425 / 428
翔が書いた物語
第76話:兄弟
しおりを挟む
「……ディリオン……」
ぽつりと呟かれたその名に、黒髪の青年の表情が一瞬フリーズする。
「……何故……その名を……」
「一緒にエルティシアへ行こう」
呆然としつつ名を呼んだ者を見ると、親しみを込めた笑みが向けられていた。
「人は、独りで生きてるわけじゃない。ものを見る為に光が、息をする為に大気が、涙や身体を流れる血に水が、肌のぬくもりには火が。妖精が、力を分けてくれている。そして死した後は土に還り、新たな生命を育んでゆく」
話すリオの瞳の色は、鮮やかな瑠璃色。
人の中で、妖精と最も親しい者の証、聖なる青。
「心を支えるのは、一緒に喜び、怒り、悲しんでくれる仲間。今の君には、それが無い……」
「……だ……黙れっ!」
怒声が響いた。
「お前は一体何なんだ! 何故敵である筈の俺にそこまで世話を焼くっ!」
振りほどこうとする手は、しっかりと掴まれていたので離れなかった。
「ディー」
「?!」
ふいに呼ばれた名に、ディオンは一瞬硬直する。
「……僕が誰か分らない……?」
リオの瞳が、淋し気に曇る。
「なら、この歌は?」
そして彼は、澄んだ声で歌を紡ぎ出した。
遠い前世の母から頼まれた子守歌を。
「……何故お前がその歌を……!」
青年の黒い瞳が揺れる。
「それに……その名で俺を呼ぶのは……一人しかいない……」
「僕は白き民の長の生まれ変わりだけど、遠い昔、エメンの都に住んでいた者の生まれ変わりでもある」
歌い終えて、リオは告げた。
その双眸が、スミレ色に変化する。
「……お前は……!」
その瞳の色に、ディオンが激しく動揺する。
「……セレスティン……」
小さな呟き、一つの名が唇から漏れた。
「ディー、これは母さんに頼まれた」
掴んでいた腕を引き寄せ、転生者の少年は驚愕する青年を抱き締める。
そのぬくもりが、七千年もの間凍っていた心を溶かしてゆく。
小柄な少年の抱擁に、青年の身体が委ねられる。
ディリオンという名の青年に、癒しの力がようやく受け入れられ、大量の出血で下がっていた体温が上がり始めた。
「……やっと分った……何故僕がこの姿に転生したか……」
遠い昔の兄を抱き締めながら、リオは言う。
「白き民のリュシアには出来なかった事、やり残した事。……それは、君を孤独から救う事だ」
その言葉を、ディリオンは沈黙して聞いている。
「大丈夫、今は姿など関係ない。閉ざされていた心の扉は、僕が開けた」
かつて唯一心を許していた弟の言葉を、孤独から解放された兄は、薄れゆく意識の片隅で聞いていた。
「還ろう、自然の輪の中へ。人の和の中へ。……僕は、お前を迎えに来たんだ」
その声を聞くか聞かぬかの間に、七千年の時を経て再会した兄は意識を失った。
身長の割に軽いその身体を抱き締めたまま、リオは周囲を見回す。
そして、銀の髪をもつ少年に視線を定めた。
「シアル、聖剣であの精封球を砕いてくれ」
「分った」
少年は頷き、すぐ横で不気味な光を明滅させている巨大な血色の宝玉を睨む。
右手を胸の前に構えた彼の掌から、光明が現れ剣の形をとった。
「夜明けの光よ、俺に力を! 闇を祓う光となれ!」
静まり返った広間に、凛々しい少年の声が響き渡る。
そして、剣が宝玉に突き立てられた瞬間、赤みがかった金色の閃光が辺りを覆った。
それは、長き闇夜を退ける夜明けの光。
光が消えた時、七千年間魔物を生み続けていた闇の結晶体は消え去った。
リオは再度皆を見回し、問いかける。
「僕の兄を受け入れてくれる?」
その問いに、全員が頷いた。
それを確認すると、聖なる青の瞳をもつ少年は、いつも傍にいる小妖精たちに呼び掛ける。
「風の妖精、翼を貸して」
大気のヴェールが、全てを優しく包んだ。
ぽつりと呟かれたその名に、黒髪の青年の表情が一瞬フリーズする。
「……何故……その名を……」
「一緒にエルティシアへ行こう」
呆然としつつ名を呼んだ者を見ると、親しみを込めた笑みが向けられていた。
「人は、独りで生きてるわけじゃない。ものを見る為に光が、息をする為に大気が、涙や身体を流れる血に水が、肌のぬくもりには火が。妖精が、力を分けてくれている。そして死した後は土に還り、新たな生命を育んでゆく」
話すリオの瞳の色は、鮮やかな瑠璃色。
人の中で、妖精と最も親しい者の証、聖なる青。
「心を支えるのは、一緒に喜び、怒り、悲しんでくれる仲間。今の君には、それが無い……」
「……だ……黙れっ!」
怒声が響いた。
「お前は一体何なんだ! 何故敵である筈の俺にそこまで世話を焼くっ!」
振りほどこうとする手は、しっかりと掴まれていたので離れなかった。
「ディー」
「?!」
ふいに呼ばれた名に、ディオンは一瞬硬直する。
「……僕が誰か分らない……?」
リオの瞳が、淋し気に曇る。
「なら、この歌は?」
そして彼は、澄んだ声で歌を紡ぎ出した。
遠い前世の母から頼まれた子守歌を。
「……何故お前がその歌を……!」
青年の黒い瞳が揺れる。
「それに……その名で俺を呼ぶのは……一人しかいない……」
「僕は白き民の長の生まれ変わりだけど、遠い昔、エメンの都に住んでいた者の生まれ変わりでもある」
歌い終えて、リオは告げた。
その双眸が、スミレ色に変化する。
「……お前は……!」
その瞳の色に、ディオンが激しく動揺する。
「……セレスティン……」
小さな呟き、一つの名が唇から漏れた。
「ディー、これは母さんに頼まれた」
掴んでいた腕を引き寄せ、転生者の少年は驚愕する青年を抱き締める。
そのぬくもりが、七千年もの間凍っていた心を溶かしてゆく。
小柄な少年の抱擁に、青年の身体が委ねられる。
ディリオンという名の青年に、癒しの力がようやく受け入れられ、大量の出血で下がっていた体温が上がり始めた。
「……やっと分った……何故僕がこの姿に転生したか……」
遠い昔の兄を抱き締めながら、リオは言う。
「白き民のリュシアには出来なかった事、やり残した事。……それは、君を孤独から救う事だ」
その言葉を、ディリオンは沈黙して聞いている。
「大丈夫、今は姿など関係ない。閉ざされていた心の扉は、僕が開けた」
かつて唯一心を許していた弟の言葉を、孤独から解放された兄は、薄れゆく意識の片隅で聞いていた。
「還ろう、自然の輪の中へ。人の和の中へ。……僕は、お前を迎えに来たんだ」
その声を聞くか聞かぬかの間に、七千年の時を経て再会した兄は意識を失った。
身長の割に軽いその身体を抱き締めたまま、リオは周囲を見回す。
そして、銀の髪をもつ少年に視線を定めた。
「シアル、聖剣であの精封球を砕いてくれ」
「分った」
少年は頷き、すぐ横で不気味な光を明滅させている巨大な血色の宝玉を睨む。
右手を胸の前に構えた彼の掌から、光明が現れ剣の形をとった。
「夜明けの光よ、俺に力を! 闇を祓う光となれ!」
静まり返った広間に、凛々しい少年の声が響き渡る。
そして、剣が宝玉に突き立てられた瞬間、赤みがかった金色の閃光が辺りを覆った。
それは、長き闇夜を退ける夜明けの光。
光が消えた時、七千年間魔物を生み続けていた闇の結晶体は消え去った。
リオは再度皆を見回し、問いかける。
「僕の兄を受け入れてくれる?」
その問いに、全員が頷いた。
それを確認すると、聖なる青の瞳をもつ少年は、いつも傍にいる小妖精たちに呼び掛ける。
「風の妖精、翼を貸して」
大気のヴェールが、全てを優しく包んだ。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
幽子さんの謎解きレポート~しんいち君と霊感少女幽子さんの実話を元にした本格心霊ミステリー~
しんいち
キャラ文芸
オカルト好きの少年、「しんいち」は、小学生の時、彼が通う合気道の道場でお婆さんにつれられてきた不思議な少女と出会う。
のちに「幽子」と呼ばれる事になる少女との始めての出会いだった。
彼女には「霊感」と言われる、人の目には見えない物を感じ取る能力を秘めていた。しんいちはそんな彼女と友達になることを決意する。
そして高校生になった二人は、様々な怪奇でミステリアスな事件に関わっていくことになる。 事件を通じて出会う人々や経験は、彼らの成長を促し、友情を深めていく。
しかし、幽子にはしんいちにも秘密にしている一つの「想い」があった。
その想いとは一体何なのか?物語が進むにつれて、彼女の心の奥に秘められた真実が明らかになっていく。
友情と成長、そして幽子の隠された想いが交錯するミステリアスな物語。あなたも、しんいちと幽子の冒険に心を躍らせてみませんか?
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
Duo in Uno(デュオ・イン・ウノ)〜2人で1人の勇者の冒険〜
とろろ
ファンタジー
滅びゆく世界で、人々の感情を取り戻すために戦う者達がいた....。
主人公アストリアは、感情を象徴する「魂」を回収し世界を救う使命を背負う若き戦士。彼の体には、自分とは別人格の弟"セラフィス"が宿っている。強力なスキャニング能力を発揮して彼をサポートする特殊な存在だ。(第二部から2人は分離します)
人間味溢れるリーダーのアストリア、心優しく冷静沈着なセラフィス、いつも陽気でムードメーカーのドワーフのローハン、情に厚く仲間想いな女盗賊のマチルダ、それに頼れる魔法使いのおじさんのギルバート....
性格も能力も異なる仲間達は、時に対立しながらも、ミノタウロスの魔王、ゾグナス等の強敵や困難に立ち向かっていく。
これは、過去の傷に囚われながらも新たな絆を築き、心の闇を乗り越えていく仲間達の成長の物語です。冒険と戦いの中で「人間らしさ」を問い直していきます。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
前世の記憶で異世界を発展させます!~のんびり開発で世界最強~
櫻木零
ファンタジー
20XX年。特にこれといった長所もない主人公『朝比奈陽翔』は二人の幼なじみと充実した毎日をおくっていた。しかしある日、朝起きてみるとそこは異世界だった!?異世界アリストタパスでは陽翔はグランと名付けられ、生活をおくっていた。陽翔として住んでいた日本より生活水準が低く、人々は充実した生活をおくっていたが元の日本の暮らしを知っている陽翔は耐えられなかった。「生活水準が低いなら前世の知識で発展させよう!」グランは異世界にはなかったものをチートともいえる能力をつかい世に送り出していく。そんなこの物語はまあまあ地頭のいい少年グランの異世界建国?冒険譚である。小説家になろう様、カクヨム様、ノベマ様、ツギクル様でも掲載させていただいております。そちらもよろしくお願いします。
異世界ラーメン
さいとう みさき
ファンタジー
その噂は酒場でささやかれていた。
迷宮の奥深くに、森の奥深くに、そして遺跡の奥深くにその屋台店はあると言う。
異世界人がこの世界に召喚され、何故かそんな辺鄙な所で屋台店を開いていると言う。
しかし、その屋台店に数々の冒険者は救われ、そしてそこで食べた「らーめん」なる摩訶不思議なシチューに長細い何かが入った食べ物に魅了される。
「もう一度あの味を!」
そう言って冒険者たちはまたその屋台店を探して冒険に出るのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる