括りはスイーツ男子-猫が繋ぐ縁-

清杉悠樹

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14話

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14

 自分が持っているこの力。
 自分だけが視えているだなんて、知らなかった。



 小学生の頃はもう、自分だけが視ていた不思議な力の事が元で、他人をあまり信用できなくなっていて、人付き合いもほとんど無かった。
 それが大学に入って暫くした頃に、浩介と遼一、そして自分も一緒になって笑いあって過ごしている未来の事を視てしまった。
 最初はそんな未来の事なんて信じられなくて、同じ講義を取っているから何度か顔を合わせた事はあったから知った顔だったが、他人に自分から話しかける事なんて考えは全く無かったから数日間暫くは静観していた。。
 それと言うのも、他人の過去を視た事はあっても、自分を含めて未来を視た事は今までに無かったからだ。

 一人で過ごす時間が多い巧は、親が資産家と言う事も有って、アルバイトも特にする必要も無く、時間をつぶすと言ったら、勉強をするか本を読むかと言うものだった。
 ある時、発売されたばかりの小説を食堂で読んでいた時のこと。
 たまたま隣の席で食事をしていたのは、巧が視た未来の夢の中に出てきた浩介と遼一だった。
 巧が読んでいる単行本が新刊で、それが浩介の目に留まった事がきっかけで話すようになった。
 二人とも小説をよく読むらしく、話してみると結構読んでいるものは被っていた。
 その後も何度か一緒に話すようになると、本の所有率がとても高い巧から二人は本の貸し借りが始まった。
 そんな風に仲良くなった後、浩介と遼一以外には全く人と付き合いをしようとしない巧を何度も心配してくれた浩介に、悩んだ末に友人二人には自分の力の事を打ち明けた。
 二人は最初こそ驚いていたようだが、遼一はイラストレーターになる事を夢としていたから、たまに見る幽霊の姿をかなり細かい事まで何度も説明してくれと強請られ、俺も見たいと駄々をこね羨ましがられ、美人の幽霊が居ないかと言われた時には逆に呆れた。
 浩介には、読書ばかりしている巧に今度は書く方になって、その力で視たものを存分に活かしたものを書けばいいと言いと言われた時には、暫く反応できない位に衝撃を受けた。
 自分の事を受け入れてくれたことが、泣く程に嬉しかった。

 自分にこんな力が有ると分かったのは、何時だったか。
 巧が小さな頃、それこそ小学校へ入る前だったろうか。

 巧は寝る前にトイレに行った帰りに廊下で玄関の開く音がしたので一階へ行くと、夜遅くに帰って来た父親だった。
「お帰りなさい、お父さん」
「ああ、ただいま」
 眠い目を擦りつつ、巧は父親と挨拶を交わした。
「あら、お帰りなさい、貴方。遅かったわね。仕事?」
 母親もついさっき帰ってきて、リビングから出てきた所へ丁度父親が帰って来たのだ。
「ああ、会議が長引いてな・・・そういうお前も、今帰って来たのか」
「ええ、木城家の奥様に演劇に誘われて」
 時計はもう22時を回っていて、巧はいつもなら寝ている時間だった。
 そこへ二階から、年の離れた兄も階段から降りてきた。
「二人ともお帰りなさい。・・・遅かったね」
 中学生になった兄の言葉は両親が帰った来たと言うのに嬉しそうではなく、何だか冷たく聞こえ他人行儀なものだった。今になって思えば、兄はもう既にこの頃には不仲の両親がそれぞれしている事を薄々感づいていたのだろうと思う。
 小さい巧はその兄の態度と冷たく感じる言葉に不思議に思ったが、普段あまり父親と顔を合わせる事は頻繁では無かった巧は、父親の顔が見られて嬉しくて思わず、父の手と繋ごうと自分の手を伸ばしてつかまった。
 けれどその何気ない親への甘えが、拙かった。
 手に触れた時に勝手に視えてしまったのは、自分の父親が知らない母親では無い若い女の人と睦みあう姿だった。
 巧は小さくて良く分からないものだったから、思った事をそのまま口に出して父親に聞いてしまった。
『お父さん、赤い服を着た女の人と何してたの?お仕事に行ってたんだよね?』と。
 瞬間、父は巧の小さな手を乱暴に振り払い、これ以上無理だと言う程に目を見開くと、口元は戦慄いて青ざめた顔をしていた。
「服を脱いで一緒にするお仕事なの?」
 巧はただ分からなかったから、聞いただけ。その筈だったのに。
「なんで、お前がそんな事を知っている・・・!」
 父親に巧はパジャマの胸倉をつかまれ、詰問するその形相は今まで巧が見た事も無い凶悪なものだった。
 力ずくで持ち上げられた小さな巧の体は、足が浮いていた。襟で首が苦しくて息が出来ずに返事をする事が巧には出来なかった。
「貴方、どういう事なのっ!」
 母親は巧を助けるでもなく、父親を責めた。
 けれど、その事が気を逸らせる事となり力を弱める結果となって、父親の手から巧は床へと落ちて咳込んだ。
 そのまま巧は思わず怯えから傍にいた母親のスカートの裾に縋ってしまったのは無理からぬことだと思う。
 しかし、その母親も父親と同事をしている姿を立て続けに視てしまい、スカートの裾を勢いよく放した。父親と一緒に居た女の人は、巧の知らない人だったが、母親と居たのは何度か顔を合わせた事がある人だった。
「城田さんとお母さんも」
 お父さんと一緒な事してた・・・?と続けようとしたが、巧の小さな声の呟きは途中で言えなくなった。
 母親は父親みたいに暴力は振るわなかったが、拒絶と恐怖からか巧の事を汚いものを見るかのように拒絶した。
 母と一緒にいる姿が視えた城田さんというのは、父親が経営する会社の社員で父の秘書を務めている。それで、何度かこの家にも出入りしている人だったから、巧も顔を知っているのだった。
 引きつった醜い顔をする母親から、巧は二階にある自分の部屋へと這うようにして逃げた。

 それが、もともと両親の中は上手くいっていないような雰囲気はあったのだが、決定的となった瞬間だった。
 しかし、世間体と金の問題から離婚すること無く両親は家庭内別居を貫き、現在も未だ仮面夫婦を演じている。
 しかし、巧はそれ以降、両親、兄からも腫れものを扱うように決して接触を持たず生活し、家の中では家政婦が作る食事と、一人で過ごす自室が全てになった。

 高校を卒業して大学に進むと、それを機に家を出て一人暮らしを始めた。
 生活資金だけは巧が予想していた金額より多く毎月通帳に入金されていて、親からすれば体の良い厄介払いが出来たと安堵しているのかも知れなかった。
 父の会社は、既に兄が継ぐことが決まっているし、今後も巧はもう両親と兄がいる家に二度と戻る気は無い。

 大学でも一人で行動する事が常で、他人との距離を決して縮めることは無かった巧だが、浩介と遼一達と一緒に行動することによって、自分も少しずつではあるが変化し始めた。
 いつも俯き加減だった背筋が良くなり、長い前髪で顔を隠していたのが無くなって目もスッキリと見えるように髪も整え、眼鏡もやぼったいものからスタイリッシュなものへと変わって行った。
 そうするだけで、本ばっかり読んでいる暗い地味で関わらない方がいい奴と認識されていたものが、異性からの視線は特に顕著に変わった。
 いつの間にか人を寄せ付けない所がある、少し影を背負った博識な美貌な男だと周りの女性から認識され始めたのだ。
 丁度その頃に、いつも本ばっかり読んでいる巧に、浩介からは読者から作者でもやってみたら?と勧められたのだった。
 その一言で書いてみた小説を浩介と遼一に読ませた所、面白いと言われたので投稿したものが賞を取り、学生でありながら小説家デビューをしたのも、モテ始めた理由の一つだろう。
 子供の時に受けたトラウマも、二人の親友が出来たことで自分の気持ちをコントロール出来るようになってきた事も理由だと思う。
 言い寄って来た女と付き合ってみたものの、巧の見た目しか見てない事は嫌でも気付いた。その後はすべて無視するか、振って断った。

 ずっとこのまま一人で生きていくんだと思っていた。
 それを寂しい事だとも思ってなかった。

 でも、浩介と遼一の二人に会えた。

 目的も無く、適当に生きていた巧は、二人の事を大事にしようと決めたのだ。
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