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第60話:森の再生

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 「風の妖精、僕たちに翼を貸して」
  澄んだ声が、天空へと響く。

  雨雲はいつの間にか去り、青く晴れ渡った空から、透き通った羽根をもつ小さき者達が舞い降りてきた。
  彼等は親友である少年を含む五人の周囲に集まり、その身体に触れる。
  大気のヴェールに包まれ、リオ達の身体が宙に浮かび上がった。

 「リオ様!」
  神殿の中に居た人々が、外へ走り出てくる。
 「お気をつけて!」
 「無茶はしないで下さいね!」
  何人かが手を振り、声を張り上げた。

 (随分あっさり見送ってくれるけど、何かあったかな?)
  心配そうな表情は残っているものの、前回に比べて明るい雰囲気に、リオは首を傾げる。
 「そのお護りを貸していただけますか?」
  そんな彼にミーナが問うた。
  怪訝に思いながらもリオが頷くと、少女は彼の首から守護石の付いたペンダントを外し、エレアヌの方をチラリと眺める。
  賢者である青年が、僅かな笑みを浮かべてみせると、ミーナは下にいる人々に向かってそれを投げた。
  ペンダントは空中で陽光にきらめき、孤を描いて落ちてゆく。
  受け取ったのは、琥珀色の髪をした若い男。

 「テイト」
  エレアヌが、その名を呼んだ。
 「それを大広間の水晶にかけておきなさい。後は分っていますね?」
 「はい!」
  賢者の言葉に、テイトと呼ばれた若者は背筋を伸ばして答える。
  訳が分らずキョトンとするリオが、その意味を知るのは少し後の事。
  風の翼は、五人を南へと運んでいった。

 (……ディオン……)
  澄み切った空を進みながら、リオは自分と同じ色の髪と瞳をもつ青年の顔を思い出す。
  ……闇の色をもつ者は、危険な存在……
 白き民ならば、即座にそう思うだろう。
  けれど、同じ黒髪・黒い瞳をもつリオには、安易に決め付ける事は出来なかった。
 (……黒き民って、一体何なんだ……?)
  冷ややかな笑みを浮かべる青年の顔が、鮮烈に記憶に残っている。
  倒れている大地の妖精の手首を掴んで引き起こす様子は、相手を物とでも思っているかのような扱い。
  妖精を友とする前世の心は、それに対して怒りを示した。
  しかしリオは、冷酷な態度や表情の裏側に、違う何かを感じ取っている…。
  それが何なのかを考えかけた時、足もとに黒ずんだ地面が見えた。

 (……ファルスの里が在った所か……)
  リオの瞳が、ふっと翳る。
  白き民とは異なる種族が住んでいた、立ち枯れの森。
  そのすべてを消し去ったのは、魔物ではない。
 『……聖者よ……』
  溜め息をつきかけた時、微かな【声】が頭の中に流れ込み、彼は息を飲んだ。
 「風の妖精達、あそこに降ろして」
  言って、地面の焼け跡を指し示すと、五人の身体は降下し始めた。
  ふわりと着地したそこには、まばらに散らばる新緑色の芽がある。
  以前、鷹に変身する少年と共に、この地を訪れた時には無かった。
 米粒ほどの小さな芽が、あちこちに広がっている。

  創始の炎に焼かれた枯れ木の群に代わり、ファルスの地は今、新たな草木の誕生を迎えていた。
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