そして、彼は壊れた。

8

ーー崩壊。
今まで進んできた道、これから進むであろう道。
全てが、崩れ落ちた。

彼は、仕事をしては辞めて、しては辞めてを繰り返した。
”どうして続かないのだろう”

脱線したのだ。
親からの呪縛、学校、部活、アルバイト、就職‥。
ここまで、ぐらつきながらも走り続けた電車が、脱線したのだ。

今まで無かった思考。
”辞める”という選択肢。
”辞めたい”という感情。

頭が真っ白になる。
焦点が定まらずに、ただ遠くを見つめる。

”自分は駄目な人間なのだ”
”周りの人間はみんな頑張っているのに、自分は弱い”

仕事が続かない事が、こんなに情け無い事だなんて。
自分だけが、自分だけが、自分だけが。
こんな筈じゃなかった。

ーー”消えてしまいたい”

ーーーふと、我に返った。
何かが見えたのだ。
それは、暗闇のほんの僅かな隙間から差し込む眩い光。

”恋人”
こんな自分の事を好きになってくれる人が居たなんて。

どんなに救われた事だろう。
風前の灯火だった心に、大きな火を灯した。

彼は、社会に復帰した。
恋人の為に、自分の為に、もう一度、頑張ろうと決意したのだ。
幸せだった。ただ、幸せだった。
自分の事を見てくれる、自分の事を好きになってくれる、そんな存在は彼にとって、ただただ幸せなものだった。

彼は、ひたすら思った。
”生きていてよかった”と。

これから、この人と幸せになっていこう。
結婚して、子供が出来て、まあとにかく、幸せな家庭を築いていこう。

幸せ。
幸せ。
だった。