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8話
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8
いつかは会えるだろうと思っていたが、こんなに早く出会えるなんて予想外だ。
巧は毎日の日課になっているコーヒーの注文をして、新聞を手に取り読みながら会話を続けた。
「高校生で夏休みの期間限定だとしても、お前が美味いと思ったお菓子が作れる程の腕前なら、出来ればウチでアルバイトしてもらえると助かるな。これから生豆の高騰も予測できるし、恐らくバターも品薄になってくる。出来ればランチにもう少し新たなメニューの追加をしていきたいと思ってる・・・」
そう話している途中で、ドアベルがちりりんと音を立て、店の中には女性二人が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
いつの間にか開店時間になっていて、浩介は手にしていた掃除道具を直ぐに片付けた。
「浩介お兄さん、おはよーございまーす。電車で来ようと思ってたんですけど、お母さんが車で送ってくれたので早いけど来ちゃいましたー」
若い女性の元気な声が聞こえてきた。巧はその声がした方に顔を向けると、この間の女性と、もう一人年配の女性がいた。
―――彼女だ。間違いない。
カウンター席に座っている巧は、手にしていた新聞を畳み、昨日会ったばかりの浩介が、早くも浩介兄さんと呼ばれているのに驚いた。
「こっちが、私のお母さんでーす」
「初めまして。菜々の母で橘幸江(たちばなゆきえ)と言います」
店に入って来たばかりだが、どうも菜々は母親に姉の彼氏を早く紹介したくてたまらない様子だ。
反して、母親が来るとは思っても見なかった浩介は、いきなりの事で驚いている。
母親は娘の菜々より少しだけ背が低くく、髪はショートで、来ているサマースーツが良く似合う大人の女性だ。菜々は、今日はTシャツにデニムのスカート姿だ。
「始めまして。もう既に聞いてらっしゃるかも知れませんが、彩華さんとお付き合いさせていただいてます、中崎浩介と申します」
挨拶をしている浩介の顔は、緊張から少し青ざめて見えて、お辞儀する動きはぎこちない。
「ほら、私の言ったとおりでしょ!?お姉ちゃんの彼氏だって。昨日お姉ちゃんを送ってウチに来てくれた時に、彼氏だって言ってたもん。それに結婚前提のお付き合いを申し込まれた時に貰ったって言ってた四つ葉のクローバーも、お姉ちゃんの左手薬指に付けているのを私もお兄ちゃんもばっちり見てるし!!」
・・・プロポーズしたとは聞いたが、こいつそんな事してたのか・・・。意外に少女漫画みたいに乙女な演出してたんだな・・・。
巧は、ほほうと感心した。
クローバーの話を暴露された浩介は、母親の顔をまともに見れなくなって、視線をあちこちに彷徨わせていた。
「もー、お姉ちゃんからこの話聞きながら思わず私もキュンってしちゃった!!ね、お母さんもそう思うでしょ!?」
嬉しそうに話す娘の問いかけに、母親も嬉しそうな顔をして頷いた。
「ほんとに、こんな素敵な彼氏が居るならいるって早く言えばいいのに。それにしてもなんてロマンチックな申し込み・・・。良いわねぇ、若いって」
「あの、お好きな席に座ってください。メニューをお持ちしますから」
逃げる事も出来ず、取りあえず仕事をしようと話を逸らす浩介を見ているのは、巧も楽しかった。
アイスコーヒーを頼んだ親子の元へ、巧はカウンターからテーブル席へと移動した。
もちろん、高校生の菜々のアルバイトの話をする為に。
巧がテーブルの傍に近づくと、二人は同時に気付き顔を上げると、にこやかにほほ笑みを浮かべたモデル並みにスタイルが良い巧の姿を見て驚いていた。
「初めまして、ここのオーナーをしております景山巧と申します。御挨拶が遅れまして申し訳ありません」
驚きに声が出ない親子二人。巧は母親に自分の名刺を渡すと、向かいの空いている席へ座っても良いか了解を取ってから同じテーブルへと着いた。
「オーナーの景山さん?」
母親の幸江はそう言いながら、手元の名刺と前に座った巧の顔を何度も交互に見ていた。
「はい、ここクレマチスのオーナーと、小説の執筆を少々してます」
「まぁ、小説の仕事まで。ちなみにどんな小説を?」
「主にファンタジーです」
今まで巧が発表した小説の中でもアニメ化したタイトルを言うと、幸江は小説を読んだ事も、アニメも見た事がないようだった。
幸江の隣に居る菜々は、自分から喋る事はなかったが、両手を胸の前で組み、目をキラキラさせながら巧から一瞬たりとも目を離さなかった。
「あそこに居るマスターの中崎浩介とは大学からの付き合いがあって同級生なんです。実は昨日、私も一緒に彩華さんと食事させていただいてました。昨日初めて中崎に恋人が出来たと聞いて喜んでいた所なんですよ」
「あら、まぁ!そうなの!」
娘からは何も巧の事は聞いていないらしい。
「ええ。それで中崎から聞いたばかりなんですが、こちらの娘さんの菜々さんの事を聞きまして」
「菜々の?」
話を続けようとして、丁度オーダーのアイスコーヒーを浩介が運んできた。
浩介はそのまま立ったまま話に加わった。
「実はこの店で、学生のアルバイトを雇おうと以前から思っていたのですが、昨夜中崎が頂いた菜々さんが作ったというマカロンがとても美味しかったと話に聞きまして。 その時に、前のバイトでの出来事なども聞いてはおりますが、新しいバイト先を探しておられるとも聞きました。ウチでよかったら是非夏休みの間だけでもアルバイトをしてもらえないかと思ったのですが如何でしょう?」
菜々はいきなり話を自分へと向けられたが、巧の顔に蕩けていて話を良く聞いていなかったらしく、幸江に巧が今話していた事を説明された。
「家からの通勤距離が問題だとも聞きましたが、ここの2階に書斎があるのです。殆ど使う事がない部屋で八畳程の広さがあるんですが、宜しければ彩華さんがここへルームシェアするという形でここから通勤してもらい、菜々さんはお兄さんが住んでいるアパートからアルバイトに来てもらうっていうのはどうでしょう」
巧は最後に愛想よく、笑顔で締めくくった。
「「「ええーっ!?」」」
巧以外の三人の声が重なった。
いつかは会えるだろうと思っていたが、こんなに早く出会えるなんて予想外だ。
巧は毎日の日課になっているコーヒーの注文をして、新聞を手に取り読みながら会話を続けた。
「高校生で夏休みの期間限定だとしても、お前が美味いと思ったお菓子が作れる程の腕前なら、出来ればウチでアルバイトしてもらえると助かるな。これから生豆の高騰も予測できるし、恐らくバターも品薄になってくる。出来ればランチにもう少し新たなメニューの追加をしていきたいと思ってる・・・」
そう話している途中で、ドアベルがちりりんと音を立て、店の中には女性二人が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
いつの間にか開店時間になっていて、浩介は手にしていた掃除道具を直ぐに片付けた。
「浩介お兄さん、おはよーございまーす。電車で来ようと思ってたんですけど、お母さんが車で送ってくれたので早いけど来ちゃいましたー」
若い女性の元気な声が聞こえてきた。巧はその声がした方に顔を向けると、この間の女性と、もう一人年配の女性がいた。
―――彼女だ。間違いない。
カウンター席に座っている巧は、手にしていた新聞を畳み、昨日会ったばかりの浩介が、早くも浩介兄さんと呼ばれているのに驚いた。
「こっちが、私のお母さんでーす」
「初めまして。菜々の母で橘幸江(たちばなゆきえ)と言います」
店に入って来たばかりだが、どうも菜々は母親に姉の彼氏を早く紹介したくてたまらない様子だ。
反して、母親が来るとは思っても見なかった浩介は、いきなりの事で驚いている。
母親は娘の菜々より少しだけ背が低くく、髪はショートで、来ているサマースーツが良く似合う大人の女性だ。菜々は、今日はTシャツにデニムのスカート姿だ。
「始めまして。もう既に聞いてらっしゃるかも知れませんが、彩華さんとお付き合いさせていただいてます、中崎浩介と申します」
挨拶をしている浩介の顔は、緊張から少し青ざめて見えて、お辞儀する動きはぎこちない。
「ほら、私の言ったとおりでしょ!?お姉ちゃんの彼氏だって。昨日お姉ちゃんを送ってウチに来てくれた時に、彼氏だって言ってたもん。それに結婚前提のお付き合いを申し込まれた時に貰ったって言ってた四つ葉のクローバーも、お姉ちゃんの左手薬指に付けているのを私もお兄ちゃんもばっちり見てるし!!」
・・・プロポーズしたとは聞いたが、こいつそんな事してたのか・・・。意外に少女漫画みたいに乙女な演出してたんだな・・・。
巧は、ほほうと感心した。
クローバーの話を暴露された浩介は、母親の顔をまともに見れなくなって、視線をあちこちに彷徨わせていた。
「もー、お姉ちゃんからこの話聞きながら思わず私もキュンってしちゃった!!ね、お母さんもそう思うでしょ!?」
嬉しそうに話す娘の問いかけに、母親も嬉しそうな顔をして頷いた。
「ほんとに、こんな素敵な彼氏が居るならいるって早く言えばいいのに。それにしてもなんてロマンチックな申し込み・・・。良いわねぇ、若いって」
「あの、お好きな席に座ってください。メニューをお持ちしますから」
逃げる事も出来ず、取りあえず仕事をしようと話を逸らす浩介を見ているのは、巧も楽しかった。
アイスコーヒーを頼んだ親子の元へ、巧はカウンターからテーブル席へと移動した。
もちろん、高校生の菜々のアルバイトの話をする為に。
巧がテーブルの傍に近づくと、二人は同時に気付き顔を上げると、にこやかにほほ笑みを浮かべたモデル並みにスタイルが良い巧の姿を見て驚いていた。
「初めまして、ここのオーナーをしております景山巧と申します。御挨拶が遅れまして申し訳ありません」
驚きに声が出ない親子二人。巧は母親に自分の名刺を渡すと、向かいの空いている席へ座っても良いか了解を取ってから同じテーブルへと着いた。
「オーナーの景山さん?」
母親の幸江はそう言いながら、手元の名刺と前に座った巧の顔を何度も交互に見ていた。
「はい、ここクレマチスのオーナーと、小説の執筆を少々してます」
「まぁ、小説の仕事まで。ちなみにどんな小説を?」
「主にファンタジーです」
今まで巧が発表した小説の中でもアニメ化したタイトルを言うと、幸江は小説を読んだ事も、アニメも見た事がないようだった。
幸江の隣に居る菜々は、自分から喋る事はなかったが、両手を胸の前で組み、目をキラキラさせながら巧から一瞬たりとも目を離さなかった。
「あそこに居るマスターの中崎浩介とは大学からの付き合いがあって同級生なんです。実は昨日、私も一緒に彩華さんと食事させていただいてました。昨日初めて中崎に恋人が出来たと聞いて喜んでいた所なんですよ」
「あら、まぁ!そうなの!」
娘からは何も巧の事は聞いていないらしい。
「ええ。それで中崎から聞いたばかりなんですが、こちらの娘さんの菜々さんの事を聞きまして」
「菜々の?」
話を続けようとして、丁度オーダーのアイスコーヒーを浩介が運んできた。
浩介はそのまま立ったまま話に加わった。
「実はこの店で、学生のアルバイトを雇おうと以前から思っていたのですが、昨夜中崎が頂いた菜々さんが作ったというマカロンがとても美味しかったと話に聞きまして。 その時に、前のバイトでの出来事なども聞いてはおりますが、新しいバイト先を探しておられるとも聞きました。ウチでよかったら是非夏休みの間だけでもアルバイトをしてもらえないかと思ったのですが如何でしょう?」
菜々はいきなり話を自分へと向けられたが、巧の顔に蕩けていて話を良く聞いていなかったらしく、幸江に巧が今話していた事を説明された。
「家からの通勤距離が問題だとも聞きましたが、ここの2階に書斎があるのです。殆ど使う事がない部屋で八畳程の広さがあるんですが、宜しければ彩華さんがここへルームシェアするという形でここから通勤してもらい、菜々さんはお兄さんが住んでいるアパートからアルバイトに来てもらうっていうのはどうでしょう」
巧は最後に愛想よく、笑顔で締めくくった。
「「「ええーっ!?」」」
巧以外の三人の声が重なった。
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