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翔が書いた物語
第22話:巨鳥と少年
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ラーナの聖域から遥かに南、守護結界の外を、一羽の鷹が舞っていた。
鷹といってもその大きさは地球に生息するものとはケタ違いで、翼の右端から左端まで六メートルを優に超している。
風が清められ、天空が青さを取り戻した時から、鷹は何かを探す様に飛び続けている。
高く、遠く、滑空する金茶色の巨鳥。
食べることも、飲むことも、眠ることも、すべてが本能から消去された。
ただ、飛ぶことだけに意識を集束している。
そして数十日後、遂に見つけた。
妖精たちを清める光が、発する場所を。
聖なる力の根源を。
「どこへ撒けばいい?」
二つの手桶いっぱいに水を汲み、彼はポタポタと滴を落としながら歩いている。
「こっちに下さ~いっ」
右側に居た女性達が、笑顔で答えた。
エルティシアに来てから約1ヵ月、黒い髪と瞳をもつ少年は、すっかり白き民たちと打ち解けていた。
心の扉を開けたのは、本人の気さくな性格と、次々に起きた奇跡に他ならない。
恵みの泉が蘇ったのを皮切りに、神殿周辺の大地は肥え、作物はすくすくと成長し始め、今まで種を蒔いても育たなかったものでさえ、形の良い芽を出し、瑞々しい葉をつけ、花が咲けば必ず結実した。
栄養不足で弱っていた者は日に日に体力を取り戻し、傷を負っても光を放つ手に癒されるので、あまり使われなくなった薬草が並ぶ棚を背に、医者代わりをしていたエレアヌは肩をすくめ、「仕事が減りますね」と笑った。
1ヶ月の間に、人々の中から怯えの影は消えた。
手桶の水を浴びて揺れる様々な形の作物に囲まれて、黒髪黒目の少年と鮮やかな色彩をもつ民達は、声を上げて笑い合った。
「リオ!」
幼子の様な声に呼ばれ、彼は空を見上げる。
他の者もつられて顔を上げた。
透き通った羽根をもつ妖精たちが、何やら慌ててスッ飛んでくる。
「どうした?」
リオが問うと、彼等は小さく細い腕を上げ、南の方を指差した。
「あれを見て」
そこには、辛うじて鳥に見える、小さな影が浮かんでいる。
「鳥かな? こっちの世界の鳥は初めて見たけど、いるんだね」
「そうじゃなくて~っ」
呑気に呟くリオの髪を、風の妖精の一人が引っ張った。
「あの鳥、変なんだ」
「僕たちの声が聞こえないんだよ」
妖精の中でも特に小さな二人が、それぞれ左右の肩に乗って告げる。
「空を飛ぶ生き物はみんな、風と語れる筈なのに……」
髪の端を持ったまま、少女の様な姿をした妖精は不安気に上空を見つめる。
鳥の形をした影は、次第に大きく……つまり、こちらに近付いてくる。
小さいながらも老若男女そろった妖精達に寄り添われ、リオは接近してくるものの正体を見極めようと凝視し続けた。
距離が縮まるに従って、それは相当大きな鳥である事が判る。
やがて、金茶色の鷹に似た巨鳥が見え始めた。
グライダーの如く滑空する、勇壮な姿。
大人が両腕を広げても届かない、その倍以上あると思われる長い翼。
真珠色の爪は、小刀の様な大きさと鋭さをもっている。
猛禽類特有の曲がった嘴は、人間の身体などたやすく食いちぎる事が出来るだろう。
危険を感じた人々は、悲鳴を上げて神殿の方へと駆け出した。
「危ない!」
「早く逃げてください!」
何人かが振り返り、その場を動かぬリオに気付いて叫ぶ。
けれど黒髪の少年は逃げようとせず、巨大な鷹に両手を差し延べた。
「おいで」
凛とした声が、辺りに響く。
直後、彼の姿は金茶色の翼に包まれた。
鷹といってもその大きさは地球に生息するものとはケタ違いで、翼の右端から左端まで六メートルを優に超している。
風が清められ、天空が青さを取り戻した時から、鷹は何かを探す様に飛び続けている。
高く、遠く、滑空する金茶色の巨鳥。
食べることも、飲むことも、眠ることも、すべてが本能から消去された。
ただ、飛ぶことだけに意識を集束している。
そして数十日後、遂に見つけた。
妖精たちを清める光が、発する場所を。
聖なる力の根源を。
「どこへ撒けばいい?」
二つの手桶いっぱいに水を汲み、彼はポタポタと滴を落としながら歩いている。
「こっちに下さ~いっ」
右側に居た女性達が、笑顔で答えた。
エルティシアに来てから約1ヵ月、黒い髪と瞳をもつ少年は、すっかり白き民たちと打ち解けていた。
心の扉を開けたのは、本人の気さくな性格と、次々に起きた奇跡に他ならない。
恵みの泉が蘇ったのを皮切りに、神殿周辺の大地は肥え、作物はすくすくと成長し始め、今まで種を蒔いても育たなかったものでさえ、形の良い芽を出し、瑞々しい葉をつけ、花が咲けば必ず結実した。
栄養不足で弱っていた者は日に日に体力を取り戻し、傷を負っても光を放つ手に癒されるので、あまり使われなくなった薬草が並ぶ棚を背に、医者代わりをしていたエレアヌは肩をすくめ、「仕事が減りますね」と笑った。
1ヶ月の間に、人々の中から怯えの影は消えた。
手桶の水を浴びて揺れる様々な形の作物に囲まれて、黒髪黒目の少年と鮮やかな色彩をもつ民達は、声を上げて笑い合った。
「リオ!」
幼子の様な声に呼ばれ、彼は空を見上げる。
他の者もつられて顔を上げた。
透き通った羽根をもつ妖精たちが、何やら慌ててスッ飛んでくる。
「どうした?」
リオが問うと、彼等は小さく細い腕を上げ、南の方を指差した。
「あれを見て」
そこには、辛うじて鳥に見える、小さな影が浮かんでいる。
「鳥かな? こっちの世界の鳥は初めて見たけど、いるんだね」
「そうじゃなくて~っ」
呑気に呟くリオの髪を、風の妖精の一人が引っ張った。
「あの鳥、変なんだ」
「僕たちの声が聞こえないんだよ」
妖精の中でも特に小さな二人が、それぞれ左右の肩に乗って告げる。
「空を飛ぶ生き物はみんな、風と語れる筈なのに……」
髪の端を持ったまま、少女の様な姿をした妖精は不安気に上空を見つめる。
鳥の形をした影は、次第に大きく……つまり、こちらに近付いてくる。
小さいながらも老若男女そろった妖精達に寄り添われ、リオは接近してくるものの正体を見極めようと凝視し続けた。
距離が縮まるに従って、それは相当大きな鳥である事が判る。
やがて、金茶色の鷹に似た巨鳥が見え始めた。
グライダーの如く滑空する、勇壮な姿。
大人が両腕を広げても届かない、その倍以上あると思われる長い翼。
真珠色の爪は、小刀の様な大きさと鋭さをもっている。
猛禽類特有の曲がった嘴は、人間の身体などたやすく食いちぎる事が出来るだろう。
危険を感じた人々は、悲鳴を上げて神殿の方へと駆け出した。
「危ない!」
「早く逃げてください!」
何人かが振り返り、その場を動かぬリオに気付いて叫ぶ。
けれど黒髪の少年は逃げようとせず、巨大な鷹に両手を差し延べた。
「おいで」
凛とした声が、辺りに響く。
直後、彼の姿は金茶色の翼に包まれた。
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