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変わらないもの、変わっていくもの
変わらないもの、変わっていくもの ②
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「知ってる」
一言。そのまま噛みしめるようにゆっくりとノアは告げる。
「全部、みんな知ってるよ。全部知って、僕はやっぱりエリスが良いと思ったんだ」
青の瞳が和らぎ、次第に熱を帯びていく。ノアは戸惑うエリスの手を取ると、はにかむように微笑んだ。
「話してくれてありがとう。そうやってまた真っ直ぐ僕に接してくれて……すごく嬉しい」
そんな風に優しい瞳が返ってくるなんて。覚悟も決意もエリスの全てを受け止めた上で、共に居て欲しいと思ってくれるなんて。想像もしていなかった。
「でも……ノア、あの……私、ベークマンさんの次はノアを……」
「それはないね。エリスには出来ないよ」
「でもっ……」
当惑するエリスの唇にノアの細く長い指が触れる。
「じゃあお互い様で。どう?」
困ったように眉をはの字に下げるノアに、とうとうエリスも言い返せなくなる。
(お互い様って、確かに形だけ見ればそうかもしれなくもないけれど……!)
エリスの手を取りノアは跪いた。一瞬前までの柔らかさは消え、瞳は夕闇を映した湖のように深く青く、どこまでも澄んでいる。
「エリス。もう一度、僕との事を考えてくれませんか?」
視界が滲む。温かな雫が頬を滑り落ち、返事は嗚咽となり言葉にならない。一時前の覚悟も決意もエリスの全てを受け止めた上で――。
(ノアは一緒に居て欲しいって……思ってくれてたんだ……)
温かなランプの光の下、エリスはゆっくりと頷いた。
「ありがとう。エリス」
「ノア……」
広げられた両腕に吸い込まれるように、エリスはノアを抱き締める。耳元を吐息がくすぐっている。
涙に視界が奪われる中、彼がほっとしたように微笑んでいることだけはハッキリとわかった。
∞∞∞
エリスの涙が完全に止まってから、二人はこれからについて話し合った。
まずは交際について。二人の義姉であるサラとノアの兄、カルロとジーニアスには伝えるべきだとの意見は一致した。
同時にエリスはノアに尋ねる。自分をオルコット家の養女になどと言う到底信じられない未来案について。
「ああ……それは……」
視線を逸らす幼馴染みにエリスは眉を下げる。
養女の話を本気で話している訳ではなかった、それが確認できただけで今は良い。
「直前になったらノアの考えを話してね。何も知らされずに動かされるのは流石にフェアじゃないわ」
「ありがとう。それは必ず。約束する。これからも多分言えないことは沢山出てくるけれど、僕の気持ちだけはちゃんと伝えるよ」
迷いなき青の瞳はエリスのよく知る美しい瞳だ。信じよう、今はただそう思った。
続けてもう一つ、気になっていた事をノアに尋ねる。ミニアムに帰ってきたという彼の発言。その真意についてだ。
この国の王族は基本的に王都の宮殿、もしくは貴族や政治的官吏の多く住む高級住宅街に住まいを持つ。身分による住まいについての法律こそないが、地方や国外に居を構えた王族、しかも直系の王子が王都以外に住むと言う話は聞いたことがない。
地方自治のパワーバランスや政務の関係からも、王命でもない限りミニアムのような辺鄙な村に居住するなど、あり得ないのだ。
先ほどのように答えられないと返されてしまうかもしれない。それでもこれからの行動に関わる部分があれば知っておいた方が良いだろう。
話せることだけで良いとの前振りと共に、エリスはノアに再び尋ねた。
「それは……」
戸惑い、視線を落とすノアにエリスはわらう。
「…………わかった。じゃあ今ノアがどうしたいと思っているかだけ出来たら教えて」
仕方ないとはいえ僅かに寂しさを覚えたのは事実だ。現金な自分にエリスは内心苦笑いするしかなかった。
「…………僕は、王都に帰るつもりは無い。兄さんは別件で僕をミニアムに送ったと思っているけれど、僕が大人しく命令に従って帰ってくるとも考えていないと思う。これからの事については……」
「……?」
ノアは暫し逡巡し、意を決したように顔を上げた。
「明日、あの洞窟で会って欲しい人がいるんだ。その時に一緒に話したい」
「わかったわ」
ノアの右手が頷いたエリスの頬に触れる。ベルガモットの混じる柔らかな香りが近付いて、首筋を吐息が掠った。
「……エリス、ごめんね」
震える声で告げられた懺悔は一体何に対してなのだろう。過去への贖罪か、それとも未来への償いか。エリスには後者のように思えてならない。
背に回された腕は緩かった。本来ならば触れてはいけないのだと躊躇うように、いつでも振りほどいてくれと言わんばかりに。
「ノア、大丈夫だよ。ノアが望んでくれるように、私だってノアと一緒に居たいと思ってる」
金の髪を指ですき、エリスは強く抱き締め返した。
以前よりも逞しくなった背中には、今もきっとエリスの知らないものが沢山のしかかっているのだろう。これからそれが消えることはおそらく無いけれど。出来るならば共に分け合いたい。
「一緒に進む覚悟は出来てるわ」
「ありがとう、エリス。……他にはある? 心配な事や不安な事は」
「あの、えっと、ノアは嫌がるかもしないけれど……」
ノアに問にエリスは暫し躊躇い、しかしすぐに切り出した。
一言。そのまま噛みしめるようにゆっくりとノアは告げる。
「全部、みんな知ってるよ。全部知って、僕はやっぱりエリスが良いと思ったんだ」
青の瞳が和らぎ、次第に熱を帯びていく。ノアは戸惑うエリスの手を取ると、はにかむように微笑んだ。
「話してくれてありがとう。そうやってまた真っ直ぐ僕に接してくれて……すごく嬉しい」
そんな風に優しい瞳が返ってくるなんて。覚悟も決意もエリスの全てを受け止めた上で、共に居て欲しいと思ってくれるなんて。想像もしていなかった。
「でも……ノア、あの……私、ベークマンさんの次はノアを……」
「それはないね。エリスには出来ないよ」
「でもっ……」
当惑するエリスの唇にノアの細く長い指が触れる。
「じゃあお互い様で。どう?」
困ったように眉をはの字に下げるノアに、とうとうエリスも言い返せなくなる。
(お互い様って、確かに形だけ見ればそうかもしれなくもないけれど……!)
エリスの手を取りノアは跪いた。一瞬前までの柔らかさは消え、瞳は夕闇を映した湖のように深く青く、どこまでも澄んでいる。
「エリス。もう一度、僕との事を考えてくれませんか?」
視界が滲む。温かな雫が頬を滑り落ち、返事は嗚咽となり言葉にならない。一時前の覚悟も決意もエリスの全てを受け止めた上で――。
(ノアは一緒に居て欲しいって……思ってくれてたんだ……)
温かなランプの光の下、エリスはゆっくりと頷いた。
「ありがとう。エリス」
「ノア……」
広げられた両腕に吸い込まれるように、エリスはノアを抱き締める。耳元を吐息がくすぐっている。
涙に視界が奪われる中、彼がほっとしたように微笑んでいることだけはハッキリとわかった。
∞∞∞
エリスの涙が完全に止まってから、二人はこれからについて話し合った。
まずは交際について。二人の義姉であるサラとノアの兄、カルロとジーニアスには伝えるべきだとの意見は一致した。
同時にエリスはノアに尋ねる。自分をオルコット家の養女になどと言う到底信じられない未来案について。
「ああ……それは……」
視線を逸らす幼馴染みにエリスは眉を下げる。
養女の話を本気で話している訳ではなかった、それが確認できただけで今は良い。
「直前になったらノアの考えを話してね。何も知らされずに動かされるのは流石にフェアじゃないわ」
「ありがとう。それは必ず。約束する。これからも多分言えないことは沢山出てくるけれど、僕の気持ちだけはちゃんと伝えるよ」
迷いなき青の瞳はエリスのよく知る美しい瞳だ。信じよう、今はただそう思った。
続けてもう一つ、気になっていた事をノアに尋ねる。ミニアムに帰ってきたという彼の発言。その真意についてだ。
この国の王族は基本的に王都の宮殿、もしくは貴族や政治的官吏の多く住む高級住宅街に住まいを持つ。身分による住まいについての法律こそないが、地方や国外に居を構えた王族、しかも直系の王子が王都以外に住むと言う話は聞いたことがない。
地方自治のパワーバランスや政務の関係からも、王命でもない限りミニアムのような辺鄙な村に居住するなど、あり得ないのだ。
先ほどのように答えられないと返されてしまうかもしれない。それでもこれからの行動に関わる部分があれば知っておいた方が良いだろう。
話せることだけで良いとの前振りと共に、エリスはノアに再び尋ねた。
「それは……」
戸惑い、視線を落とすノアにエリスはわらう。
「…………わかった。じゃあ今ノアがどうしたいと思っているかだけ出来たら教えて」
仕方ないとはいえ僅かに寂しさを覚えたのは事実だ。現金な自分にエリスは内心苦笑いするしかなかった。
「…………僕は、王都に帰るつもりは無い。兄さんは別件で僕をミニアムに送ったと思っているけれど、僕が大人しく命令に従って帰ってくるとも考えていないと思う。これからの事については……」
「……?」
ノアは暫し逡巡し、意を決したように顔を上げた。
「明日、あの洞窟で会って欲しい人がいるんだ。その時に一緒に話したい」
「わかったわ」
ノアの右手が頷いたエリスの頬に触れる。ベルガモットの混じる柔らかな香りが近付いて、首筋を吐息が掠った。
「……エリス、ごめんね」
震える声で告げられた懺悔は一体何に対してなのだろう。過去への贖罪か、それとも未来への償いか。エリスには後者のように思えてならない。
背に回された腕は緩かった。本来ならば触れてはいけないのだと躊躇うように、いつでも振りほどいてくれと言わんばかりに。
「ノア、大丈夫だよ。ノアが望んでくれるように、私だってノアと一緒に居たいと思ってる」
金の髪を指ですき、エリスは強く抱き締め返した。
以前よりも逞しくなった背中には、今もきっとエリスの知らないものが沢山のしかかっているのだろう。これからそれが消えることはおそらく無いけれど。出来るならば共に分け合いたい。
「一緒に進む覚悟は出来てるわ」
「ありがとう、エリス。……他にはある? 心配な事や不安な事は」
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