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プロローグ
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結局悩みに悩んだ挙句、お礼は菓子折り――甘いものが苦手だといけないのでおせんべいの詰め合わせ――という無難なものに決まった。
会社帰り、珍しくデパートに赴き購入。思ったよりも早めに済んだので、金曜日のうちに渡してしまおうと決めた。
昨今の社会事情、土日が休みとは限らないからだ。勿論、平日の七時ごろにお邪魔しているかどうかというのもわからないが、駄目ならまた明日行けばいい。それにあの格好に仕草、そして年を見るに……彼は学生かフリーターなのではないだろうか。少なくともスーツを着て働いている姿が思い浮かばない。
(あれでスーツ着てたらそれはそれで面白いだろうなぁ)
スタイルは良いし似合うとは思うが、挙動が如何せん拙い。仕事もばっちりという感じではなさそうだ。
それでも、彼が社員証をわざわざ届けてくれるくらいにはお人好しなのは知っている。女性の家に無理にあがることはせず、さっさと帰ることができる人だということも。
お隣さんとして良い関係を気付けるといい、優乃は頬を緩めながらそう思った。
「き、緊張する……」
震える手で隣人宅のインターホンを押す。
男性宅のインターホンを押すなんて、元彼の家に二、三度訪問した以来だから……もう五年も前だ。あの頃は仕事を始めたばかりで、そう言えば形だけの彼氏もいたのだなぁと一人物思いにふける。
「はい」
低い、眠そうな声が短くドアの奥からした。優乃はハッとしたように現実に引き戻されると、慌てて返事をする。
「突然すみません。昨日はありがとうございました。隣の桜木です」
「ああ……」
そう言うと、彼は薄く扉を開けてくれた。ぼさぼさの黒髪に黒縁の眼鏡をかけて、眠そうな様子で顔を出す。すっと通った鼻筋と形の良い色気をも感じる唇、長い睫毛に縁どられたやや切れ長の瞳がはっきりと見えて、この人実は美形だったんだなとぼんやりと思った。
「あっ、あの、改めて昨日はどうもありがとうございました。つまらないものですが、良かったら召し上がってください」
声が思わず上ずってしまう。だって仕方がないじゃないか。こんなイケメンに見つめられるのは慣れていない。心臓がバクバクいうし、とても身体に悪い。早く帰った方が身のためだ。
それに、もしかしなくても寝ているところを起こしてしまったのだとしたら、尚更早めに帰るのが得策だ。
「どうも」
意外だったのか、切れ長の瞳を丸くして彼は驚いていた。こう見ると、優乃よりもだいぶ幼く見える。年齢も五つ以上下、二十一か二といったところだろう。
口数が先ほどから少ないが、表情が豊かなので何を考えているかわからないといった風ではない。これは大変女の子にモテそうだ。挙動が昨日のようなものばかりでなければ、だが。
「これからも何卒よろしくお願いいたします。では私はこれで……」
(いけない、いけない。ついガン見してしまった。ここはスマートに隣人のお姉さんらしく去らねば)
優乃はそう言うと一歩後ろに下がり、勢いよく頭を下げた。その時、かけていた眼鏡がカシャン、という音を立てて床に落下する。
そこでようやく、新調した眼鏡がうまく合わずよく外れることを思い出した。
「す、すみません」
慌てて優乃は眼鏡を拾おうとしゃがむ。しかし悲しいかな、視力が良くないので、暗いのもあってかどこにあるのかわからない。
「あれ……?えっと、ひゃあっ!!」
瞬間、何かにつまずいたのか足元を掬われる。これは盛大にこける、そう感じたときには身体が完全に傾いた後だった。
(まずい、顔面からいっちゃう!)
しかし、そんな心配も杞憂に終わる。なぜなら何か柔らかいものが転んだ先に会った身体。眼鏡がなくて見えないが、クッションのようなそれが衝撃を最小限に抑えてくれたのだ。
「大丈夫ですか!? 」
しかしホッとしたのもつかの間、突然聞き覚えのある声が耳元でする。ついでに聞き覚えのある台詞に、既視感を感じた。
(あれ? 私この声と台詞どこかで言われたような……?)
「斎藤悠介君……?」
優乃は反射的に、フルネームを呟いていた。
会社帰り、珍しくデパートに赴き購入。思ったよりも早めに済んだので、金曜日のうちに渡してしまおうと決めた。
昨今の社会事情、土日が休みとは限らないからだ。勿論、平日の七時ごろにお邪魔しているかどうかというのもわからないが、駄目ならまた明日行けばいい。それにあの格好に仕草、そして年を見るに……彼は学生かフリーターなのではないだろうか。少なくともスーツを着て働いている姿が思い浮かばない。
(あれでスーツ着てたらそれはそれで面白いだろうなぁ)
スタイルは良いし似合うとは思うが、挙動が如何せん拙い。仕事もばっちりという感じではなさそうだ。
それでも、彼が社員証をわざわざ届けてくれるくらいにはお人好しなのは知っている。女性の家に無理にあがることはせず、さっさと帰ることができる人だということも。
お隣さんとして良い関係を気付けるといい、優乃は頬を緩めながらそう思った。
「き、緊張する……」
震える手で隣人宅のインターホンを押す。
男性宅のインターホンを押すなんて、元彼の家に二、三度訪問した以来だから……もう五年も前だ。あの頃は仕事を始めたばかりで、そう言えば形だけの彼氏もいたのだなぁと一人物思いにふける。
「はい」
低い、眠そうな声が短くドアの奥からした。優乃はハッとしたように現実に引き戻されると、慌てて返事をする。
「突然すみません。昨日はありがとうございました。隣の桜木です」
「ああ……」
そう言うと、彼は薄く扉を開けてくれた。ぼさぼさの黒髪に黒縁の眼鏡をかけて、眠そうな様子で顔を出す。すっと通った鼻筋と形の良い色気をも感じる唇、長い睫毛に縁どられたやや切れ長の瞳がはっきりと見えて、この人実は美形だったんだなとぼんやりと思った。
「あっ、あの、改めて昨日はどうもありがとうございました。つまらないものですが、良かったら召し上がってください」
声が思わず上ずってしまう。だって仕方がないじゃないか。こんなイケメンに見つめられるのは慣れていない。心臓がバクバクいうし、とても身体に悪い。早く帰った方が身のためだ。
それに、もしかしなくても寝ているところを起こしてしまったのだとしたら、尚更早めに帰るのが得策だ。
「どうも」
意外だったのか、切れ長の瞳を丸くして彼は驚いていた。こう見ると、優乃よりもだいぶ幼く見える。年齢も五つ以上下、二十一か二といったところだろう。
口数が先ほどから少ないが、表情が豊かなので何を考えているかわからないといった風ではない。これは大変女の子にモテそうだ。挙動が昨日のようなものばかりでなければ、だが。
「これからも何卒よろしくお願いいたします。では私はこれで……」
(いけない、いけない。ついガン見してしまった。ここはスマートに隣人のお姉さんらしく去らねば)
優乃はそう言うと一歩後ろに下がり、勢いよく頭を下げた。その時、かけていた眼鏡がカシャン、という音を立てて床に落下する。
そこでようやく、新調した眼鏡がうまく合わずよく外れることを思い出した。
「す、すみません」
慌てて優乃は眼鏡を拾おうとしゃがむ。しかし悲しいかな、視力が良くないので、暗いのもあってかどこにあるのかわからない。
「あれ……?えっと、ひゃあっ!!」
瞬間、何かにつまずいたのか足元を掬われる。これは盛大にこける、そう感じたときには身体が完全に傾いた後だった。
(まずい、顔面からいっちゃう!)
しかし、そんな心配も杞憂に終わる。なぜなら何か柔らかいものが転んだ先に会った身体。眼鏡がなくて見えないが、クッションのようなそれが衝撃を最小限に抑えてくれたのだ。
「大丈夫ですか!? 」
しかしホッとしたのもつかの間、突然聞き覚えのある声が耳元でする。ついでに聞き覚えのある台詞に、既視感を感じた。
(あれ? 私この声と台詞どこかで言われたような……?)
「斎藤悠介君……?」
優乃は反射的に、フルネームを呟いていた。
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