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第12章:魔王が遺したもの

第111話:詩川琉生

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アサケ王家が異世界人を保護した際は、創造神かみさまに報告するため世界樹の根元を訪れる。
以前ソナを連れて来た時と同じように、ルイは当代の国王ナムロと共に世界樹の森を訪問する事になった。
ルイの発見者であるエカと、ルイを王宮に連れて来たアズも付き添う。

いつもは転移効果を持つ魔道具で行くエカたちだけど、ルイに上空からの風景を見せてあげようという事で、久々に春の街プラン近郊の転送陣を使った。
ナムロ王様が操るドナベに乗るか、エカまたはアズと一緒に召喚獣に乗るか?
どちらがいいかと聞かれたルイは、アズと一緒に召喚獣に乗る事を望んだ。

「アズさんに……お姫様抱っこされてみたい……です」
「いいよ。じゃあ行こうか」

顔を赤らめて言うルイを、アズは全く躊躇なく抱き上げてベノワの背に乗る。
異世界人の一部が喜ぶという、美少年を美青年がお姫様抱っこするという光景。
それを眺めるエカは、鼻の穴広げて真顔になっていた。

「異世界人は個性的な人が多いニャ」

ナムロ王様はニコニコしながら眺めている。
後で聞いた話では、過去に転移して来た女の子が持っていた薄い本に、似たような光景が描かれていたらしい。
王家の書庫には、異世界の文化を知る貴重な資料として、色々な本が保管されているそうだよ。


「凄い、絶景!」

ベノワの背中の上、アズの前に座って後ろから抱えられる体勢で風景を眺めながら、ルイは声を上げる。
久々に飛ぶ世界樹の森の上空からの眺めは、澄み渡る青空の下、広大な緑の森が広がる絶景だ。

森の中心のひときわ大きな木の下に、ボクたちは下降してゆく。
ベノワから降りる際もお姫様抱っこしてもらえて、ルイは大喜びだった。


『おかえり、異世界の神の元に生まれた子よ』

世界樹の根元で、創造神かみさまはそう語りかけてくる。
おかえりと言うって事は、もしかしてルイも元は世界樹の民だったのかな?
ソナの例があるから、エカとボクはそんな事を予想したりする。

「ただいま、神様。僕の前世はこの世界の住民だったのですか?」

おかえりって言われたからただいまって答えて、ルイが聞いた。

『そうとも言える。だが違うとも言える。其方の魂は新しい。この世に生を受けるのは現世が初めてなのだよ』

創造神かみさまの念話が、穏やかな響きでその場にいる者たちの中に流れ込む。

『イオ・アズール・セレストよ、その子を連れてこちらへ来なさい。母になる筈だった者に会わせてあげよう』
「わかりました」

以前にエカがソナを連れて行った時のように、アズがルイを抱き上げて世界樹の中に入る。
2人が行ったのは、エカとソナの時とは違う場所だった。


緑の葉が茂る枝と枝の間に、大きな透き通った緑の球体が浮かんでいる。
球体の中には、アズがよく知る人がいた。

「……ルル……」

呟くアズは近付くと、何の抵抗もなく球体の中に入ってゆく。
抱えられたルイも一緒に球体の中へ入った。

長い黒髪、黒い立ち耳とフサフサのシッポ。
死装束としてアズが着せてあげた、裾の長い青いワンピースも変わらず。
19年前に亡くなった時そのままの綺麗な姿で、目を閉じて動かないルルがいた。

「……この女性ひとは……?」

球体の中でアズの腕から降ろされて、ルイは不思議そうに見知らぬ女性を見つめる。

『かつて魔王と呼ばれた存在。其方の母となる筈だった者。そこにいるイオは其方の父となる筈だった者だよ』
「「えっ?!」」

ルイが驚く声に、アズの声が被った。

創造神かみさまがイオと言うのは、もちろんアズの事。
今までアズも知らなかった事を、創造神かみさまは教えてくれた。

19年前に命を終えた時、ルルの胎内には胎児がいた。
それはまだルルが元気だった頃に宿した子で、世界樹の民特有の長い妊娠期間の中にあった。
ルルはその子を産めなかった代わりに、自らの魂の力を使って我が子を転生させる。
魔王の子をこの世界に転生させると新たな魔王になるかもしれないと思い、異世界へ転生させたらしい。

『それで力を使い果たして、ルルはまだここにいるんですね……』

アズは未だ転生出来ずに世界樹の中で眠り続ける妻の頬を、労りを込めて撫でた。
彼にはまだ900年以上の寿命があるし、ルルの心はアサギリ島に在る。

『ゆっくり休んでいていいよ、待ってるから』

優しく口付けて、アズは目覚めぬルルに微笑んだ。
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