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第3章:七海の願いとリッカの夢
第28話:忘れないで(バスキナヨオ)
しおりを挟む「弥勒さまに、まだこっちに来ちゃダメって言われたよ」
魂戻しで生き返った七海は、弥勒神さまから聞いたことをみんなに話した。
「弥勒さまがね、ぼくはこの世界のナナミで、生まれるときに向こうの世界のナナミと入れかえたんだって言っていたよ」
「弥勒さまは、なんでそんなことをしたんだ?」
まだちょっとボーッとしている感じの七海をだきながら、リッカが聞いた。
本当は七海がこちらの世界の人間で、魔術を使えるのはイリキヤアマリ神さまの加護を受けているからだそうだ。
こちらにいたナナミはオイラの世界の人間なので、魔術を使う能力を持たずに生まれたらしい。
魔術はヤイマ国の人間だけがもつ力だから、話を聞いたリッカも王妃さまも女官たちも、なるほどと納得していた。
「兄弟と仲良くできるようにって言っていたよ。こちらに生まれていたら、仲良くできる子には育たなかったはずだからって」
その言葉の意味に、真っ先に気づいたのはリッカだ。
もうひとりのナナミをよく知る女官たちも、ハッと気づいて息を飲んだ。
それはつまり、七海が最初からこの世界にいたら、母親にかまってもらえなくてさびしい思いをするって、神様は知っていたってことだ。
「どうしてこちらに生まれていたら、兄弟と仲良くなれないの?」
1人だけ分かってないのは王妃さま。
赤ちゃんのころは乳母に、乳母の手をはなれた後は女官たちに、ナナミの世話を任せていた王妃さまは、ナナミのことをよく知らなかった。
そうだ、これを見せてみるか。
オイラは、宝探し会場で手に入れた丸い玉と腕輪のことを思い出した。
七海とリッカ以外には、まだ人間に姿を見せたことがなかったオイラは、初めて王妃さまや女官たちがいるところで姿を現した。
「えっ? キジムナー?!」
この国でも、キジムナーはよく知られているようだ。
王妃さまも女官たちも、オイラを見ただけでキジムナーだと気づいた。
「これ、砂浜にうめてあったぞ。多分もうひとりのナナミが祭りのころに見つかるように、宝探しの場所にかくしたんじゃないか?」
オイラは丸い玉と腕輪を七海にわたした。
七海はリッカにだかれたまま、それを両手で受け取って不思議そうに眺めている。
「ねぇリッカにぃにぃ、この玉はなに?」
「それは言葉玉だな。遠くにいて会えない人に、想いを伝える道具だ」
「どうやって使うの?」
「玉に想いをこめるときは、ギュッとにぎって言いたいことを考えればいい。こめられた言葉を聞くには、こめた人が想いを向けた相手がふれれば、声が聞こえる」
オイラや七海がふれても何も聞こえないから、もうひとりのナナミが想いを伝えたいのは他の人だな。
同じことに気づいた七海は、しばらく言葉玉を見つめた後、それを王妃さまに差し出した。
「母上、たぶんこれは母上への言葉玉だよ」
七海はもうひとりの自分のことだから、言葉玉にこめられた言葉がだれへのものか、すぐに分かったようだ。
「ナナミから、私に?」
王妃さまは、キョトンとして言葉玉を受け取った。
その手に乗せられた丸い玉が、ポウッとかすかに光って言葉をつむぎ始めた。
『この声を聞いているということは、今はお祭りのころでしょうか』
言葉玉から最初に聞こえてきたのは、そんな声だった。
やはりナナミは、いなくなってしばらく経った祭りのころに、言葉玉が見つかるようにかくしたらしい。
『イリキヤアマリさまから、お話を聞きました。ぼくは、この世界の人間ではありません。だから魔術が使えないそうです』
落ちついた話し方で、声は続く。
母親に宛てたメッセージなのに丁寧な話し方なのは、ナナミが王妃さまを家族として見ていないからだろうか?
『ぼくは、本来在るべき世界へ帰ります。この国の王子としての役目は、ぼくには果たせませんから』
そう言ったときの声は、ほんの少し悲しそうに感じられた。
だれもが魔術を使える国で、たったひとり魔術が使えないことは、ナナミにとって辛かったにちがいない。
『向こうの世界で、ぼくは幸せになれるそうです。弥勒さまが加護を下さいましたから、これから訪れる幸福を楽しみに、あちらの世界で生きていきます』
その言葉に、オイラは星の海ですれちがったナナミの楽しそうな顔を思い出した。
ナナミは七海よりも前から、この入れかわりのワケを知っていたんだな。
『御妃さま、もう会うことはありませんが、ぼくからひとつだけお願いがあります』
ナナミは王妃さまを「母上」と呼ばないことで、自分の気持ちに区切りをつけたみたいだ。
言葉玉の声は、そこまで言ったところで静かになった。
お願いってなんだろう?
聞いていたみんなが思ってしばらくすると、再び声が聞こえてきた。
『1年に1回くらいでかまいません。この言葉玉を見て、ぼくのことを思い出してほしいんです』
それを聞いたとたん、真っ先に泣き出したのはリッカだ。
近くて遠い存在だった弟が、どんな思いでそう言ったのか、リッカにはよく分かるから。
『ぼくを愛して下さいとは言いません。でも、どうかぼくがいたことを、忘れないで下さい』
言葉玉に残された声は、そこで終わった。
やはりナナミは愛されていないと思っていたんだな。
王妃さまは病弱なリッカのことで頭がいっぱいで、ナナミのことを忘れがちだったんだろう。
大ケガをしている七海がいるのに、返り血を浴びただけのリッカのことしか心配しなかったくらいだから。
ナナミが最後に願ったのは、王妃さまに覚えていてほしいということだけだった。
王妃さまの両目から、涙があふれて頬を伝う。
きっと王妃さまは、ナナミのことも愛していたんだろう。
手のかかる子に夢中で、手のかからない子をほったらかしてしまっただけだ。
もう二度と会えない子を想って、母だった人は両手に乗せた言葉玉に頬を寄せて泣き続けた。
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