括りはスイーツ男子-猫が繋ぐ縁-

清杉悠樹

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4話

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 それから暫くは遼一と仕事の話をした。
 小説の中身の方は、大まかな大体の流れを既に伝えてあるから、どの辺のどんなイラストにするかといった自分の希望の話とか。
 まだ担当である桜野が来ていないから、後でもう一度話合わなければならないが。
 そう話合っている途中で、またもや浩介と勝手に会話を始めたのは遼一だ。
「あ、忘れてた。浩介、この間はワインをサンキュー。美味しかったよ」
 こいつの思いついたら直ぐ話す癖はどうにかならないものか。巧は深いため息を突く。
「でも、良かったのか?あれってお前にってくれたお土産なんだろう?しかも、くれたのって高城商社の美人で有名な受付の畑中さんなんだろう?何回かデートに誘われている癖に断わってるんだって?」
 初めて聞く話に巧は焦った。普段なら兎も角、今はその手の話は拙い!浩介が好きな彼女がいるこの場では!
「おい、遼一、その辺で止めておけ」
 けれど巧が制止したのは遅すぎたようだ。
「遼一!」
 声を荒げて怒る浩介の声が聞こえ、巧がカウンター席に目を遣ると、遼一の話を聞いて泣きそうになっている彼女の姿が見えた。
「勿体ねーなー。俺だったらすぐにオッケーしちゃうのに。だってあの腰の細さにコレよ?」
 遼一は自分の胸の前で、バストが大きいことを手の動きで表現している。
 巧は余りの事に目が暗くなった。
 こいつを黙らせる方法として何か無いかと周りを見渡し、手元の本が目に付いた。
「あれ?でもお前他に好きな子いるんだっけ?両方付き合ってみてから選んでもいいんじゃね?」
「止せって言ってるだろうが!!!」
 浩介の今までに巧が聞いた事が無いような怒声が部屋中に響いた。
 巧は、手にした本を問答無用で馬鹿の頭を殴った。もちろんタイトルがある背紙の部分をワザと当たる様にして。
「痛ってーっっ!おまっ、本の角で本気で殴るか?フツー。っていうかなんで俺は殴られなきゃいけないんだよっ」
 本気で分かっていない様子の馬鹿には、呆れる。思いっきり加減なしで殴ったから痛みは相当だった筈で、遼一は痛む頭を抱えて涙を浮かべている。
 でも、彼女が受けた言葉の痛みは相当のものだったはずだ。
 遼一が喋り終わる前に、彼女は代金をレジに放り投げるように払うと、走り去る様に店を出て行ってしまったことからも窺える。
「橘さん!」
 浩介は店を出て行った彼女の後を追いかけようとして、走るのに邪魔なロングエプロンを外そうとしてまごついている。
 巧は窓際にいるくろを見つけると、おもむろにその体を掴んだ。
「今走っていった子と浩介の赤い糸、今すぐ修正してこい。出来たら高級マグロを買ってやる」
 そう言って、巧はようやくエプロンを外した浩介にくろを手渡した。
「この猫を連れて追いかけろ」
「は?なんで?」
「いいから、連れて行け。説明は後でするから。そうした方がいいと断言出来るからだ。でないと、後で同じ結果になるとしても時間が掛かりすぎるからな」
「・・・よく分からんが、分かった」
 本気で言っている巧の表情から、言われた通りにしたほうが良いと判断した浩介は、くろを抱きかかえ店を飛び出した。

 巧は走って行った友人の姿を見送ると、後ろでまだ頭を擦っている馬鹿を見た。
「お前、なんで殴られたか分かってる?」
「分っかんねーよ、何なんだよ一体」
 巧は、深いため息をついた。説明するのが面倒くさい。が、説明しないことには浩介と走って行った彼女の事を理解していないこいつを今後も野放しにしてしまう事を意味する。それは危険すぎる。
「今外に出て行った女性が居ただろう?」
「あぁ」
 それは分かっていたようだ。それすら覚えて無かったらどうしようもない。
「その女性が、浩介の好きな人だ」
  遼一は驚愕し目を見張った。
「はあ?嘘?マジで!?一体、いつそんなこと浩介に聞いたんだよ」
「浩介本人からは、何も聞いてない」
 聞かなくても、あいつのあの態度を見てれば十分に分かった筈だ。
「じゃあ違うかも知れないじゃないか。それとも何か視えた・・・のか?」
 遼一は巧の事をまだ疑った。遼一が居ない所で聞いたとでも思ったのだろう。しかし、今日自分も始めて分かった事だ。
 だから、こと細かく何故そう思ったのかを順に説明してやった。
「いいや、何視えてない。店に入った時に、浩介と女性が並んで椅子に座って話していたのを見てないのか?あいつは、仕事中に仲の良い奴が店に来ていたとしても、そういうことはしない。必ず一線を引いて仕事しているから。それと、お前が他の女性の事を言った事で、急に出て行った彼女を慌てて追いかけて行ったのが何よりの証拠だろう?」
 巧の説明を聞き、遼一は青くなった。自分がしでかした事がようやく理解出来たようでなによりだ。
「もしかして、俺、拙いこと言った?」
「かなり、な。後で、しっかり二人に謝るんだな」
 今度は、痛みではなく反省から頭を抱え込む遼一を尻目に、本が傷んでいないか確かめる巧だった。
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