括りはスイーツ男子-猫が繋ぐ縁-

清杉悠樹

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12話

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 スイーツを堪能した後は、もう一度菜々の数学が始まったが、やっぱり苦手意識が邪魔をして、一問すら解けない状態に陥っていた。
 どうしたものかな?と巧は軽くため息を吐いた。
 肩の力を抜く為に・・・、ああ、今のスイーツを作るのと同じ感覚になったら肩の力が抜けるかも?
 思いついた方法を試してもらう事にした。
「菜々さん、スイーツ作るのには、最初に何を作るか決めますよね?」
 うーんと唸りながら問題と格闘していた菜々は顔を上げた。
「え?まあ、そうですね」
 数学の話ではなくスイーツの事を急に質問されて、きょとんとしている。
「作りたい物が決まったら、次は材料を揃えて、レシピに沿って作りますよね?」
 菜々はこくこくと頷いている。その顔はまだ巧が何を言いたいのか分かっていないようだ。
「数学の問題も同じように思えないかな。数字は材料、公式はレシピと言う風に。そして、材料を他の食べ物に変えて違うスイーツを作るのは、数字が変わっただけでレシピは同じ。スイーツも初めて作るよりは、二度目の方が手順が分かっているので作りやすい。その理屈でその基本問題を解いてみて」
 まあ、無理無理な意識変換かもしれないが。
「ふぉっ?」
 菜々は目を何度もぱちぱちとして、同時に変な声を上げた。
「さ、やって見て」
「ううう、はーい・・・」
 彼女はシャープペンを持ち直して、一問目を教科書の公式を見ながら再度挑戦し始めた。
 数分後、急に解けた!と弾けんばかりの笑顔で巧を見て、解いた問題のページを差しだしてきた。
「これで合ってる?」
「合ってる。正解」
「やった!じゃあ、次のもやってみよーっと」
 それからは一つ解いたことが自信に繋がったらしく、暫くは集中して問題に取りかかっていた。
 どうやら、さっきの意識変換は上手くいったらしい。
 基礎問題は、計算間違いが二つあった他は、さっきまで唸りながら格闘していた姿からは雲泥の差で、楽しそうにすら見えた。
 本当に、高校生の彼女はなんて素直なんでしょうねぇ。
 捻くれまくっている自分には、無邪気に笑う菜々が眩しく見えた。

 数学をやり始めて、途中で休憩も入れたとはいえそろそろ二時間が経とうとしていた。
 ふと、窓に目を遣った巧は、ビルの影に見える空が夏空から、荒れてきそうな雲行きになっているのが見えた。
「なんだか雲行きが怪しいな」
 小さく呟いたつもりが、菜々に聞こえたらしく、巧と同じ方向を見た。
「あ、ほんとだ。雨降りそう。あっ、どうしよう、私、傘持って来てないや」
 午前中はいい天気だったので、それは無理も無い事だろう。
「傘ならこの店にも幾つかあるし。もし、雨がこのまま酷いようなら車で送る事も出来るから心配しなくても大丈夫。それより今日は、ここまでにしておこうか。結構進んだね?」
 隣の自宅には巧が所有する車が有るので、いざとなれば送っていけるので問題ない。
 菜々の数学の苦手意識が減ったとたん、巧が予想していたよりもテキストは随分先のページまで進んでしまっていた。
「えへーっ。数字がスイーツの材料なんて考えるとなんだか気が楽になっちゃった。景山さん、本当に有り難うございますっ」
 目を糸のようにして満面の笑みで笑う菜々に、巧も作り笑いじゃない、嬉しさから自然に笑った。
「それは良かった。でも、努力したのは菜々さん自身だよ」
 きっかけはともかく、努力をして頑張ったのは菜々本人だ。目線を合わせて、菜々にまた微笑んだ。
 菜々は、巧に昨日会った時には綺麗な人だとは思ったが、その時はテレビの中のアイドルや雑誌のモデルを見ているかのような気持ちだった。そう、手の届かない、見てるだけの人だと。
 それが、巧の笑顔を直に、しかも至近距離で見てしまった菜々は、この瞬間恋に落ちた。

 菜々は、自分で自分の気持ちに付いていけずにうろたえたが、丁度その頃に降り始めた雨が、あっという間にゲリラ豪雨と呼ばれる程の強い雨になり、ガラス窓に叩きつけるように当たる雨音に注意が行っている巧には気付かれなかった。
 そんな中、店のドアが開かれた。ドアベルの音に釣られて巧が見ると、中へ入ってきたのは菜々の姉の彩華だった。
 仕事が終わって帰る時に急に雨に降られたらしく、傘を持たずに帰ってきた彼女は全身ずぶ濡れだった。
 文字通りに全身が濡れてしまっている姿を見たのは一瞬だ。すぐに巧は意識して目線を引き剥がし元の窓へと戻した。
 その理由は、彩華が着ている服が雨に濡れた事により、下着の色が透けて見えていたからだ。
 もちろんそれは彩華が現れて浩介も直ぐに気が付いていて、彩華の元へと走り寄ったかと思うと、自分が着ていた黒のベストを脱いで彼女の肩に羽織らせた。
「取りあえずこれ着ていてください」
「えっ、何でですか?ベスト濡れちゃいますけど、良いんですか?」
 浩介はそのままベストの釦まできっちり留めた。
「そのまま中へは入らないでくださいね。まだ数人お客様がいますから。・・・雨に濡れて透けて見えてますし、体のラインが出てます」
 浩介は真剣に嫌とは言わせない雰囲気で彩華にお願いすると、目線を横へと逸らして、耳を赤くし言いづらそうに小声で続けた。
「そんな貴方の姿を他の人に見せないでください」
 彩華はようやく何を言われたのか理解したらしく、着せられたベストの下に着ているブラウスを見るとキャミソールとブラの色が透けて見えていて、ぎょっとした。
 その後は、慌てて手で濡れたスカートを一生懸命に脚から引き剥がしていた。
 浩介はその間に、バスタオルを取りに行って戻ってくると、彩華の体全体を包み込んだ。
「風邪引かないように、早くシャワー浴びて下さい」
 彩華はまだ顔を赤くしたまま、浩介に手を引かれて二階に行こうとした。
「痛っ」
 彩華は雨が降ってきたので走ったせいで、昨日の靴擦れからまた血が滲んでしまっていた。
 浩介はしゃがみ込み彩華の踵の傷を見た。
「彩華さん、靴をここで脱いでください」
 彩華は言われたとおりにその場で靴を脱ぐと、いきなり背面と膝裏から腕を回され、いわゆるお姫様だっこをされて、浩介はそのまま二階へと運ぶつもりだ。
「えっ、ちょっと浩介さんっ!?」
 店の中には他にも数人いるというのに、有無を言わさず連行する浩介を見て巧は微かに笑った。
(あいつ、彼女が相手だとあんなに過保護になるんだ)
 彼女が出来る前は、人前でお姫様だっこなんてする奴だなんて考えられない程に女性とは一線を引いた付き合いしかしていなかった浩介がねぇ。
 自分達のテーブルの近くを通って行く浩介に、片手でひらひらと応援を送った。
「お姉ちゃん、おっかえりー」
 それに合わせて菜々は陽気な声を姉である彩華に掛けていたが、その姿を見られて恥ずかしかったらしく、赤い顔のまま抱きかかえられた浩介のシャツにしがみ付いて、更に顔を埋めていた。
 その仕草を愛おしそうに見ている浩介を見て、巧は二人のルームシェアの話を進めて良かったなと思ったのだった。
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