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勇者エリシオ編

第32話:鎮魂花の導き

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「マーニはエリシオ様が好きみたいですね」
 微笑んで言うナタルマ。
 その腕に抱かれた赤子が、無邪気に笑いながら両手を差し伸べている。
「抱っこしてあげて下さい」
「う、うん」
 渡された赤子を恐る恐る抱っこするエリシオ。
 末っ子で先日7歳になったばかりの彼にとって、赤ん坊に触れる事すら人生初だ。
 落としたりしたら危ないので、ベンチに座って膝の上に乗せるように抱っこした。
 マーニと名付けられた赤ん坊は、抱っこしてもらえたのが嬉しいのか笑いながら頬をぺたぺた触ってくる。

「赤子は無垢で美しいものだな」
 肩の上に乗った仔猫ルシエが、目を細めて呟く。
「まだ何も知らず、ただ愛される。最も幸せな時ですね」
 ベンチの上、エリシオの隣にいる猫ロミュラも、同じく目を細めて呟いた。
 その眼差しに切なさが混じるのは、遥かな昔この屋敷を追い出された子を思い出したから。
 あの子も、赤ん坊の頃はこんな風に愛され笑っていたのかもしれない。
 ロミュラはふと、そんな事を思った。

「お嬢様がお庭に出て、こんなに機嫌が良いのは初めてですね」
 世話係の侍女が言う。
「ええ、いつもなら突然泣き出してるものね」
 ナタルマが侍女と話していると、マーニはハッとした様子で誰もいない場所に視線を向けた。
「…あ…、あ…、ぅあぁぁぁん!」
 何かに怯えた様子で、マーニが泣き出す。
「あらあら、始まっちゃいましたね」
 いつもの事に慣れた侍女がエリシオの膝からマーニを抱き上げようとするが、マーニは抵抗してエリシオにしがみついた。
「エリ、赤ん坊を抱き締めて背中をトントンしてあげて」
 ロミュラにアドバイスされ、エリシオがその通りにすると、マーニは安心したのか号泣をやめて目を閉じた。
 その肩の上、仔猫ルシエはマーニが見て怯えた場所に目を向ける。
「この世の者でないものがおるな」
「え?」
 ルシエの呟きに、エリシオもそちらへ振り返る。
 視覚が共有され、そこにいる実体の無い者が視えた。
「…うわ…、これはマーニが泣くの分る気がする…」
 その姿は、いきなり見たら心臓に悪いものだった。

 長い銀の髪の女性、その背中から胸を剣が貫いたと思われる傷。
 それだけでも充分致命傷なのに、首にも深い切り傷。
 女性は白いローブを着ているが、大量に溢れ出た血で赤く染まっていた。

 スーッと近付いてくる血まみれの女性。
 困惑しつつもマーニを護ろうと抱き締めたまま女性を睨むエリシオ。
 ナタルマと侍女には見えていないが、エリシオとその使い魔が身構えて凝視している事から、何かがいるのだと察していた。

「エリ、我の身体にある鎮魂花レエムを使え。この霊を鎮められる筈だ」
「分った」
 祖先から受け継いだ魔法の1つを、エリシオは起動する。

 どこからともなく現れる、緑の羽根の妖精。
 勇者セイルの友であり、ライムと名付けられた神樹の御使い。
 子孫であるエリシオも友と認め、力を貸してくれる。

 青い星型の小さな花々が舞い始める。
 死んだ際の苦痛に囚われたままの霊を、優しく包み始める。
 それは、彷徨う霊を神の御許に導く鎮魂の花。

『その苦痛は既に終わったもの。本来の魂に戻れ』
 血まみれ女性の霊に、念話が流れ込む。
『天の扉は開かれる。在るべき場所へ向かえ』

 地属性・神樹魔法:鎮魂花の導きレエムシエル

 その魔法は強い浄化の力を持ちながら、光属性ではない。
 ペンタイア家の人々にダメージを与える心配は無かった。

 鮮血で赤く染まっていた白いローブが、本来の白さを取り戻してゆく。
 剣で貫かれたと思われる傷や、口から溢れ続けていた大量の血が消える。
 血まみれの霊は、清らかな雰囲気を漂わせる白いローブと銀の髪の美女に戻った。

『貴方は何者ですか?』
 銀髪の女性の霊が問う。
『勇者と聖女の子孫だよ』
 エリシオは答えた。
『魔王を使い魔にしているようですが、何故斃さないのですか?』
 霊がまた問う。
『共に生きる為だよ』
 エリシオは迷わず答える。
 念話を共有しているルシエ、ロミュラ、ザグレブが、目を閉じてその言葉を心に染み込ませた。

『闇の者と共存するというのですか?』
『共存出来ると思ってるよ』
 困惑した様子の霊に、エリシオははっきりと答える。
 銀髪の女性はしばし沈黙した後、ポツリと言葉を零す。

『…あの時、私もそうしていれば良かった…』
 その言葉に、ロミュラだけがハッと何かに気付いた。
 鎮魂花の力に身を委ねようとする霊を、慌てて引き留める。
『待ちなさい。成仏する前に貴女はやる事があるわ』
 ロミュラの言葉に何か察したエリシオが、鎮魂花の導きレエムシエルを解除した。

『私が依り代になってあげるから、貴女はあの子に会って謝りなさい』
 猫姿のまま、ロミュラは霊に歩み寄る。
『………分かりました』
 女性の霊は同意し、昔ならば敵対していた筈の相手に存在を委ねた。
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