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第12章:魔王が遺したもの

第114話:新しい命

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「ほらエカ、鼻の穴広げてないで。ソナちゃんの傍についててあげて」

緊張のあまり変顔になるエカの背中を、白衣を着たエアが押す。
その先には、新たな命を生み出そうとしている妻、ソナがいた。

「ピヨが苦痛を和らげてくれてるけど、エカが手を握ってあげるのが一番元気づけられるからね」

そう言われたエカはベッド脇の椅子に座り、ソナの手を握る。

「ソナ、頑張って。俺がついてるよ」
「うん……エカ、傍にいてね」

エカに励まされて、ソナは苦しそうにしながらも微笑んでみせた。

世界樹の民の妊娠期間は長い。
胎児は10年近くを母の胎内で過ごしてから産まれてくる。
エカとソナは、受胎を知ってからずっと楽しみにしていた我が子に、ようやく会える時を迎えていた。

「これ、アズとルルからだよ」

そう言ってエカが異空間倉庫ストレージから取り出すのは、アサギリ島に咲く花で飾られた花かご。

「いい香り……なんだか力が湧いてくるみたい」
香雪花フリジアね。香りに回復効果がある花よ」

香りを楽しむ余裕が出てきたソナに、エアが教えてくれた。

「で、こっちはジャミ様から」

と言ってエカが取り出すのは、晴れた空のような青色の丸石を繋げたブレスレット。

「綺麗な石……ジャミ様の目と同じ色ね」
「御守りだって言ってたよ。ばぁばが見守ってるから頑張って可愛いひ孫を産んでくれって」
「うん、頑張る」

血の繋がりは無いけれど、祖母として慈しんでくれるジャミ様は、ソナが家族として慕う猫人の1人だ。

「ジャミ様、長生きよね。そろそろシッポが2つに割れたりするかも」

エアが言うように、ジャミ様は長生きだ。
息子のナゴ様が既に他界しているのにまだ元気で、最近はアサケ学園に占い師をしに来ている。
猫人たちには、200歳まで生きるとシッポの先が二つに割れるって言い伝えがあるそうだよ。

「あと、これはクロエたちから。母乳がよく出る木の実らしいよ」
「じゃあ、毎日食べるね」

パーティーメンバーが集めてくれた木の実は、保存が効くナッツ系。
猫人の子は死亡率が高いけど、その実を食べた母親の乳を飲んで育つと生存率が高くなるとも言われていた。
ちなみに、世界樹の民は猫人よりも出生率がかなり低い代わりに生存率は高い。

「ルイからも預かってきたよ。心を落ち着かせる道具って言ってた」

エカが小さな箱のような物を取り出して蓋を開けると、中には水色の丸い石が入っているのが見えた。
蓋の開閉が起動に繋がるらしく、箱は優しい音を奏で始める。
ルイの自作魔道具は、聖歌鳥ビオランの囀りを再現させたものだった。
ソナのベッドの枕元で囀っていたピヨが飛んできて、不思議そうに首を傾げる。

「ピヨちゃん、その中にお友達は入ってないよ」

エアが笑って教えると、ピヨは更に首を傾げた。


それからしばらくして命が生まれる波が高くなり、ソナは苦しそうにしながらも波に呼吸を合わせ始める。

「みんな応援してくれてるから、頑張って生まれようね」

ソナの手を強く握って、エカは生まれてくる我が子を励まし続けた。

2人が出会わなければ、今ここにいなかった子。
偶然という奇跡の先に現れた宝物。
どうか無事に生まれてほしい。

エカと共にボクも願う。

ソナの身体に最後の大きな波が押し寄せた直後、産声が聞こえた。
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