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転移者イオ編
第7話:完全回復薬と蘇生薬(画像あり)
しおりを挟む薄い本をまた少し読んで、本日の放課後読書タイム終了。
本の主人公は、慣れない異世界で安全地帯から出て襲われて負傷していた。
どうやら転移者無敵というわけではないようだ。
読書後、タマが用意してくれる美味しいお茶とお菓子を味わってから、俺は神様の訓練空間に向かった。
すっかり日課になっている訓練を終えた後は、王都の冒険者ギルドへ。
今日はギルドマスターに進展報告の日、通い慣れた建物の中に入ると、なんだか普段より騒然としていた。
「イオさん! 助けて!」
受付エリアの扉を開けた途端、中にいた猫人の1人が泣きながら駆け寄ってくる。
まだ年若い猫人、確かエカが指導している新人冒険者だったような?
「え? なに? どうしたの?!」
「エカさんが……魔族に襲われてる!」
その情報だけで自然に身体が動いたのは、俺の魂に刻まれているという回避の勇者の【役割】のせいだろうか。
回避の勇者は、爆裂の勇者を護る為に生まれてくる。
エカは俺……というか前世アズの魂に守護対象として設定された爆裂の勇者だ。
どうやら、魂を共有する俺にもその影響は及ぶらしい。
俺は前世の遺品を異空間倉庫から取り出した。
かつて、勇者アズールが兄との連携に使っていたという魔導具で、互いの居る場所へ移動出来る効果を持つ。
現世では一度も使った事が無いそれを装着して、俺はエカに【念話】で呼びかけた。
『エカ! 聞こえる?!』
『イオ?! すぐ来て!』
召喚獣を持つ者が使える念話、俺の呼びかけに応えたのはエカではなく不死鳥フラムだ。
切羽詰まる様子が感じられて、俺は魔導具を起動してエカがいる場所へ転移した。
下級魔族の群れに取り囲まれている中、必死に炎を飛ばして防戦しているフラム。
俺が転移したのはフラムが傘のように翼を広げた中で、移動直後に足元でピチャッと音をたてた血溜まりに驚いた。
「エカ?!」
血溜まりの中に倒れているのは、見慣れた双子の兄。
変身は解けていて、青年ではなく少年の姿に戻っている。
胸と背中から血が溢れ続けていて、抱き起こしても反応は無く、目を閉じてグッタリしたままだった。
『フラム、完全回避がかかってる今なら蘇生出来るよ』
『今は無理。まだ生きてるから、蘇生は使えないんだ』
俺のユニークスキル【完全回避】は、触れているものにも効果が及ぶ。
抱き起こしたエカにも、その召喚獣フラムにも完全回避がかかった今なら、敵の集中砲火も一切当たらないから、フラムに不死鳥の蘇生力を使わせようと思ったんだけど。
エカは出血多量の瀕死状態で、まだ息があった。
『もう少し出血が続けば心臓が止まるから、蘇生出来るまで待ってて』
不死鳥のフラムは、確実に復活させられるから死亡するまで待てと言う。
でも、俺は待てなかった。
エカがまだ生きてると分った時点で、俺は無意識に救命行動に出た。
異空間倉庫に常備してる完全回復薬を取り出して、蓋を開けて自分の口に含む。
続いてエカの顔を上向かせて少し口を開かせて、口移しで流し込んだ。
薬が完全に喉を通るまで唇を重ねて塞いでいたら、出血が止まり、傷が癒え始めた。
『……やっぱり、本質は同じだね』
フラムが言う。
何のことだろう? と首を傾げていたら、完治したエカが意識を取り戻した。
しばらくぼんやりと俺の顔を見たり、ホッとしたように微笑んだりしていたエカが、突然ハッと我に返ったように身体を起こしたのは、何に驚いたんだろう?
「……まさか……飲ませた……?」
って聞かれて、何に驚いたのか理解した。
エカが指先で俺の口元を拭って、そこに付いた血を見せられて、意識が無かったエカがなぜ完全回復薬を飲まされた事に気付いたかも分った。
完全回避を持つ俺が、負傷する事は無い。
口元に付いた血は、吐血していたエカのものだ。
まあ、ここは開き直ろうか。
「致命傷だったから」
俺がそう答えたら、エカは涙腺崩壊した。
そんなにショックだったか?
って思った直後、エカは俺を抱き締めて子供のように号泣し始める。
「うわぁぁぁん! アズの馬鹿野郎!」
「ちょ! 俺はアズじゃない!」
「おんなじだぁ! うわぁぁぁん!」
しばらく泣いた後、エカは前世でもアズに完全回復薬を飲まされた事を教えてくれた。
その時のアズと同じ事を俺が答えたから、涙腺にきちゃったという。
フラムが本質は同じだと言ったのも、その過去があったかららしい。
『エカ、完治したなら、そろそろアレを片付けてくれない?』
フラムが言うのでエカと俺が翼越しに空を見上げると、魔族がまだ攻撃を続けていた。
完全回避で全部はずれてるから、存在を忘れかけてたよ。
「そうだ、あいつらのせいでアズに唇を奪われたんだ……」
「人命救助だし! 俺はアズじゃない!」
ゆらぁ~っと立ち上がるエカは魔族への怒りに満ちている。
エカから完全回避効果が切れないように、俺は背後から抱きつく体勢になりつつ言った。
「魔族は全て消え失せろ! 爆破消滅!」
全く自重しないエカの爆裂魔法は凄かった。
空へ向けた両手の周囲に無色透明の泡が渦巻き、フッと消えたと思ったら上空にいた魔族全員が一斉に爆発して消滅する。
それは、モチのメガンテなんか可愛く思えるくらいの、えげつない威力だった。
「エカ?!」
魔法を使った後、エカの身体から力が抜けて倒れそうになり、俺は慌ててまた横抱きにする。
魔力切れかと思ったら、違った。
『あ、心臓止まった』
「え?!」
フラムが随分アッサリ言うので一瞬驚いたけど、さっきエカが使った魔法が何か思い出して、状況を理解した。
爆裂魔法は、魔力じゃなくて生命力を消費する。
使い過ぎれば心肺停止に陥る。
『今度は蘇生出来るから大丈夫』
「あ、フラム待って」
と言って不死鳥の力を使おうとするフラムを、俺が止めた。
「その前に蘇生薬を試させて」
ちょうどいいからエカに使ってしまおうと、俺は異空間倉庫から試薬を取り出す。
さっき完全回復薬で口移しは練習出来たし。
エカも3度目ともなれば慣れるだろう。
飲ませた蘇生薬は、効果が物凄く速いものだった。
どのくらい速かったかというと、薬液を流し込んですぐ意識が戻ったくらいだ。
おまけに、蘇生完了したエカの表情が、なんだか色っぽくなっている。
「……なん……で……?」
ほろ酔いみたいに顔を赤らめて、とろんとした表情でエカが問う。
口移しで飲ませている最中に少し身動きしたものの、唇が離れるまで彼は抵抗しなかった。
「エアに新薬を試してほしいって頼まれたから」
答えた俺も、質のいい酒に少し酔ったみたいにほわんとした心地よさを感じていた。
これが戦闘に支障が出たり健康を害するものなら、完全回避が発動して薬物が除去されるんだけど。
戦闘中でもなければ毒物でもないので、完全回避は仕事しなかったよ。
「奪われてばっかりで悔しいから、俺も奪わせてもらうぞ」
「え?」
色気のある酔っ払いみたいな顔をしたエカが、俺の後ろ頭へと手を伸ばして引き寄せて、唇を重ねてくる。
ちょっと驚いたものの、抵抗する気にはならず、俺はエカを抱き締めていた。
恋人同士のような心地よい口付けは、薬の効果が切れた後も嫌悪感は無かった。
正気に返ったエカに「さ、さっきのは事故扱いでいいよな?」と聞かれたので、いいよと答えておいた。
エカも今回はメンタルダメージが無かったらしい。
エア、なんて物を作ってしまったんだ。
蘇生薬としては、効果が早くて優秀だけどな。
相手が魅力的に感じる、触れる事が気持ち良く感じる効果のせいで、御腐人方が喜ぶ世界に片足を突っ込んだじゃないか。
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