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第74話:古代の守護石

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 裏切った怪物は、支配者をその牙で貫いた。
 焼け火箸のように高温で鋭い牙が、黒い長衣の胸元を焦がし、その下の白い肌にズブリと突き刺さる。
 喉が裂けるかと思われる、壮絶な悲鳴が上がる。
 全身が硬直する程の激痛に、ディオンの闇色の双眸が見開かれた。

 「……な……何が起きた……?」
 「奴の攻撃が、奴に返ったんだ」
  呆然と問うシアルに、冷静にリオが答える。

 「僕たちが、七徳の光ナークスに護られてるのに気付かず、奴は攻撃を加え、跳ね返った力で傷ついた。……黒き民が、自分の作った魔物に滅ぼされたように……」
  そう語る、リオの表情は暗い。

  絶叫が途切れ、白目を剥いたディオンの身体が脱力した。。
  その口から、ゴボゴボと鮮血が溢れ出し、顎や頬を紅に染めて滴る。
  龍の牙をはずそうとしていた手は、糸が切れたように力を失い垂れ下がる。
  苦しみ悶えていたディオンが動かなくなった時、支配から解放された大地の力は本来の主へと戻り、溶岩の龍は消えた。
  胸や腹を貫いていた牙が無くなり、鮮血を滴らせるディオンが床に開いた穴へと落ちてゆく。

 「お、おい何を?!」
  いきなり、リオが駆け出し、シアルが声を上げた。

 「風よ!」
  風の翼を借り、黒髪の少年は同じ色の髪の青年へと近付く。
  衣服や腕が血に染まるのも構わず、リオは空中でディオンを抱き留めた。
  ぐったりとした身体は重いが、抱えられぬほどではない。
  足場のしっかりした所、玉座の辺りまで移動すると、リオはディオンを横抱きに抱え直した。
  溢れ出る鮮血が、薄汚れた絨毯に広がる。

 (……まだ……息はあるな……)
  癒しの光が、瀕死の青年を覆ってゆく。

 「何でそんな奴、助けるんだよっ!」
  少し離れた背後から、シアルが怒鳴る。
  その声に、ディオンが薄く目を開けた。

  視界に映るのは、自分と同じ黒い瞳の少年。
  そのまなざしは、哀れみに満ちている。
 「……何……を……考えて……いる……?」
  やっと聞き取れる声で、彼は問うた。

 「どうすれば、最後の一人となった黒き民を救えるかを」
  返ってきた答えに、ディオンの目が見開かれる。
 「……同情……か? よけいな……お世話だっ!」
  回復しかけていた体力で、彼は自分を抱えていた少年を突き放した。
  激痛に構わず、気力で立ち上がる。

 「待て、まだ傷が……」
  止める声を振り切り、ディオンは玉座の向こう側へと走り去る。
  重傷とは思えぬ速度で走るディオンの破れた長衣の胸元から、はずみで光る何かが落ち、石の床に転がった。

 「これは……守護石……?」
  それを拾い上げた瞬間、リオの中に遠い記憶が蘇った。

 ―――「これ、あげる!」
  擦り傷だらけの手で、まだ幼い彼はそれを差し出す。
 「本当は、ちゃんと首飾りにして渡したかったけど、僕より兄さんの方が上手だから、このままあげる」
  小さな手のひらには、青い石が一つ。
「守護石じゃないか。よく見つけたな、こんな濃い色のを……」
  受け取るのは、十歳くらいの少年。
  切れ長の双眸は、彼に向けられると優し気に緩む。
  驚き、見つめる瞳は、黒曜石のような黒。
「父さんがね、兄さんは怖い人に狙われてるって言ってたから、探してきたんだよ。これ大事に持っててね。僕が護ってあげるから」
  舌っ足らずな声で言い、無邪気に微笑んだ彼を、五歳上の兄がふいに抱き締めた。
 「……ありがとう……」
  耳元で囁く声は震えている
「大事に持ってるよ、セレ……」
  少年の白い頬を、温かい涙が伝った…―――

「……この記憶は……?」
  リオが呆然としている間に、手負いの青年は広間の奥に続く扉を開け、中に入ってゆく。

 「どうしました?」
  空中から降りてきた三名のうち、黄金色の髪をした青年が問うた。

 「……エレアヌ……」
  振り返った少年の瞳が潤む。
 その手には、青い石が嵌め込まれた首飾りが握られていた。

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