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第33話:創始の炎

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 今まで冷たかったアーヴの青白い肌が、触ってすぐ分るくらいの熱をもっている。
 息遣いも速く乱れていた。
 「アーヴ?! 無理してないか?」
 明らかな異変に驚き、リオはアーヴのうつむいた顔を覗き込んだ。

 「……大丈夫……です……」 
  顔を僅かに横向け、震える瞳で見つめ返すと、アーヴは細い腕を伸ばし下を指差した。
 「……早く……あれの開封……を……」

  華奢な指が示す先には、直径1メートル程のルビーに似た真紅の球体が浮かんでいる。
  黒い二つの輪が、クロスしながら土星のリングの様にその周りを囲んでいた。
  とりあえず球体の間近まで浮遊してゆくと、球体はリオに反応するように微かな光を放ち始める。

 「開封って、どうすれば?」
 リオは背後を振り返って問う。
  けれどファルスの長は、球体より数メートル上に浮かんだまま気を失っていた。

 「アーヴ!」
 『転生者リーンティアよ……』
  心配になったリオがそちらへ戻ろうとした時、ふいに男性とも女性とも思えるハスキーな【声】が頭の中に響く。
 『お願いだ、私をここから出してくれ……』
 「……お前は……創始の炎イフリィト?」
  リオの黒い瞳が、瞬時に聖なる青へと変化した。

 ラーナ神殿を出た時からずっと沈黙し続けていた「リュシア」が、意識の表層へと浮上する。
 「火の妖精達から聞いた事がある。お前は遠い昔、古き民に封じられたと……」
 『そう、ファルスの民の祖先に、私はこの精封球メロウへ閉じ込められた』

  ―――何故、封印されたんだ…?―――

 低いが玲瓏と響く声と、中性的なハスキーヴォイスの会話を、リオは意識の底で聞いていた。

 『だが今その封印は必要無い。私を解き放ち、彼等の願いを叶えてやってくれ。この球体に触れるだけでいい』
 「分った」
 リオの右手がリュシアの意思によって、大きな真紅の玉に触れる。

  途端に、その手は炎に包まれた。
  熱くはないがリオならば驚いて後退したかもしれない。
  けれど、【リュシア】は構わず球体に触れ続けた。
  手の下で球が大きく膨れ上がり、周囲の空間が透き通った赤色に染まる。

 「ああ……やっと……出られる……」
  掠れた声が、球体から漏れる。

 精封球は粉々に砕け散り、そこにはルビー色の髪とオレンジ色の瞳をもつ妖精が立っていた。

  見た目は長身痩躯な青年の姿。
 創始の炎イフリィトと呼ばれる妖精は、両腕を広げて言う。
 「哀れな魂たちよ、生命の輪に還れ」
 直後、彼を中心として発生した紅蓮の炎が、辺りを覆い尽くした。
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