ノンフィクション短編集

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シーカヤックで遭難

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 海の怖さを思い知った実話。
 人口約230名の小さな島に住んでいた頃の話。

 当時の僕は求人サイトで見つけた仕事先で住み込みバイトを始めたばかり。
 店主から本を渡されて読み、目の前のビーチで練習をしていたリゾバ仲間4人。
 その中で、僕はシーカヤックの操船技術の上達が早かったことから、店主からガイドをやれと言われた。

 わずか1週間のビーチ練習と、1回だけコースを案内してもらいつつ回っただけ。
 たったそれだけで、お前は接客と操船が上手いからガイドになれと言う店主。
 今思えば、自然相手の仕事でたった1週間の研修なんてありえない。
 シーカヤックガイドになるには、本来は3ヶ月くらいかけて基礎技術を学ぶ。
 操船だけでなく、コースについても熟知しておかないといけない。

 当時の僕はそんな事は知らなくて、案内されつつ操船してコースを回った時は、特に何も困る事は無く店主の後ろについて進めたせいで、海を甘く見ていた。
 店主に言われるままに僕はガイドデビューして、毎日お客さんを案内しながらコースを回って、何回目かのツアーの時に自然の怖さを思い知る事になる。

 その日は台風が接近しつつあり、予想される波の高さ4m。
 フェリーが欠航しているのに、店主はツアーを中止しなかった。

「内海だから大丈夫、お客さんも経験者だから行ってきて」

 言われて回ったコースは確かに波はほとんど無く、目的地である隣の島に到達。
 砂浜でいつものようにお弁当を食べて、帰ろうとした時のこと。
 僕のシーカヤックが出た位置が、普段とほんの少しズレたら、ルートからどんどん離れて押し流され始めた。

 その時は知識が無くて分からなかった。
 今なら分かる、それは【離岸流】というもの。
 岸から沖へ向かって流れる海水の流れのことで、その流速は毎秒2mに達する場合もある。
 離岸流は、海岸線のどこでも起こる可能性があり、海水浴客が流されるという事故も起きたりする。
 お盆の時期は波が高くなるため、勢いの強い離岸流が発生しやすくなる。
 その日はお盆ではなかったけど、台風接近の影響で波は高くなりつつあった。
 離岸流の幅は、約10~30メートル程度。
 流れに巻き込まれた場合は慌てずに、岸と平行に進めば抜け出せる。

 当時の僕はそれを知らなくて、帰りのコースからはずれて流され続けることに焦っていた。
 ツアーのお客さんたちの船は巻き込まれてなかったので、店主に報せてほしいと頼んで先に帰ってもらった。
 ひとりぼっちで流されて、波はだんだん高くなって、前方が見えないくらいのうねりになった。

 やばい、これ死ぬかも。

 本気でそう思った。
 早く岸に上がらないと、いつか転覆する。
 ウエットスーツと救命胴衣は着けているけど、こんな大波の中でまともに泳げる気がしない。
 シュノーケルと足ヒレも持ってるけど、海に投げ出されたくない。

 本来帰るべき島には進めないから、僕は舳先を別の島に向けた。
 大きなうねりの合間に見える島、それを目指して必死でパドルを動かした。

 どうやら、それが正解だったらしい。

 その島を目指し始めたら、すんなり進めた。
 うねりは凄かったけど、転覆はせずに波を越えて行けた。
 岸が近くなり、砂浜に接岸!
 シーカヤックから飛び降りて、船の先端を掴んで引きずりながら波がこないところまで持っていって、ようやくホッとした。

 ……で。

 どうやって帰る?

 上陸した島は有人島で、砂浜のすぐ近くに小学校がある。
 僕は職員室まで走って行って、そこにいた先生に事情を話したら、車で送りましょうかと言ってくれた。
 僕が働いている店がある島と、辿り着いた島とは、大きな橋で繋がっている。
 先生は見ず知らずの僕を車に乗せて、元の島まで連れて行ってくれた。

 ありがとう、先生。
 あれから随分年月が経つけれど、あの日の御恩は忘れてません。

 店に帰ったらお客さんたちが僕の遭難を報せて、仕事仲間が騒然としているところだった。
 無責任な店主はゲラゲラ笑っていて、あ~無事で良かったな~と言っただけ。
 流れ着いた島の砂浜に置いてきたシーカヤックは、仕事仲間が軽トラで回収してきてくれた。

 この無責任店主は実は就職詐欺師で、リゾート気分でノンビリ働けると記載した求人サイトの記事で若者を騙してタダ働きさせた挙句、店の備品を壊したなどと言いがかりをつけて、万単位の金を請求する人物だった。

「お前ら、あいつに騙されてるぞ。うちで匿ってやるから逃げろ」

 店主と不動産契約でモメていた地元のオジサンが教えてくれて、当時働いていた4人は詐欺師の店から逃げ出した。
 オジサンは古民家に僕たちを住ませてくれて、島にあるマトモな仕事先を紹介してくれた。

「せっかくこの島に来たのに、嫌な思い出だけなんて可哀想だからな」

 オジサンはそう言って、まずは1ヶ月遊んで暮らせと島を案内してくれた。

 海水浴を楽しんだり、砂浜でバーベQをしたり。
 潮干狩りに行ったらサメが出て、オジサンとR君がロングドライバーで刺して倒したり。
 そのサメを持ち帰って庭で解体して、御近所に配ったり。
 僕が料理が得意だと知ったオジサンが、サメ肉で何か作ってとリクエストしたり。
 獲れたて新鮮なサメ肉を、島酒・にんにく・生姜・醤油を混ぜたタレに付け込んで、片栗粉をまぶして唐揚げにしたり。

 今思えば、濃い思い出だな。
 人生初のサメ肉からあげは、肉が新鮮なので臭みは無くて柔らかくて美味だった。
 紹介してもらった仕事先は凄く良いところで、そこでの仕事もいい思い出だ。

 オジサン、ありがとう。
 匿ってもらった1ヶ月、とても楽しかったです。

 オジサンはその後、島のおばぁに食べさせてやるんだと魚を獲りに行って、素潜り漁の最中に心筋梗塞を発症して亡くなった。
 遺体は親族が引き取りに来て、別の島にあるお墓に埋葬されたらしい。
 らしい、というのは、その頃には僕はオジサンの家を出て、紹介先で住み込みバイトを始めていたから。
 残念ながら、お墓の場所は教えてもらいそこねた。
 代わりに、オジサンが亡くなった海に手を合わせておいたよ。
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