【画像あり】転生双子の異世界生活~株式会社SETA異世界派遣部・異世界ナーゴ編~

BIRD

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翔が書いた物語

第57話:エレアヌの過去

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  ――――ラーナ神殿に来る前、エレアヌは森の中で一人暮らしていた。
  祖父が集めた膨大な量の書物、澄んだ泉と様々な実のなる木々。
 それらに囲まれた質素で平和な生活を、彼は今でも懐かしく思う。
  けれど今はもう、その森は存在しない。

  十三年前の魔物大発生により、緑豊かな森は枯れ果て、石と木で造られた家は崩され、書物の大半は破られ紙屑と化した。
  共に森で暮らしていた動物たちは散り散りに逃げ、或いは殺され、彼自身も危うく命を落としかけた。
  大型の熊に似た魔物が目の前に迫ってきたとき、当時十三歳であったエレアヌは、死を覚悟してその場に座り込み、鋭い爪が振り下ろされる瞬間を待った。
 (……もう、逃げても仕方がない……ここで死ぬのが私の運命か……)

  けれど、魔物の爪は彼を引き裂くことはなかった。

「逃げろ!」
  凛とした声に目を開けると、魔物はその場から消え去っていた。
  代わりに立っていたのは、傷ついた子兎を抱いた一人の少年。
  風に揺らぐ青みがかった銀の髪、その身を包む青銀の光。
 やや切れ長の瑠璃色の瞳から、ふいに鋭さが和らぎ、腕の中でおとなしくしている子兎へと向けられた。
  すると、子兎の全身にあった浅い切り傷が、急速にふさがり消えてゆく。
(……癒しの力……!)
  息を飲むエレアヌの目前で、子兎はあっという間に傷が癒え、そっと地面に降ろされた途端、元気良く走り出した。

 「見ろ、あんな幼いものでも生きる為に走る」
  それを見送ると、少年はその瑠璃色の瞳をエレアヌへと向ける。
 「お前も、その二本の足が動くなら、そんな所に座り込まず、安全な場所まで走れ」
  よく通る声で言いながら、少年はエレアヌの片手を掴んで立ち上がらせた。

 「こっちだ」 
  呆然としたままの相手を導き、駆け出した少年は、その行く手に現れた魔物に空いている方の手を向ける。
  その掌が銀色の閃光を放ち、光は球と化して魔物へと飛んだ。
  光球は魔物を包み、一瞬の内に塵に変えて消滅させる。
 「……貴方は……一体……」
 「俺はリュシア、ラーナ神殿の長だ」
  やっとのことで言葉を紡ぎ出したエレアヌに、青銀の髪と瑠璃色の瞳をもつ少年はそう名乗った。

 「……神殿の方が……何故こんな辺境に……?」
  枯れ始めた木々を見回し、エレアヌは問う。
  ここと神殿とはかなりの距離があり、人の足では二週間以上かかる。

 「風の妖精に聞いたんだ。緑の賢者が住む森が魔物に襲われていると」
 「……風の妖精……?」
  真っ直ぐなまなざしを向ける少年に、賢者と呼ばれる少年が問おうとした時…
「リュシア!」
  透き通った羽根をもつ小妖精達が、空から次々に降りて来た。

 「魔物がどんどん集まってきてるわ」
 「いちいち倒してたらきりがないよ」
  妖精達は二人を囲んで口々にそう告げた。
 「そうか。じゃあ、脱出を手伝ってくれ」
 「分った」
  リュシアが言い、妖精達が答えると、見えないヴェールに包まれる様な感覚と同時に、二人の身体が空中に浮かび上がる。

 「貴方は、妖精の友なのですか?」
  上昇しながら、エレアヌは問うた。
 「ああ」
  答えた少年の双眸は、昔語りに伝えられる聖なる青。
  空よりも、海よりも深い、神秘の瑠璃色。
 「どうした? 顔が赤いぞ」
  言われて、自分の頬が紅潮している事に気付いたエレアヌは、慌てて視線を逸らす。
 「……何でもありません……」
  言いながら足元に目を向け、彼は思わず息を飲んだ。
 「……森が……枯れる……」
  次第に茶色く変色してゆく森を見下ろし、賢者の呼び名をもつ少年は細い眉を寄せた。

  十三年間、ずっと暮らしてきた緑豊かな森。
  彼にとっては、森全体が我が家であった。
  それが今、続々と押し寄せる魔物達の手で死の森へと変えられてゆく。
 エレアヌの澄んだ淡緑色の双眸が、僅かに潤んで揺れた。

 (……泣いたところで……何にもならない……)
  懸命に涙を堪えるエレアヌを、ふいにリュシアが抱き寄せた。
  二人の身長差は、あまりない。
  エレアヌの方がやや背が低く、肩幅も狭い程度。
  けれど、不思議な力をもつ少年の腕の中は、何故か安心感があった。
  少々荒っぽく抱き締められたエレアヌの耳に、さほど年の差はないと思われる少年の体温が伝わり、心臓の音が流れ込んできた。

  何故か、胸の奥が熱くなる。
  悲しみとは別の感情が、心の底で揺れた。
  それが何であるかを知ったのは、ずっと後の事。

「泣きたかったら泣けよ」
  ぽつりとリュシアが囁く。
 「涙を流すのは、悪い事じゃない」
 「……はい……」
  答えると同時に淡緑色の瞳から一粒、透明な滴が零れ落ちた。

  枯れてゆく故郷の森を霞む視界に収めつつ、少女のように見える少年は涙する。
  肩にかかる黄金の髪を、風が優しく撫でて揺らした―――――。
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