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第4章

第36話:銀色の髪の聖女

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ペンタイア家にとって、銀髪は聖女または聖者の印である。
これまで1000年以上、その色を持つ子は生まれていなかった。
呪いが解かれた途端、銀色の髪に変わった赤ん坊を見て、人々は驚き喜んだ。

喜びの中、当のマーニはといえば、特に変化した様子は無い。
「おお、マーニ!!!」
実父ミランが抱き締めようとするが…
「………」
ベビーベッドに座ったマーニ、無言でプイッ。
見事な塩対応をした後、ソワソワと辺りを見回す。
扉をノックする音にハッと反応して、部屋の出入口に目を向けた。

「マーニ、いる?」
侍女が開けた扉から入って来たのは金髪の少年。
マーニの顔が一気に笑顔に変わる。
エリシオがベビーベッドに歩み寄ると、赤ん坊は両手を伸ばして抱っこをねだった。
御機嫌なマーニを抱っこしたエリシオがふと見れば、壁際でいじけているミランがいる。
(………あ。 なんかゴメン)
思わず心の中で謝るエリシオであった。

「大神官が、星まつりと一緒に聖女の認定式と祝祭を開催したいと言ってたよ」
嬉しそうに笑うマーニを撫でつつ、エリシオが神殿からの報せを伝える。
今は学園の長期休み期間で、研究棟メンバーは神殿ボランティアに通っていた。
エリシオも毎日神殿通いで、帰りにペンタイア家に寄るのが日課になっている。

「認定式も祝祭のパレードも、エリシオ様がいないと出来ない気がしますよ」
ミランが苦笑する。
マーニはどうやら霊が視える体質らしく、人々の背後にいる霊を視て怯える事が多かった。
エリシオが霊を浄化出来る事も分るようで、彼が抱っこすると落ち着いている。
「星まつりの頃も学校が休みだから、付き添うよ」
その言葉は分ってなさそうだが、マーニは無邪気に笑っていた。


カートル国にようやく現れた聖女、喜ぶ人々の間で祝祭の話は一気に広まった。
「プルミエの第三王子様が付き添われるそうだよ」
「勇者の血を引く御方も一緒に見られるなんて楽しみだな」
街のあちこちでそんな会話に盛り上がる人々がいる。
(…ここにいるけどね)
パンが入った袋を手に、エリシオは苦笑した。
お忍び用の平民ぽい服を着た彼が噂の人物とは、誰も気付かなかった。


カートル孤児院バザーのパンを買ったエリシオは、それを土産に聖王国トワに向かう。
トワの神殿は何度か来た事があるので、神官たちとも馴染みだ。
「差し入れだよ」
ストレージから焼き立てパンを出して配ると、神官たちは嬉しそうに受け取る。
そのまま神殿奥まで進み、聖女セイラの部屋まで来ると扉をノックした。

「セイラ、差し入れ持って来たよ」
「ありがとう!入っていいわよ」
許可を得て、エリシオはセイラの部屋に入った。

エリシオはセイラにペンタイア家の呪いを解いた事と、マーニが聖女だった事を告げた。
「じゃあ聖女が神殿に入れば、光の御使いは引退ね」
意味深にチラッとエリシオを見るセイラ。
「な、何の事かな?」
ギクッとするエリシオ。
「さあ? とりあえず内緒にしておくわ」
セイラがクスッと笑って言った。

「ねえセイラ、フォンセが僕を見てトワの勇者か?って聞いたんだけど、どういう意味か分る?」
エリシオは先日フォンセと会った時の事を思い出しつつ、セイラに問いかけた。
フォンセは986年間封印されていた者、彼が知るトワの勇者はおそらく、ルシエがプルミエ王城へ連れて来られた動画に映っていた人物だろう。

「プルミエ王族にトワの勇者になった人はいないよね? 僕が同じ金髪だから間違えたのかな?」
話していると、猫ロミュラが従魔部屋からスッと出て来る。
「見た目だけじゃなく、放つオーラが似ているかららしいわ」
ロミュラは、フォンセから受け継いだ記憶を辿って話す。
魔族の拠点に勇者たちが現れた際、ロミュラは黒髪の勇者から斬撃を受けて重傷を負い、フォンセの転移魔法でそこから移動したので、直接会った記憶はほとんど無い。

「公にはしてないけど、結論から言えばエリはトワの勇者の子孫よ」
「え?!」
「うむ。確かにそうだな」
セイラの発言に、エリシオは驚き、当時をよく知るルシエは冷静だった。

「どういう事? 僕の祖先はプルミエの勇者セイルじゃないの?」
エリシオ、困惑。
「そのセイルとトワの勇者は同一人物よ」
「え?!」
続くセイラの話に、ロミュラの驚きも追加。
「複雑な事情があるのだ。この際だからセイラに聞いておくがいい」
落ち着かせようと、肉球でプニプニとエリシオの頬を押す仔猫ルシエ。

そしてセイラが語る986年前の出来事は、正史では伝えられていない勇者の裏話だった。
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