括りはスイーツ男子-猫が繋ぐ縁-

清杉悠樹

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17話

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 まだ話が通じていなかった相手に怒鳴りながら話すのにも疲れた菜々は、ぜえぜえと息を吐いていた。
「菜々ちゃん、実は照れてるんでしょ?」
「・・・はぁ?もー、なんなのこいつ」
 開いた口がふさがらないというか、辻に対してバカバカしくなった菜々は最早文句を言う事さえ嫌になっているようだ。こいつ呼ばわりに変わっている。
 巧も余りにも理解不能な馬鹿を目の前に、次の手をどうすればいいのか直ぐには良い考えが浮かばなかった。
「良かったら、手を貸しましょうか?」
 突然聞こえてきた落ち着いているが、聞く者にひやりとさせるような新たな男の声に、その場にいた全員がその声の主を振りむいた。
 店の入り口近くに立っていたのは、黒いスーツを華麗に着こなした背の高い男だった。脇にビジネスバッグを抱え、手にした携帯からは何やら操作していたらしくピッと電子音が鳴り響いた。
 その相手の人物は巧も良く知っている人物だった。
「朝倉さん」
 巧が名前を呼ぶと、相手は一瞬ふっと口元を緩めたかと思うと、直ぐに辻に向かって厳しい目を向けた。
「私は、弁護士をしている朝倉といいます。店に入って直ぐに、そこの女の子のセクハラ男という言葉が聞こえたので、事後承諾になりましたが、会話はすべて記録させていただきました。会話から貴方が彼女に対してセクハラをしたという事、そしてさらにストーカーにまで発展しそうになっているという印象を受けました」
 新たに登場した人物の襟もとに付いている称弁護士バッジ―――正式名称、弁護士記章(バッジの周りはひまわり、中央には秤が描かれている)が付いているのを辻は認めると、本物の弁護士から会話を記録したと言われたからかその顔は見る見る青ざめていった。
「景山さん、私が必要になるようでしたら、何時でもおっしゃってください。直ぐに動きます」
「有り難うございます。必要だと思ったら直ぐに連絡します」
 思わぬタイミングで、これ以上無い程の援護が来てくれた事に巧達はほっと息を吐いた。
「さて、どうしましょうか。貴方は自分のした事を理解出来ていなうようなので、理解出来るまでとことん話してさしあげましょう。どうしますか?」
 辻から一瞬たりとも視線を外す事無く威圧感を与え続ける朝倉は、相手からの返事を待った。
「・・・もう来るなって言うんだろっ。分かったよっ、もう来ねーよこんなところっ。なんなんだよ、一体っ。大体こんな背のでかい女、俺は最初っから好きでもなんでもないっつーの!」
 辻は顔を歪め悔しそうにしながら、始めはじりじりと下がっていたが、出口へと近付くととても許せないような捨て台詞を撒き散らしながら来た時と同様にあっという間に逃げ去っていった。
「なっ!?待てっ!この野郎っ」
 彩華の妹という事で、可愛がっている子が侮辱された事に怒った遼一は炎天下の中走って行く辻の後を慌てて店の外まで追って出たが、間に合わないのを見るとそれ以上は追いかけずに走り去っていく背を暫く睨みつけていた。
「逃げ足の早えー・・・。くそっ!」

 辻が店を走り去っていくと、急に体の力が抜けたらしい菜々はへなへなと崩れ落ちそうになった。それにいち早く気付いた巧は彼女の体が崩れ落ちる前に両手で支えると、近くの椅子に座らせた。
「菜々さん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫・・・です・・・」
 流石に元気も顔色も悪くしている様子の菜々を見ると、巧達3人は今去っていったあの男の事がより一層許せなくなった。
「・・・浩介、悪いが全員の分の飲み物を淹れてくれないか?少し、落ち着きたい。朝倉さん、本当に有り難うございました。お陰で大事には至りませんでした。どうぞ、ことらへお掛け下さい」
 巧は菜々の肩をぽんぽんと叩くと、菜々の右のカウンター椅子に座わると、自分の右側の椅子へ朝倉を誘った。
 浩介は、頷くと早速飲み物の準備に入った。
「いえ、お役に立てて良かったです。では、失礼して」
 朝倉は椅子の足元へバッグを置き、進められた椅子へと腰掛けた。
「あの、掴まれた腕の方はどうですか?痛みませんか?」
 朝倉はまず菜々に怪我の有無を尋ねた。
「えっ?腕?・・・んー、大丈夫みたいです。痛くないですし。あの、助けてくれて有り難うございました」
 菜々は朝倉にお礼を言った。彼女は辻に掴まれていた右腕の場所を左腕であちこち触りながら痛みが無いか確認していたが、特に痛みは無かったようだ。
 隣に座った巧も、彼女が確認している間腕を見ていたが、皮膚に特に傷や変色なども見られなかったから、怪我をしていなかった事に安堵した。
「いえ、怪我が無くて何よりです。でも、間に合ってよかったです。今日会う事になっていたクライアントがこの近くだったので、帰りに豆を買って帰ろうと思って店の近くまで来たら、店の前に何やら妖しい動きをしている男が見えたものですから。まさかあんな場面に遭遇するとは思わなくて驚きました」
 朝倉はテーブルの上で両手を組み合わせると、一度遠くを見ているように顔を上げ一呼吸間を開けた。
「でも、帰り道の誰も居ない所を狙われずに済んだ事は幸運でした。これが一人だった場合、襲われるとどうしても女性の力では対処できない場合が多いですから。もうこれであの男が彼女を狙う事は無いと思いたいですが、用心する事に越したことは有りません。家族にもきちんと話をして、暫くは出来るだけ一人で行動しない事をお勧めします」

 朝倉の話を聞き終わると、巧は肝が冷えた。
 確かに菜々がバイトの帰り道を狙われていたら、どうなっていたか分からない。無理やり人気のない所へ連れて行かれ、性的暴力にまで発展しなかったとも限らない。店の中での事しか考えていなかった自分の甘さを思い知った。
 菜々は朝倉の話を最後まで神妙に聞いて頷いていた。
「分かりました。そうします」
 巧も今後の対応をどうするかと考えて、夏休みの間は自分が車で送り迎えをした方がいいのではないかと思い付いた。自由業の自分には可能だ。
「夏休みのバイトの事だけど―――」
 その事を菜々以外にも聞こえるように話すと、まず朝倉が同意してくれた。
「それはいいですね」
 同じく浩介と遼一も頷いていた。
「ええっ!?でもアルバイトに来るのに送り迎えなんて聞いた事ないですよっ」
 菜々は遠慮してか、そんなの要らないとばかりに手を顔の前で振って断っていたが、そこは大人4人の男に懇々と諭されると、しぶしぶ了承するしかなかった。
「うー・・・分かりました。明日からお願いします・・・」
 言いだした巧の事をやや恨めしそうにしながら頼む菜々は、巧の事を潤ませた目で下から見上げるように言うものだから、そんな場合いじゃないと分かっていても、またもやドキリとさせられたのだった。
「ああ、うん・・・」
 思わず目線を泳がせて返事をしてしまった巧だった。
 明日からは、仕事の範疇とはいえ、ドライブが出来る事に心躍らせているのを悟られないよう平常心に努めるのにも必死な巧だった。

「あ、くろちゃん。・・・もしかして慰めてくれてるの?」
 突然の言葉に皆は何だ?と思い視線は菜々に集まると、彼女の膝の上には飛び乗ったくろがいつの間にかいて、その小さな頭を菜々の腕に擦り寄せていた。
「なーぅ」
 浩介や菜々が仕事中の間は駄目な事が分かっているのか、二人にはすり寄るという事をしないくろは今は大丈夫と分かっているのか、すりすりと甘えた様子で菜々に頭を撫でられながら喉を鳴らしている。
「ありがと、くろちゃん」
 顎の下をくすぐられ目を細めるくろを見て、菜々も同じ様に目を細め微笑んだ。
 ―――猫の癒し効果は絶大だ。
 その様子がなんとなく面白くない巧は、今目の前に出されたばかりのコーヒーに手を付けた。
 ひと口飲んだ所で、朝倉が撮ったというデータを自分にもコピーしてもらおうと思って右を向くと、目を見張ったまま固まっている朝倉を見て巧は驚いた。
「ど、どうしたんですか、朝倉さん!?何かありましたか?」
 菜々の事でまだ何か重大事項が有ったのかと思って聞いたのに、返ってきたのは予想外の返事だった。
「猫が・・・。猫が・・・。ああ、もう、なんて」
 しまった!猫が苦手な人だったかと思い、巧はくろを2階へと連れて行ってもらうよう慌てて浩介に頼もうとした。今迄にもそういったお客さんはいたからだ。
「愛らしい黒猫なんでしょうか」
 予想に反してうっとりとしたとしか言いようのない声を聞き、えっと思いもう一度朝倉を見直すと、くろに目が釘付けになって動かない様子の朝倉に巧以外も、戸惑いと驚きで皆の動きは止まっていた。
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