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翔が書いた物語

第31話:護る力

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  魔物に浸食されない、とエレアヌは言っていたが、あれはどういう意味だったのか。
 (僕が殺されたら、どうなるんだろう? 今度は僕の生まれ変わりがここへ来るのか?)
  激痛と恐怖に耐えながら、頭の隅をそんな思いがよぎる。
  ラーナ神殿の人々は、彼が死んだら悲しむだろうか。
  すぐ帰るという言葉を信じて待つオルジェや、お護りをくれたミーナは?
 (……ミーナ……ごめん……)
  勿忘草色の瞳をもつ少女の微笑みが脳裏に浮かんだ時、胸の辺りが急に温かくなる。
  直後、リオが首にかけていたペンダントの宝石が、青みがかった白色の光を放った。

 「グゥッ!」
  目が眩んだのか、怪物は低い呻き声を上げ、顔をそむけた。
  その時、猛禽類特有の甲高い声が聞こえ、獣の姿が視界からフッと消える。
  大きな鷹に変化したアーヴが、体当たりで猛獣を突き飛ばしていた。

 「大丈夫ですか?」
 アーヴは素早く人間に戻ると、両肩から血を流して倒れているリオを抱き起こした。

 「……助かったよ……アーヴって結構強いんだなぁ……」
 リオはどうにか起き上がりつつ言う。

 「こちらへ! 彼等は入れませんから」
  言うと、アーヴはリオを支えながら洞穴の中へ駆け込んだ。
  その言葉通り、獣たちは入り口付近で立ち止まり、それ以上追ってこない。
  二頭は獲物を逃したかの様に、ウロウロと洞穴のすぐ外を往復し始める。
  残る一頭、リオに傷を負わせた怪物は、血の跡が残るその場所で、しきりに頭を振り続けていた。

 「あいつら、一体何?」
  数十メートルほど奥まで走って立ち止まり、リオは背後を振り返った。
  獣の爪に貫かれた傷から溢れ出る血液が、肩から手首の方へと伝う。
  深過ぎる傷口は痛みを通り越して、痺れとなっていた。

 「正気を失ったファルスの民です」
  同様に足を止めると、アーヴは伏し目がちに答えた。
  うつむいた視界の端に、リオの指先から地面に滴り落ちる鮮血が見える。

 「申し訳ありません。貴方に怪我をさせてしまって……」
 何か手当てする物はないかとアーヴは衣服を探ったが、茶色の長衣にポケットは無い。
 布地を裂いて包帯の代わりにしようにも、薄汚れていてそれも出来そうになかった。

 「これくらい、すぐ治せるから平気だよ」
  言うと、リオは傷口に意識を集中させる。
  この世界へ来てから身に付いた、傷を癒す【力】が発現し始めた。
  その場に座り込み、目を閉じた彼の両肩が、霞状の光に包まれる。
  魂に刻まれた前世の知恵が、転生者リーンティアに奇跡を起こす術を教えてくれた。

  ……ただ、己の肉体に命ずればいい……

 自分という存在を支える生命の力が、両肩に集まるように。
  身体の内側が温かい。
 体温が少し上がるのが感じられた。

 (これは特別な力じゃない。生命をもつもの全てに宿る、再生の力……)
  傷口の細胞がその活動を早め、見る間に出血が止まり、無残な爪痕を残す皮膚や皮下組織が再生されてゆく。
  その様子を見つめるアーヴの蜂蜜色の瞳は、微かに潤んでいた。
  ふと自分の両手を胸の前に持ってきて視線を落とす仕草は、どこか切なく感じられる。

 「……よし、治った」
 「もう何ともないんですか?」
 完全に傷の癒えたリオが目を開けると、生命力の乏しそうな少年の青白い顔は僅かに緩んだ。

 「これ以外はね」
  まるで遊んでいて服を破いてしまった子供の様な悪戯っぽい笑みを浮かべ、リオは片手の親指を肩に向ける。
  そこには、獣の爪痕を残す破れ目があった。
  癒しの力は、死者や無機物には効かない。

 「ちょっと風通しが良くなったかな。でもここ、結構暑いから丁度いい」
  冗談混じりに呟いて、リオは破れた部分をつまんでみせた。
  おどけた仕草に、アーヴも軽く笑う。
  左右に五つずつ穴が空いてしまった黒い長袖シャツは、日本から着てきたもの。
  エレアヌから着替えを渡されていたけれど、リオは元の衣服を身に着ける事が多かった。

 「ところで、この後どうすればいい?」
  服地から手を離すと、彼は問う。
 「こちらへ来て下さい」
  すると、儚い印象をもつファルスの長は、先に立って洞窟の奥へと歩き出した。
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