そして、彼は壊れた。

3

ーー踏みとどまった。
いや、踏みとどまったというより、踏みとどまるしかなかったという表現の方が正しいだろうか。

足が竦んだ。
動けなかった。
一歩前に踏み出す事が、ただそれだけの事が、彼には出来なかった。

立ち止まる。
前に進むのは怖い。道が無い。
後ろ。いや、戻りたくない。

混乱、冷汗、焦燥。
自由という名の不自由。
自由になった筈なのに、身動きがとれない。
自分が自分でないような、不思議な感覚。

彼は気付いていなかった。
いや、気付いていないと言うより、解らなかった。
彼はもはや、普通ではなく、”異常”になっていたのだ。

ーーそう、彼は断崖絶壁で立ち竦んでいたのでは無い。
もうすでに、堕ちていたのだ。

何かがおかしい。
何かが違う。
漠然とした、そんな感覚に、彼は困惑していた。
それが、”何”なのかは解らないが、普通とは違う、他の人とは明らかに違う、それだけは理解していた。

彼は、その事を親に打ち明けた。
頼りたくないが、縋るしかない、”助かりたい”、ただその一心で。

しかし親から返ってきた言葉は、あまりに残酷なものだった。

ーー「そんなのは、言い訳だ。」

頭が真っ白になった。
思考という思考が全て停止した。

親というのはこういう生物なのだろうか。
子供が発した”サインSOS”を真っ向から否定する。
これが、親の在るべき姿なのだろうか。

許せない。
許せる筈が無い。
悔しかった。悲しかった。寂しかった。
解ってほしい、解ってほしい、解ってーー

消えた。
全ての感情が消えた。
いや、厳密に言えば、諦めたのだろう。

”誰も自分を解ってくれない”

消えた。
思考停止。
いや、”思考放棄”なのか。
解らない。解らないし、もう、”どうでもいい”

ある日、親に言われた。
”無気力、無感情、無感動”だと。

その時の親の心情は解らない。
ただ見たまま、感じたままを口にしたのだろう。

だが彼は、何も思わなかった。
そう、”無気力、無感情、無感動”だったのだから。
親の言う通り。
その言葉通り。

正しい。親は正しい。
ーー間違っているのは、自分。