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翔が書いた物語

第26話:少女と守護石

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 「ちょっと出かけてくるよ」
  自分で歩けぬほど衰弱した少年を抱えて、リオは散歩にでも行く様な口調で言う。
  リュシアの意識は深奥に戻っているので、その双眸は漆黒。
 里を助けてほしいという少年の要望に答えるのは、リオも同意だった。

 「どこへ行かれるのですか?」
  畑にいた人々の間から、オルジェが歩み出てきた。

 「ファルスの里」
 「それは……結界の外ではありませんか……!」
  あっさり答えるリオとは対称的に、オルジェは動揺を見せる。
  背後で他の人々もざわめき、それぞれ顔を見合わせた。

 水源を復活させる奇跡を起こしてから1ヶ月。
 聖者の転生者として認められた少年は、ラーナ神殿の人々にとって希望をもたらす存在となった。
 最初のうちは遠巻きにして様子を見ていた人々も、今では共に笑い合えるようになっている。

 「ここ以外の地域は、いつ魔物に襲われるか分からない危険な場所なんですよ。それでも行かれるのですか?」
  リオを崇拝する若者は、紫水晶を思わせる瞳で、まっすぐに見据えてくる。
  まるで自分が責められている様な気がしたのか、貧弱な少年が悲し気に目を伏せた。

 「オルジェ」
  痩せた少年を抱えたまま、リオは青年の名を呼んだ。

 「僕を誰の生まれ変わりだと思ってる?」
  珍しく強気な口調。
 その漆黒の瞳が瑠璃色に変わる時、大きな力が発現する事を、オルジェは知っていた。

 「大丈夫、僕は魔物に襲われたりしない」
  青年の瞳をしっかりと見つめ、リオは言う。

 「ファルスの里で為すべき事を済ませたら、すぐに帰るよ」
  軽い用事で出かけるかのような明るい声は、人を安堵させる力をもっている。
  澄んだ黒い瞳に浮かぶ、柔らかな笑み。
 初めは恐れられていたその瞳の色は、今はもう受け入れられていた。

 「……分かりました。お気をつけて」
  リオの本質、一度決めたら簡単には変わらぬ強い意思を知る前世の幼馴染みは、微かな溜め息をつくと一礼する。
  他の人々も青年に倣い、一様に頭を下げて見送る意を示した。
  人の輪の中心に立つ少年は、周囲に視線を巡らせそれを確認すると、青く広がる天空に目を向ける。

 「風の妖精、翼を貸して」
  高校生にしてはやや高い透明感のある声で、リオは呼び掛けた。
  柔らかな風が短い黒髪を揺らし、澄んだ空から染み出す様に、羽根のある小人たちが降りてくる。

「ファルスの里へ行くんだね?」
 「僕たちはいつでも貴方の翼になるよ」
  友である少年の周囲に集まると、妖精達は鈴の音を思わせる高い声で言った。

 「どうしてそれを?」
  まだ彼等には言っていないのに……と、目を丸くするリオに、風の妖精達は微笑むる。

 「たとえ、この容姿をしてなくても、大気はいつもエルティシアに満ちているわ」
  少女の姿をした妖精が、両手を広げて言う。

 「呼吸一つからも、風は生まれるんだよ」
  肩に乗るのは、透き通った羽根をもつ少年。

 「私たちは、いつも貴方と共に在るのです」
  白い髪と髭をもつ小さな老人が、ふわりと目の高さに移動して言った。

 「……そっか。じゃあ、頼むよ」
  人なつっこい笑顔で応えると、リオは言う。
  妖精たちの小さな手が二人の少年に触れ、風のヴェールがそっとその身体を持ち上げる。

 「リオ様!」
  足裏が地面から少し浮き上がった時、高く澄んだ少女の声が、それを引き止めた。

 「これをお持ち下さい」
  人垣を押し分けて進み出てきたのは、白金色の髪と勿忘草色の瞳をもつ少女。

 「ミーナ?」
 「お護りです。子供の頃、これのおかげで私は助かりました」
  キョトンとするリオの首に、心と身体の傷を癒された乙女は、青瑪瑙に似た涙形の石が付いたペンダントをかけた。

 「……それ……お母さんの形見……」
  斜め後ろで、オルジェがぼそぼそ声で言う。
  五歳ほど離れているが、彼は彼女とも幼馴染みであった。

 「いいの」
  線の細い少女は、儚い印象を与える笑みを青年へと向ける。
  それから、その笑顔をリオへと戻した。

 「魔除けなんて、聖者様には必要ないかも知れませんけれど。持っていてほしいんです」
 「ありがとう」
  心配してくれる気持ちを感じ取り、リオは素直に笑みを返した。

 「じゃ、行ってくるよ」
  聖者と呼ばれる少年は助けを求めてきた少年を抱えたまま、上空へと浮かび上がる。
 畑に残された二十名ほどの人々に見送られ、風の翼を得た少年は青く澄んだ空を飛び去って行った。
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