括りはスイーツ男子-猫が繋ぐ縁-

清杉悠樹

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5話

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 それから暫くして店に戻ってきた人数は、二人から三人へと増えていた。浩介とその彼女、増えたのは打ち合わせの予定をしていた編集者の桜野だった。桜野はここへ来る途中で告白している二人と鉢合わせをしたらしい。
 店には浩介が店を開けた短い時間に、常連客が来て増えていた。

 巧は戻ってきた浩介達を見ると、二人は仲良く手を繋いで帰って来ていた。
 何はともあれ仲直りをして、無事に互いの想いを通じ合わせた様子から、桜野さんに抱かれているくろも巧が言ったとおりに糸の修復を手伝ったみたいだから一安心だ。
 二人の指に繋がっている赤い糸は、さっきまで絡まっていたはずが今は絡まりはなくなり綺麗になって、すっとした一本の糸になっていた。
 ホッとしている巧の足元にくろはすり寄って来て、頭をぐりぐりしてきた。
「分かったよ、マグロだろう?後でちゃんと買ってきてやるから。もうちょっと待ってろ」
 巧はしゃがみ込み、くろの頭を撫でてやった。いつもは人の姿を見れば逃げていく癖に、今日は珍しく向こうからすり寄ってきた。
「にゃーん」
 約束だからねと言わんばかりに一声鳴くと、そのままくるりと背を向けてさっさと自分のお気に入りの場所へ戻ると、再び昼寝を決め込んだらしく、背を丸め欠伸をしてから目を閉じた。
 ご褒美の確認をするとさっさと離れていく、その猫特有のつれなさに巧は苦笑した。

 その間に遼一は店を飛び出していった彼女に向かって深々とお辞儀をして謝っていた。
「さっきは、本当に申し訳ありませんでした!」
 遼一に謝られている彼女は、見知らぬ自分よりも年上の男からお辞儀付きの謝罪をされ、あわあわしていた。
 ともあれ、彼女はすんなり謝罪を受け入れ、その日の夜は遼一の奢りで巧と桜野も含めた五人でお詫びに食事をすることになった。
 桜野も人数に入れたのは、女性が一人だと肩身が狭くなるとでも思ったのだろう。遼一にしては上出来だとも思ったが、単に最近自分が気になっている人を誘いたかっただけかも知れないとも思った。

 これから午後の仕事へと戻る彼女を、店の外までわざわざ見送ってから戻ってきた浩介に、店の中にいた常連客も含め皆の視線が集中していた。
「なんですか?」
「若く見えるけど、あの子いくつ?まさか、ロリコン・・・」
 きっとこの場に居る誰もが聞きたくてうずうずしていた事を真っ先に聞いたのは、やはり遼一だった。
「違う、ちゃんと成人してる」
 ロリコンという一言に憮然とした面持ちのまま浩介はキッチンへと戻った。
「ふーん。お前、ほんとに彼女のこと大事にしてんだな。態度が他の誰とも全然違う。過保護ってゆーか、もー、めろめろって感じ?」
 店に戻って来た時、踵に怪我をした彼女に世話をしていた浩介の様子を見て言ったのだろう。
 ギロリと浩介に睨まれて、遼一は慌てて打ち合わせの仕事に戻った。
 こいつが余計な一言を言うのは、最早約束となりつつあるようだと、今日何度目か分からないため息を巧は吐いたのだった。



 巧は夕食の約束の時間より早めに遼一と一緒にクレマチスへ来た。
 くろと約束したマグロの刺身をパックから出し与えてから、浩介と遼一にくろが持っている不思議な力を説明した。
「連れて追いかけろと言った理由なんだが、世間一般では恐らく『赤い糸』に分類されるものなんだと思うんだが―――」
 まるで講義でも行うかのような口ぶりで巧は話し始めた。
「人と人の繋がり・・・全員のものが見えるわけじゃなくて、時々それが見える人も僅かにいるっていう位少ないんだが、互いに好意を寄せあっている二人の絆が糸となって表れて、手と手を繋いで見えることがあるんだ。ただ、絶対に切れない物かといえばそうじゃないらしくて、互いに思いやる気持ちが無くなったり、他に気持ちが移ると消えたりする性質らしい。俺が日曜の夜に公園でジョギングしてると、芝生の所でその糸り絡まって動けなくなっている猫を見つけてな」
 ここまでの話に、浩介と遼一は特に驚く風でも無く、淡々と聞いている。巧が持っている不思議な力を視ることを知っていたからかもしれない。
「暫く様子を見ていると、あんまり暴れるもんだから糸が切れたんだ。で、糸があるってことは人もいるってことで、後ろの茂みの陰で、まぁ、良くありがちな男女の営みをしているカップルが居たんだが、糸が切れた途端喧嘩を始めたんだ。・・・面白いのはこの後だ」
 巧はにやりと笑うと、一旦話を止めた。
「糸を切ってしまった猫が、糸の両端を器用に前足で捏ねると不思議な反応を起こして糸は元通りになって喧嘩をしていた筈の二人が仲直りをして帰って行くのを目撃したんだ。俺には見ることは出来ても、触る事は出来ない。人でもなかなか見えないだろう糸を触って修復することが出来るんだよ、あの猫は」
 そういうと3人は、窓辺でまったりと寝ている猫を凝視した。
「そんな大した猫には見えないんだが」
「まあ、自分がもし糸を見る事が出来なかったら、ただ芝生の上でごろごろ遊んでいただけの猫にしか見えなかっただろうから気にも留めなかっただろうな。ここまでが前置きで、お前と彼女の糸は、捻じれて絡まって歪になってた。俺の想像だが2人の間では行き違い、すれ違い、そういう問題が起こりやすい状態になってたんじゃないか?」
 浩介はしばらく考えた。
「そういえば、すれ違いとかじゃなくて向こうの店に配達しに行った時、日常会話ならどうも無いんだが、他に人が居ないこのタイミングの今なら彼女に告白出来ると思った時、絶対誰かの邪魔が入るっていうのは何度もあったな」
「たぶん、それだな。だから昼に、おせっかいかも知れないが猫に捻じれを直してもらうために連れていかせたんだ。かなり揉めそうだったから」
 浩介は、でかいため息をついた。
「なんでこのタイミングで、電話が鳴るんだとか、他の奴が帰ってくるとか、宅急便が来るなんてものはまだいい方で、車のクラクションが外から聞こえて来たり、救急車が通って行ったり、誰かが別の部屋で茶碗を落したような音が聞こえたり、とどめに今日は2人に邪魔されるし。前から変だなとは思ってたんだよ。そんな、糸が絡んで捻じれてたからって・・・あそこまで邪魔が入るのかよ・・・」
 肩を落としてがっくりしてる浩介を見て、二人は笑った。
「いいじゃないか、これで変な邪魔は入らないと思うぞ。心おきなく今までの分も含めて彼女を口説けばいい」
 彼女と本気で付き合いたいと思っているのは、見てるだけの巧にも丸分かりな程。
 浩介とは長い付き合いだが、あまり幸せな交際をしてきていないのを知っている巧は、今度こそ浩介には幸せになって欲しいと切に願う。
「有難う、巧」
 浩介はこちらを見て嬉しそうに笑った後、頭を下げて礼を言ってきた。
「俺は何もしてない。礼ならあの猫に。それより、そろそろ来るんじゃないのか、彼女」
 友達から頭を下げられるほど感謝をされた事なんて、今までにない事だ。
 照れくささを見られたくなくて、顔を背けた。
 巧の耳は微かに赤くなっていたのを浩介は気付いたけれど、気付いてないふりをした。きっと指摘して欲しくはないはずだから。
「そうだな、そろそろ来る頃かな。今のうちに水撒きしてくるよ」
 そう言って浩介は庭へと出て行った。
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