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第41話:黒き民と精封球

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 「空間移動は、かなりの体力を消耗する力なんですよ? どうして怪我をした状態で使ったりしたんですか」
  壺から薬草を取り出しながら、エレアヌは溜め息混じりに言った。

  長い箱のような木の椅子に座るリオは、自分で身体を支えていられず、横に座ったシアルに上半身を凭せ掛けている。
 「……使い方は分ったけど……そこまで思い出せなかった……」
  半分寝ているのかと思うほどボソボソした声で言うリオに、温和な青年は再び溜め息をつき、気性の激しい少年は頬を引き吊らせる。

 「……僕には……まだ思い出せてないことが沢山ある……。エレアヌ……『黒き民』って……何?」
 「黒き民?」
  唐突な問いにエレアヌは一瞬眉を寄せたが、やがて穏やかな口調で答えを紡ぎ出した。
 「それは、古い書物にその存在が記されている、闇の種族の事でしょう。彼等は自らの兵士とする為に魔物を生み出し、強い力で自然を支配しようとしたといわれています」
 「支配?」
  だるそうにはしているものの、話は聞いているらしく、リオは問い返す。

 「精封球メロウは御存じですね?」
  確認の意を込めて、緑の賢者は問う。
 「さっき……会った奴が……その単語を使ってた……」
  リオは先刻会った妖精が閉じ込められた、黒い球体を思い出した。
  あれが出現する直前、黒き民の長だというディオンは何か呪文を唱えていた。
  その言葉の中に『精封球メロウ』という単語が含まれていた事を、彼は覚えている。

 「……真っ黒な球に……大地の妖精ウルディムを閉じ込めてた……」
  リオが呟いた途端、エレアヌは薬の入った壺を落としてしまった。
  糊状に磨り潰してある茶色い薬草が、白亜の床に広がる。
 「精封球メロウは妖精を閉じ込めるだけではなく、意のままに操る為の道具でもあります」
  壺を落とした事に気付かぬ様子で、賢者の呼び名をもつ青年は呟く。
 「黒い精封球メロウは最上級の魔力をもつもの。それに捕らえられたのなら大地の妖精ウルディムは闇に堕ちた……」
  動揺を抑えつつ、彼は告げた。

  上半身を抱くようにしてリオを支えていたシアルの両腕が、ピクリと硬張る。
  しかしリオは、低い声で呟いた。
 「……それなら、助けに行く……」
 「リオ?」
  その言葉に、エレアヌもシアルもギョッとした表情をみせる。
 「行くったって、何処に行くんだよっ?」
  少し前に「出かける時は連れて行け」と主張していた少年は、背後から覗き込むようにしてリオの顔を眺めた。
 「ディオンが……黒き民の長が住む城へ……」
 「黒き民ですか?!」
  叫び声を上げたのはエレアヌ。

 「黒き民はファルスの地より更に南にある、死の大陸に住んでいるらしいという事以外、詳しい事は分らないのですよ?」
  さすがの彼も、怪我をしているリオを結界の外に出す気にはなれない。

 「とりあえず、その傷を癒されて…それからお考え下さい」
 「……こんなの……、すぐ治るよ……」
  リオは癒しの力を使おうとしたが、いくら念じても傷は癒えない。

 (……あれ……?)
  小首を傾げるリオを、シアルが怪訝そうに見つめる。

 「空間移動は生命エネルギーをかなり消費します。しばらく治癒の力は使えませんよ」
  リオの状況を把握し、エレアヌが説明する。
 「ですから、大きな怪我をしている時は、空間移動は控えて下さいね」
  穏やかに諭すその言葉を、リオはもちろんシアルも黙って聞いていた。

  
「死の大陸に行く時は、俺も一緒だぜ」
  手当てを終え部屋に戻った時、肩を貸して歩いて来たシアルは念を押すように言う。
 「分ったよ」
  簡素な木の寝台に横になったリオは、半分ウトウトしながら答えた。
 「約束だからな。絶対」
  毛布をかけながら言ったシアルの言葉は、眠りに落ちたリオには聞こえていない。

 「駄目って言ってもついて行くぞ。聖剣の主として、あの人に救われた者として。俺はお前を護る」
  無防備な寝顔を見下ろして、騎士さながらの守護精神をもつ少年は、小さく低く呟いた。
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