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翔が書いた物語
第19話:転生者の証
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「……み、湖だ!」
「恵みの泉が蘇ったのか?!」
朝食を済ませ、畑仕事に取り掛かるため建物の外へ出て来た人々。
広大な湖を背景に、髪や衣服からポタポタと滴を落としながら歩いて来た少年と青年を見て、彼等は呆然と立ち尽くした。
「私は信じるぞ。この方の内に、聖なる魂があると」
奇跡を間近で見たオルジェは、人々を見据えて宣言する。
当のリオはといえば、ズブ濡れになった服をどうしようかと思案し、とりあえずシャツの裾を絞ったりしている。
(……困ったな……着替えなんか持ってないぞ……)
思ったその時、彼の頭に「声」が響く。
『ごめんなさい、貴方の服を台無しにしてしまったわね』
直後、リオは半透明のヴェールの様なものに包まれた。
すると、シャツやジーパンを濡らしていた水が分離し、おはじきの様な粒となって宙に浮かび始める。
「お……おい、見ろ」
人々がザワつき、その視線は一斉にリオへと向けられた。
少し遅れて、オルジェが纏う麻に似た生地のシャツやスボンからも同様に水が分離し始める。
「……同じだ……子供の頃にリュシア様と遊んでいて、川に落ちた時と……」
サファイアブルーの瞳に、硝子玉のような水のかけらを映し、彼は独り言の如く呟いた。
若長に歳が近かったオルジェは、野山を共に駆け回った記憶をもっている。
快活な子供であったリュシアは、川辺の岩から岩へと飛び移り、たまに足を滑らせて川に落ちたりもした。
けれど水はいつも彼を守り、濡れた衣服はすぐ元通りになった。
陽光を受けて煌めく水の玉は、幼き日々と同じにしばし彼等の周囲を漂っていたが、やがて地面へ吸い込まれてゆく。
あとには、髪も服もすっかり乾いた二人が残された。
豊富な水を得た事は、白き民たちにとって大きな喜びであった。
人々は湖に駆け寄り、それが幻でないことを確かめるように、手を突っ込んだり顔を洗ってみたりする。
やがて、ひんやりとした水が本物であると知った彼等の喚声が、湖面に響き渡った。
乾いた畑は潤され、萎れかけていた作物が瑞々しさを取り戻し始める。
井戸端では洗濯担当者の数名が、桶に入れた衣類を手際良く揉み洗いしてゆく。
水不足のせいで抑制されていたもの全てが解放され、多くの笑みを生んだ。
神殿にある二~三十人が同時に入ることが可能な沐浴場には、久しぶりに湯が張られ、身を清める者達の声が谺する。
(ローマの神殿に参拝者が入る銭湯みたいな物があるっていうけど、これも同じかな)
大理石に似た滑らかな肌触りの浴槽の縁に両腕をかけ、その上に顎を乗せながら、リオは湯気を眺めていた。
湯殿に居る人々はもう怯えていないけれど、話しかけてくることは無かった。
それでも、一緒に沐浴出来る分だけ、彼等との隔たりは狭まったといえる。
リオは焦らず、持ち前の人なつっこさを鍵に、少しずつ心の扉を開いてゆこうと思っていた。
「火石」と呼ばれる、水に浸かると高熱を発する鉱物で温められた湯は、良質な温泉のように心地好い。
(風呂好きは日本人だけじゃないんだなぁ)
周囲に視線を巡らすと、のんびりと湯に浸かる人や、泡立つ植物の汁を海綿に似た物に染み込ませ、身体を洗う人が見える。
全体的に長身の者が多く、髪や瞳は様々な色彩をもっているけれど、白き民達の身体は地球人と変わらなかった。
目も、鼻も、耳も、手足も、その数は同じ。
形は、人種の差程度にしか違わない。
リオには、エルティシアが【異世界】ではなく、【異国】に思える。
言葉が通じるのは、ここが日本語圏だからではなく、リオの中の【リュシア】が言語を翻訳しているため。
そのせいもあって、彼は異なる世界に来たという実感が今一無い。
「……ここは……一体何処なんだ……?」
浴場の賑わいに隠れて発せられた呟きは、応える者の無いまま白い湯気に飲まれた。
「恵みの泉が蘇ったのか?!」
朝食を済ませ、畑仕事に取り掛かるため建物の外へ出て来た人々。
広大な湖を背景に、髪や衣服からポタポタと滴を落としながら歩いて来た少年と青年を見て、彼等は呆然と立ち尽くした。
「私は信じるぞ。この方の内に、聖なる魂があると」
奇跡を間近で見たオルジェは、人々を見据えて宣言する。
当のリオはといえば、ズブ濡れになった服をどうしようかと思案し、とりあえずシャツの裾を絞ったりしている。
(……困ったな……着替えなんか持ってないぞ……)
思ったその時、彼の頭に「声」が響く。
『ごめんなさい、貴方の服を台無しにしてしまったわね』
直後、リオは半透明のヴェールの様なものに包まれた。
すると、シャツやジーパンを濡らしていた水が分離し、おはじきの様な粒となって宙に浮かび始める。
「お……おい、見ろ」
人々がザワつき、その視線は一斉にリオへと向けられた。
少し遅れて、オルジェが纏う麻に似た生地のシャツやスボンからも同様に水が分離し始める。
「……同じだ……子供の頃にリュシア様と遊んでいて、川に落ちた時と……」
サファイアブルーの瞳に、硝子玉のような水のかけらを映し、彼は独り言の如く呟いた。
若長に歳が近かったオルジェは、野山を共に駆け回った記憶をもっている。
快活な子供であったリュシアは、川辺の岩から岩へと飛び移り、たまに足を滑らせて川に落ちたりもした。
けれど水はいつも彼を守り、濡れた衣服はすぐ元通りになった。
陽光を受けて煌めく水の玉は、幼き日々と同じにしばし彼等の周囲を漂っていたが、やがて地面へ吸い込まれてゆく。
あとには、髪も服もすっかり乾いた二人が残された。
豊富な水を得た事は、白き民たちにとって大きな喜びであった。
人々は湖に駆け寄り、それが幻でないことを確かめるように、手を突っ込んだり顔を洗ってみたりする。
やがて、ひんやりとした水が本物であると知った彼等の喚声が、湖面に響き渡った。
乾いた畑は潤され、萎れかけていた作物が瑞々しさを取り戻し始める。
井戸端では洗濯担当者の数名が、桶に入れた衣類を手際良く揉み洗いしてゆく。
水不足のせいで抑制されていたもの全てが解放され、多くの笑みを生んだ。
神殿にある二~三十人が同時に入ることが可能な沐浴場には、久しぶりに湯が張られ、身を清める者達の声が谺する。
(ローマの神殿に参拝者が入る銭湯みたいな物があるっていうけど、これも同じかな)
大理石に似た滑らかな肌触りの浴槽の縁に両腕をかけ、その上に顎を乗せながら、リオは湯気を眺めていた。
湯殿に居る人々はもう怯えていないけれど、話しかけてくることは無かった。
それでも、一緒に沐浴出来る分だけ、彼等との隔たりは狭まったといえる。
リオは焦らず、持ち前の人なつっこさを鍵に、少しずつ心の扉を開いてゆこうと思っていた。
「火石」と呼ばれる、水に浸かると高熱を発する鉱物で温められた湯は、良質な温泉のように心地好い。
(風呂好きは日本人だけじゃないんだなぁ)
周囲に視線を巡らすと、のんびりと湯に浸かる人や、泡立つ植物の汁を海綿に似た物に染み込ませ、身体を洗う人が見える。
全体的に長身の者が多く、髪や瞳は様々な色彩をもっているけれど、白き民達の身体は地球人と変わらなかった。
目も、鼻も、耳も、手足も、その数は同じ。
形は、人種の差程度にしか違わない。
リオには、エルティシアが【異世界】ではなく、【異国】に思える。
言葉が通じるのは、ここが日本語圏だからではなく、リオの中の【リュシア】が言語を翻訳しているため。
そのせいもあって、彼は異なる世界に来たという実感が今一無い。
「……ここは……一体何処なんだ……?」
浴場の賑わいに隠れて発せられた呟きは、応える者の無いまま白い湯気に飲まれた。
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