画をアップロードした。

 全裸で檻に入れられた、オッペンハイマー前大統領を映した動画だった。

『男性敗北の象徴』

 他の檻で動物の名前が書かれている看板には、そう記されていた。

「……私は、ティーンエイジャーの頃に火星に連れて行かれました。そこで私は、地下で過酷な労働を強いられている可哀想な人たちを見ました……」

 虚ろな目で前大統領は、そんな譫言を垂れ流している。

 それを馬鹿にした文言が編集で入れられており、エルマー大統領の男性への嫌悪と悪意が強烈に表れていた。

「銃や爆薬に頼らないと、戦争もできない愚かな男たちの時代は終わりよ。女性性の象徴たる神秘の雷を使えば、国よりも力を持つ軍事企業を一掃できるし、クリーンにならず者国家を排除できる……え? 核ミサイルを撃ったじゃないか、ですって? あるものを使っただけよ」

 肩をすくめたエルマー大統領が、ペロッと舌を出したのと同時────東側の大国で核爆発が起きた。

 ライス共和国はもちろん、どの国も核兵器を発射してはいない。

 ただ、大国の武器庫に巨大な落雷があっただけだ。

「男性中心主義的でクソ。聖母崇拝を弾圧してた過去があるから、遡行して天罰を受けるべきよ。受難、あなたたち好きでしょ?」

 十字聖教関連の番組に出演して、嘲笑したかと思えば教皇庁に落雷があった。

 大規模な火災が発生し、十字聖教の歴史ごとその王国を炎が吞み込んだ。

 教皇は瓦礫に埋もれて死亡、葬儀もそこそこに崩壊した教皇庁で青空コンクラーベが開始された。

「神は私よ」

 国連で、そう宣った際の映像は世界中で放映され、人々の話題を攫った。

 法の通用しない暴力の権化は災害に等しく、それが意志を持って世界に影響を及ぼす独裁者であるならば。

 神を自称するのも、あながち間違いではなかった。

「どうぞ。また飛行機でいらっしゃい。神の雷でお出迎えするわ」

 発言を批難する宗教指導者や、殺害予告を出したテロ組織に対しては、中指を立てて変顔で挑発をする動画で応じた。

 この一連の大統領の振る舞いに、ライス共和国の女性は沸いた。

 特に宗教的保守性はなく、低収入で排外主義的なナショナリスト層の女性たちはこぞってエルマー大統領を讃えた。核兵器の使用には目を瞑っているのか、環境活動家たちも篤く大統領を支持している。

 一部のメディアは、彼女らが急増した雷獣の発生源ではないかと報じた。が、大手メディアや世論からの扱いは、陰謀論に対するそれだ。

「凄いことになってるよね」

「そうね」

 明日で雷獣遭遇事件から二週間になる、日曜日。明代は、退院日を迎えた。

 世間話として、明代にライス共和国の話を振ったが、返ってきたのは生返事。

 遠方の親戚が明代を引き取る、という話もあったがそうはならなかった。

 自分の手元に明代を置いておきたい四方津が、動いたのだ。

 明代の入院している間に、彼女の家の修理と改築が始まっている。

 それが終わるまで、明代は俺の家に居候することになった。

 明代家が雷獣の襲撃に遭ったのなら、隣家たるウチも何かあってもおかしくない。

 四方津に拉致られて検査を受けた日の晩、父に尋ねたのだが。

「壁が汚されたのと、雨樋を壊されたくらいかな」

 隣に比べれば軽いもの、という感じだった。

 ちなみに母は前日から他県に出張していて、当日は不在。報道規制もあり、帰ってきて明代家の惨状を見てびっくりしたとのこと。

 他の家からも、死傷者が出たとの話は聞いていない。

 ターゲットが絞られている。もしかして、強盗が襲撃の目的ではない、とか?

 だとしたら、明代はまだ狙われているかもしれない。

 俺の推測は告げず、明代をウチに居候させる理由を四方津に聞いてみると。

「女力発電所の寮でも良かったんだけど、なるべくなら環境の変化は少ない方がいいかなーって。お姉さん、そう思うわけ」

 などと返された。

 いや、決定的な環境の変化が起きちまった後だろ。冗談でも、趣味が悪い。

 でも両親も承諾済みで、明代本人は本調子でなく決断力に欠ける状態。

 多数決の暴力によって、居候は決定した。

 幼馴染とはいえ、付き合ってもいない同年代の女子と同居ってだけでも気まずいのに。

 放心状態の明代に気を遣って暮らすとか、あんまりやれる自信がない。

 だからって、明代を一人で放っておくのも忍びない。

 無論、匿えば俺と両親に累が及ぶ危険性もある。

 すべてを解決する手段は現状「俺が雷獣を全部倒す」しかない。

 そのために、瞬間的なバルクアップ現象の解明が必要だ。けれど検査の結果や、仕組みを解明したという報せは、まだ四方津から届いていない。

 ゆえに不安と焦りがあったが、でも今は明代の心のケアや生活を優先すべきだろう。

 病院の出入り口前で待っていると、目の前の道に父の車が停まった。

「乗れよ」

 後部座席のドアを開け、顎で促す。

「ドア開けてくれるとか、いつの間に紳士になったわけ?」

「うるさい」

 軽口こそ叩くが、前ほどの勢いはない。

 明代を乗せ、俺も乗り込む。

「おじさん、よろしくお願いします」

「大変だったね、乙子ちゃん。自分の家だと思って、過ごしてね」

 人形のように頭を下げる明代に、父が洟をすすりながら声をかける。

 さて、どうなることやら。
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