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告白

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「殿下ご夫妻のことが終わったら、エルに告白するつもりだった」
「えっ?! ええっ?!  何を?!」

 衝撃的な事実をさらりと告げられ、思わず瞳を見開いてしまう。
 聞き間違えでなければ、そして思い違いでもなければ。それはこの愛の館の掟を破るようなとんでもなく不誠実な言葉ではないだろうか。
「まさか俺の秘密の趣味でも明かすとでも? そのまま、エルへの気持ちと交際申し込みだよ」
「どうして?! 貴方、猫、エアフォルクちゃ……さんは?! 立派な不貞行為よ?! 事情はあれど、彼女と生涯を共にすると国と神に誓って結婚したんでしょう?!」

 そこまで言いかけて違和感に気付く。
 生涯を共にする……とは随分と曖昧な言葉であり、飼い猫の場合は珍しくない関係性とも言えるのではないだろうか。
 それに多分エアフォルクは主人が構ってくれない事には不服を申すかもしれないが、交際に関しては特に何も思わないだろう。多分。
 フォルクハルトが誰か他の女性に心を寄せようと、(またエアフォルクが他の雄猫に心を寄せようと)双方の結婚に至る事情を鑑みれば問題は通常の夫婦間にくらべて些末とも言える。
 しかし果たして、あのフォルクハルトが端から不貞を働く前提で、諸々の面倒から逃れる為にと結婚を選ぶだろうか。
 彼ならば如何様いかようにも理屈を捏ねて回避できそうな問題に対して、国やら神やらを巻き込む解決策を選ぶだろうか。


「……もしかして、結婚、殿下の為に?」

 導き出された答えにフォルクハルトは頷く。
「殿下は聡明で懐の深いお方だ。あの事件の時、を救ってくれたのも殿下だった……だが、優しすぎるが故に妃殿下との関係に悩まれている。愛の館の評判は俺の耳にも入っていたし、エルの作った薬と結界なら信頼できるとも思ったんだ」
「……よく反対されなかったわね」
 全く、この一言でしかない。
 自分を卑下する趣味は無いが、実際エルゼが王子夫妻の事情を知る臣下であれば、フォルクハルトの案には反対していただろう。

 呆れるエルゼに、フォルクハルトは苦笑交じりの笑みを零す。
「そこはまあ、色々やり方もあるから。それより、問題は館の規則だった。殿下と妃殿下が出向く訳にはいかないし、エルの結界の強固さは俺がよく知ってる。エルの性格上、一つの結界にするなんてこだわりは捨てて、その分有事の探知機能や防御機能の速度や精度を上げてるんじゃないかと思って」
 フォルクハルトの推測は当たっている。

 現代魔法は法則と論理を友に、魔法による産物は精密機械を双子兄に持つ。
 もちろん結界も例に漏れず、非常に緻密で繊細なものと言える。
 そして複雑な規則を術式として組み込めば組み込むほど、現段階では強度や精度も落ちやすい。
 愛の館の場合、客の外出の度に規則に則っているかの判断をするよう組み込むとなると、都度負荷がかかり、修復魔法をも余儀なくされるだろう。

 だからエルゼは館の結界を簡略結界にし、幾重にも重ねる事にした。
 一度館の入館許可が降りた者に対しては複数の結界を無効化。魔力消費を抑え、その分、一番外側の結界に迷い込んだ者や破った者を穏便に森の外へと送り届ける機能を付けた。

「実際色々探ってみたら、予想通り。協会の会報に載せたいくらいだ。ひとつひとつの結界の出来に、術式の美しさに、改めて感服した……エルも男避けしてるとは思わなかったけど」
 調査当時を思いを馳せているのか、フォルクハルトは瞳を伏せる。

 彼の言う通り、この見栄えの悪い方法には別の利点もある。
 万が一、魔術師や観察者ウォッチャーの目に止まったとしても、未熟さを表す歪な簡略結界を堂々と見せてくるような取るに足らない魔術師だと見くびってくれる点である。

 つまり魔除ならぬ厄介な魔術師避け。
 魔力を持つ不法侵入者に対しては頭数分だけ鐘がなるので、魔鳥の群れがうっかり入ってきた日だけは脳内がうるさいことこの上ないが、己の力の誇示に固執する戦闘狂や魔力を餌にする黒の魔術師、魔力至上主義者など、面倒事回避にはとても役に立つのだ。

 とは言え、真に賞賛されるべきはフォルクハルトの方である。
 エルゼの性格や癖から結界の仕組みを推測することはまだしも、外から観察して構造を把握、短期間で術式を解読……と。それほどの能力があるならば、国内どの魔術研究所からも重宝される人材と言えるだろう。

「入館制限と結界の目星はついた。そこで、殿下ご夫婦を慕う気高き彼女に鶏肉一生分を献上し、入館の為に一週間の間ご協力いただくことにしたんだ。神は身を呈して国を守る行為を禁じていないし、政略結婚や貴族間のやむを得ない事情による離婚も認めている。エルの魔法を破る事なく堂々と館にも入れる。名案だろう?」

 茶化すフォルクハルトにエルゼは言葉を失う。

 思えば彼はそういう男であった。

 傷付いた彼を励まし、才を見抜いて導いた主。その恩ある主の為ならばフォルクハルトは迷わず猫とも結婚する。犬でも魚でも躊躇いなく、周りさえも納得する答えを用意して事に取り組む。
 過去、うまく魔力を操れぬ彼に手を差し伸べ、魔術の奥深さや喜びを教えた師が、あらぬ噂により窮地に陥った時のように。
 教授が人工星緑花の魔術解析の匙を投げ、全責任をエルゼに負わせようとした時のように。
 彼ならば、試行錯誤を繰り返しながら計画を完遂、円満な答えを導き出すだろう。ただ、己の犠牲のみを厭わずに。

 憎たらしい程に目的に貪欲で、飄々ひょうひょうとした態度な癖に、その実は非常に不器用で純粋。
 策を練り、何も知らぬ人々を動かすことも可能だが得意ではない。己の能力や感情の客観視もできるが故に、合理的判断の下の自己犠牲には躊躇いがない。むしろ第一候補に挙げてくる。

 思えばフォルクハルトは、そんな愛おしくも危うい弟弟子だった。

「エルの反応は予想通りだったから複雑だったけど……」
「予想通りって……驚きながら受け入れるか説得するかの二択じゃない。それに騙すなんて! なんで最初から言ってくれなかったの!」
「お返し、だ。それにエルなら猫とって時点で全部読めるかと思ったんだよ。もし約束をちゃんと覚えていてくれていたなら、確信が持てずに少しは俺への気持ちを思い出してくれるかもしれないし」
 エルゼは思わず呻く。

 彼は気付いていたのだ。
 五年前の約束の言葉「愛する人との幸せ」にエルゼを除外する言葉を含めずに、わざと逃げと期待を残した事も。約束を果たす為に気に留め続けるとの言い訳が含まれていた事も。
 そして自分の性格を誰よりも知っているが故にエルゼが一件の推測に翻弄され、揺らぐであろう事も。

「本っ当に貴方って意地悪」
「可愛げ無い弟弟子だろう?」
 おどけるフォルクハルトの肩をエルゼは叩く。力は入らず、拳は肩を撫でるように落ちていった。
 涙は滲んで、引き結んでいた唇は苦笑を象ってしまう。
「そうね。フォルは呪文だけに飽き足らず、くだらない約束まで一言一句覚えているし、せっかく皆の信頼を得たのに、自分勝手で騒がしい元恋人に今も振り回されっぱなし……馬鹿よ。可愛くない。愚かだわ……」
「エルが言うならその通りかも」
 下がる眉に、和らぐ黄金色の瞳に、胸が苦しくなる。
 エルゼとの人生を選ばなければ、彼はきっと幸せになる――別れ際のそれがいかに身勝手な押し付けであったか思い知る。

「そうよ……いつまでも心配させないでよ……」
 絞り出した声ごと、エルゼはフォルクハルトに抱き締められた。
 彼の抱擁はいつだって温かく、言動はどんな時もエルゼを一番に想ってのもの。
 なのにどうしてか、フォルクハルトと過ごす時がこんなにも心地好い理由ばかりは、いまだうまく言葉にできない。

「これからは口うるさくて賢いエルの傍に居るから安心だな。振り回されるのも俺の性癖だと思えば、全て一件落着だ」
「ばか、変態」
「ああ。馬鹿で変態で卑怯な俺だから、どうしてももう一度エルの傍に立ちたい。ずっと触れていたいんだ……エルの呪いが残ったまま殿下に仕える人生も、それはそれでとは思ったけど」
 向けられた眼差しはふざけた台詞に反して、今にも泣き出しそうだ。

 不意に、懺悔という残酷な二文字がエルゼの脳裏を過る。
 エルゼはあの日、フォルクハルトを守りたいがあまりに彼を傷つけ、逃げ出した。彼は生まれ持ったほんの少しの才と積年の努力により得た能力を認められ、充実した生活を送っていた。――エルゼはそう思っていた。
 優秀な魔術師は愚かな兄弟子から解放されたことで、より研鑽を重ねられるようになり、結果的に魔法騎士として大成した。――皆はそう思っていたかもしれない。

 では、フォルクハルトはどう捉えたのだろうか。
(馬鹿なのは私だわ……)

 そもそも彼は見え透いた嘘をつき、暴言を吐いて逃げた女に対して怒りを抱くほど素直だろうか。
 自らには関係のないことと疑問を放り、特段思考することもせず、相手を記憶から消し去れるほど器用だろうか。
 あの堅物で、理屈屋で、義理堅くも手厳しく、良くも悪くも探究心の強いフォルクハルトが、エルゼの一件を放置し、己の幸運をも全く疑わずに華やかな生活を甘受するだろうか。

(フォルは……私がをしたから余計に、自分だけが助かってしまったと思ってしまったんだわ。そんな風に思う必要なんて最初からないのに……全部、フォルの力なのに……)
 エルゼはそっと手を伸ばし、赤銅色の髪を撫でた。視界が滲んで、確かに在るフォルクハルトに精一杯の微笑みを送る。

「今も私の気持ちは変わらないわ。貴方には幸せになって貰わないと」
「それは俺が望んでいた返事と受け取っても?」
 迷いなくこくりと頷いて。
「困るのよ」
 エルゼは目の前の弟弟子と同じ満面の笑みを返した。
 
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