括りはスイーツ男子-猫が繋ぐ縁-

清杉悠樹

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16話

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 木の陰に隠れてこちらを窺う妖しい男を遼一と2人してじっと見ていると、一点を見つめたまま動かない俺達を様子が変だと気が付いた浩介と菜々がキッチンの中から出て来た。
「何かありました?」
 浩介は巧の横へと並ぶと同じ方向を見た。
 同じ様に少し遅れて横へ来た菜々は、ひょいと外を見るなり木の陰に居た男を見つけると、げっと呻く声が聞こえた。
「知ってる男ですか?」
 相手の顔を見るなり呻き声が出る程の嫌な相手と言う事だ。
巧が知らないだけで、バイトしている時の客がもしかして菜々が自分の好みではないけとれど告白された相手だとか、付き纏いみたいな事をされたのかと思って聞いたのだが、帰ってきた答えは予想を上回っていた。
「前に私がバイトしていた所のセクハラ男です。なんでこんな所に・・・気持ち悪っ」
 菜々はセクハラ男だという相手の顔をもう見たくないとばかりに目を逸らして、心の底から嫌そーな顔をしながら、自分の両腕を組んで鳥肌がたった二の腕を擦っていた。
「「「えっ!?」」」
 菜々以外の声がはもった。
 以前バイトしていた所を辞めさせられた原因が、ここへ来たというのは恐らく碌な理由じゃないだろうと予想が出来た。
 恐らく未練からだろうと思う。
 ここのアルバイトの場所等は、高校と名前が分かっているのだから、大方同じ制服を着た女子高生を捕まえたりして聞いたのだろう。アルバイトをしている時間帯に数人友達がクレマチスへと来ていた事は浩介から聞いていた。

 菜々がここでバイトすると決めた時に、菜々の母親に約束した通り、彼女にはセクハラを受けない様にこちらで対処すると言ってあるので、頭の中で瞬時に戦略を練り始めた。
 その考え始めた僅かの時間に、隠れているつもりの相手がどうやら店の中の菜々の姿を見つけたらしく、挙動不審者らしくちらりちらりと窺っていた筈が、ぱっと嬉しそうな顔をした思うと、太めの体格の見かけによらずあっという間に木の陰から体を現したかと思うと、一直線に店の中にまで入ってきた。
 浩介と遼一もどうしようかと考えている間に入って来られて対処が遅れた。

「菜々ちゃん!」
「えええーっ!?なんで辻さんが店に来るのー?」
 たまたま隣にいたからなのか、そうでないのか微妙な感じだが、菜々は前方からやってきた辻と言う名のセクハラ男と対峙をしたくないからだろう、巧の背中に隠れてシャツを握りしめた。
 しがみ付かれた巧は背中越しに菜々を見ると、こんなことを思ったら駄目だとは自分でも思うんだが、嫌がって怯える様子の彼女が自分を頼りにているからこそしがみ付いているんじゃないかと思える様子は、はっきり言って一瞬くらりとよろめいた程可愛いと思った。
 「菜々ちゃん」と呼ぶセクハラ男の事も気に入らなくてムカついたし、奴をどうにかしなきゃならないのは十分に分かっていたが、目が離せなくなる程の衝撃だった。
 菜々が隠れた為に動けない巧の代わりに直ぐに動いたのは浩介だった。
「いらっしゃいませ。どういったご用件でしょうか?」
 浩介は辻と呼ばれた男の前に立つと、一応は客としての対応をしたが、遼一は相手の事を上から下まで眺めるとあからさまに相手を見下すように「はんっ、大したことねーな」と半笑いを浮かべていた。
 その遼一の態度にむっとしたらしい辻は、目の前に立った二人の上背が自分より遥かに高く、さらに整った顔をしている二人からは冷たい視線で完全に見下ろされているのを感じ取ると怯んだようだが、めげずに言い返してきた。
「な、なんだよ、おまえら。俺は菜々ちゃんに用が有って来たんだよ。他の男になんて用は無い。そこをどけ」
 無理に強がっている様子の辻のその言葉を聞くと、巧は更に背中にしがみ付く力が強くなったのを感じた。
 巧は浩介の前から移動してきた小太りの男を睨みつけた。
「俺から店長に頼んであげるからこんな所でカフェのバイトなんてしてないで、また元の店で働こう?大丈夫、俺が言えば直ぐまた雇ってくれるからさ」
 睨まれている事に気が付いていないのか、無視しているだけなのか。男は猫なで声で菜々に話をするのを見ていると、自分がした事を全然分かっていない馬鹿な奴だと呆れるよりも、その話し方の気持ち悪さとムカつきで無性に殴りたくなった。
「はあ!?なんでまた私があの店に戻らなくちゃならないわけ。冗談じゃない、セクハラしてくるような男が居る所になんて絶対行かないしっ!」
 きっぱりと断った菜々の言葉を聞いて、殴りたいと思ったのはなんとか我慢できた。
「セクハラ?何の事?」

 自分の事だとは思ってもいない様子で、辻は浩介達を押しのけて巧の背中に隠れている菜々の腕をつかんで力ずくで巧から引き離そうとしてきた。
「ちょっ、ちょっと!嫌だってば」
 その彼女の手首を掴んでいる手を容赦なくバシンと払いのけた巧は、右手を後ろに回し菜々の事をもう一度に背に庇った。
「彼女に触るな」
「なんだよ、お前はっ。関係無いだろっ」
「大ありだ。俺はここのオーナーの景山だ。菜々さんは、ここで正式に雇用契約書を交わしてアルバイトをしている大事な従業員だ。見ず知らずの人間に勝手に連れ出してもらっては困る。しかも、君は彼女にセクハラをしたいわば被告だろう。なのにまだこうして彼女に付き纏いをすると言う事は、ストーカーをしていると自覚してるんだろうな?」
 こんな奴に丁寧にしゃべるのは最初から放棄だ。こちらが優位に立って、こんな奴には早々に出ていってもらわないとこいつ相手に俺が被告になりそうだ。
「は?ストーカー?」
 何言ってんの、こいつと言わんばかりに馬鹿にした表情でせせら笑う辻を見て、全く分かってない事が判明した。
「一体どっからストーカーなんて話になるんだよ。だって菜々ちゃんが俺の事好きなんだからストーカーなんてありえな―――」
「はぁっ!?私が誰を好きって?いい加減な事言うのは止めてよねっ!」
 辻の勝手な思い込みに菜々はぶちっと切れたらしい。
 巧が庇っている背中から出ると、今まで隠れていたとは思えない勢いでずんずんと前に歩いて辻の前まで来ると、両腕を腰に当てて胸を張った。
 菜々が自分の前に来た事で気を良くしたのか、菜々が言ったセリフは丸ごとスルーして更に思い込みが激しい事を露呈させた。
「だから菜々ちゃんが俺の事を好きだから、俺にだけ微笑んでくれたり、スイーツ作るのも進んで手伝ってくれたんでしょ?」
「それ絶対違うから。私、辻さんにだけ向かって笑った覚えなんて無いし。全然覚えてないんだけど。そりゃあ一緒に働いてるから相槌で多少は有ったかもしれないけど、他に一緒に働いてたおばちゃんの森里さんとは良く喋ってたし、笑った覚えも有るんだけどねっ。一緒の職場だったから、その場の話に合わせてそりゃたまには笑う事も有ったかも知れないけど、辻さんだけにっていうのは絶対無い。有り得ない。自意識過剰なんじゃない?スイーツ作るのは確かに自分から進んで手伝ってたけど、それはパティシエ目指してるから自分の将来の為だと思ってたからだよ。兎に角、私が辻さんの事を好きだなんて有り得ないから!」
 菜々は一息に言い放った。
「なんだよ、それ。まるで俺が勘違いしてたみたいじゃないか」
「だから、そうだって言ってんでしょーが!!」
 菜々はまるっきり話が通じていない男相手に、力瘤付きで目一杯激しく怒鳴りつけていた。
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