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第4章

第31話:棄てられた子供

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………それは、1000年よりも遠い昔の出来事。
辺境に住む魔導師の家から少し離れた森の中、声を殺して静かに泣く少年がいた。

「何故こんなところで泣いているの?」
ロミュラはつい、声をかけてしまった。

少年の灰色の髪が、彼女の主を連想させたからかもしれない。
或いは、その小さな体に宿る強い闇の魔法力が、人にしておくのは惜しいと感じたからかもしれない。

声をかけられた少年は、泣くのをやめて振り返る。
「その角と翼、お姉さんは魔族?」
普通の子供ならその姿を見れば泣き出すところだが、彼から怯えは感じられない。
「そうよ。 …と言ったらどうするの?」
ゆっくり歩み寄りつつ、ロミュラが問い返す。
少年は、何かを諦めたような昏い笑みを浮かべた。

「じゃあ、僕を殺して」
「?!」
予想外の発言に、ロミュラは一瞬固まった。

「魔族は人間の魂を集めて魔王に捧げるんだよね? 僕の魂をあげるから殺して持っていってよ」
少年は口角を上げて笑ってみせるが、その目は虚ろだ。
本気で殺されるつもりらしく、草の上に仰向けで寝転がり、無抵抗を示した。

「くれると言うなら貰うけど、あんたは何故死にたいの?」
ロミュラは少年の傍らにしゃがむと、片手でその胸に触れる。
触れなくても存在力強奪ロブエナジーを使えば命を奪えるが。

「生きていても何もいい事が無いから。死んで楽になりたい」
少年は無防備に寝転がったまま、目を閉じて言う。
「死んでも楽にならないわよ。転生するだけだから」
「魔王に魂を捧げれば消滅するから転生しないでしょ」
ロミュラが指摘すると、少年はそう言い返してきた。

「魂、貰ってよ。僕は要らなくても魂くらいは使い道あるだろ?」
淡々とした口調で話す少年、閉じた瞼の下からツーッと一筋、涙が流れ落ちた。

少年の胸に手を当てたまま、ロミュラはしばし考える。
この無防備な子供を殺すのは簡単だが、心の奥にそれを止める感情があった。

「いいわ。貰ってあげる」
そう言うと、ロミュラは少年の額に口付けた。
驚いて目を開ける少年に、彼女は手を差し伸べる。
「貴方の居場所をあげる。こちらへおいで」
母性や慈愛を感じさせる、優しい微笑み。
少年は引き寄せられるように、その手を取った。


ロミュラに心を委ねた少年は、自らの生い立ちを話した。
光属性の者ばかり生まれる貴族の家庭で、闇属性だけを持って生まれた為に忌み嫌われた。
実母すらも味方ではなく、追い出すように辺境の魔道師の里子にされた。
魔導師の書庫で様々な書物を読み漁り、闇属性は魔族全員が持つ属性であり、母はそれに敵対する光属性の代表格・聖女だと知る。

少年の名はフォンセ・ペンタイア。

後にカートル王国を混乱に陥れる大魔道士。
実母を含める全ての聖女をこの世から消し去り、闇属性が尊ばれる世界を作る事を望んだ。
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