栞~猫が繋ぐ縁~

清杉悠樹

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栞~猫が繋ぐ縁~ 六話

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 6話

 気が付くと、周り中の人達から拍手やお祝いの言葉を掛けられて、七海はここが店の中だったということを思い出した。
 従業員である橘菜々さんと、最近入った前原みうさんは二人で手を取り合ってキャーキャー言いながら盛り上がっている。
 マスターの中崎さんは、店の中では普段あまり表情を変えないのに、珍しく目を細めてこちらを見て微笑んでいる。
 たまたま来店していた数人のお客さんの中には、秋庭さんの知り合いがいたらしく、冷やかしの言葉も聞こえたが、二人の事を祝福してくれている。
 公衆の面前での公開告白に恥ずかしくなった七海は、顔を見られない様に俯き加減になって、元いた椅子へとストンと座って逃げた。
 頬ばかりか、耳まで熱い。それに、心臓がばくばくしてとても煩い。
 兎に角、落ち着こうと深呼吸しながら、手にしているコスモスをもう一度じっくりと見ていると、隣の席に秋庭さんも座ろうとしている所だった。
 ぱちっと目が合うと、七海と負けない位に顔を赤くしていた。それを見ると七海の心臓は落ち着くどころか、さらに加速してしまったのだった。

(駄目だ、体中が熱くて、ぞわぞわして落ち着かないっ)
 緊張から無意識に手にしていたコスモスの茎を、ぎゅっと握ってしまったらしく、力が加えられた茎は途中からへにょっと曲がってしまった。
「ああっ、コスモスの花がっ」
 七海は慌てて力を緩めたが、一度曲がってしまった茎は元には戻ることはなく、折れ曲がってしまった花に思わず声を出してしまった。
 おろおろしている七海を見かねて、マスターはそっとお冷を出してくれた。
「桜野さん、大丈夫です。私がその花を代わりに整えて生けておきますから、まずは落ち着いてください」
 七海は言われた通りカウンター越しに手にしている花をマスターに渡すと、お冷を飲んで気持ちを落ちつけようと努力した。
 すると暫くしてから、元のあった高さより幾分か低くなってしまったが、小ぶりの花瓶に生けられてコスモスは無事に七海の元へと返された。
「有り難うございます。ご迷惑おかけしてしまって・・・」
「いえ、迷惑なんて掛けられてないですよ。こっちこそ、申し訳ありませんでした。わざと誤解を与えるように仕向けた私が悪いんですから。直ぐに遼一の誤解を解いておいてくださいね」
 そうだった。秋庭さんには、まだ私が転職すると思わせたままだった。
 両手の中に花瓶を包み込むようにして大事に包み込みながら、隣を見ると秋庭さんはコーヒーを飲んで気分を落ちつけたみたいだ。
「あの、秋庭さん・・・仕事転職するのは私じゃありませんから。私が景山先生を担当する前にしていた先輩の事なんです」
「えっ、桜野さんの事じゃなかったの!?」
 予想通りに、秋庭さんは私の事だと勘違いをしていた。
(そうですよね、あの話の流れじゃ私だとしか思えませんよねー)
「違います、先輩です。私はこの仕事が好きなんで、まだまだ辞めるつもりなんてないです」
 それに――この仕事は秋庭さんとの、とても大事な繋がりだ。
「良かったー、桜野さんが仕事を辞めるんじゃなくて。・・・あの桜野さん、この後って何か用事ある?」
「特にありませんけど」
「なら、この後デートしよう!よし、そうと決まったら、早速ドライブにでも行こう。浩介、後でまた来るから花置いといてくれる?それと、車借りていい?」
 秋庭さんは、どんどん話を進めていき、その速さに七海は付いていけてない。
 中崎さんは、そんな秋庭さんに慣れているらしく、軽くため息を突くと車のキーを取ってきてくれて秋庭さんへと渡した。
「閉店までには戻ってくるように」
「了―解!」
 秋庭さんは渡されたキーを握りしめ嬉しそうに笑った。
「デートって!?あのっ」
 早速って、今すぐなの!?嫌な訳じゃないし、むしろ嬉しいんだけど、でも、デートするなんて思ってもみなかったからこんな恰好なのが、引けるっていうか・・・。
 返事をする暇も無く、呆然としている七海手を取ると、あっという間に外へと連れ出された。

 秋庭さんが運転する車で連れて来られたのは河川敷近くの公園だった。
 駐車場に車を止めると、秋庭さんは何も言わずに私の手を引いてベンチに並んで座った。
 川岸と言う事もあって、受ける風はひんやりとして少し強く感じる。近くにはスポーツが出来るコートもあって、小学生だろうか、何人もの男の子達が声を上げながらサッカーボールを追いかけている。
 暫くはお互いに無言が続いていたが、七海から秋庭さんに問いかけた。
「私にくれたのは、どうしてコスモスの花だったんですか?」
「・・・焦ったんだよね、俺。桜野さんが居なくなると思ってさ。浩介が花を贈るって聞いて、いても経っても居られなくなって、店を飛び出した先にちょうど咲いているコスモスが有って、それが貴方のイメージと重なって思わず手に取って、気が付いたら渡してた」
 ベンチに並んで座っているだけだったけど、横に置いた指がお互い少しだけ触れた。
「揺れるコスモスの姿がね、なんだか可憐で優しいイメージが桜野さんにぴったりだなと思って」
「私なんて、そんなイメージなんかじゃ・・・」
「それに、コスモスって漢字で書くと『秋桜』でしょ。お互いの名前が入っているなんて、これ以上ないと思ったんだ」
 そう言って屈託なく笑う秋庭さん。私は彼が笑うと目が線の様に細くなるその目元が大好きだ。
 体の脇に置いていた手に、少しだけ偶然触れたお互いの指先は、指先だけじゃ足りないと言わんばかりに、指と指をしっかりと繋ぎ合わせられて、その手を持ち上げられるとさっき偶然触れた場所の指先にキスをされた。
 至近距離から秋庭さんの今まで見たことも無い真剣な眼差しを受けて、七海はたじろぐ。
 いつもは離れた距離でしか見たことがないのに、まつ毛までしっかりと分かる距離で見つめられ、早鐘を打ちつつある鼓動より、繋ぎ合っている手よりも、キスされた指先の方が熱い。まるで指先にももう1つ心臓出来たかのようだ。

「だから、付き合って下さいって言ったのももちろん本心なんだけど、それよりも言いたかったのは―――付き合うっていうより―――」

 その瞬間、秋庭さんの声以外は七海には存在しなくなった。

「もっと先の事も含めて―――」

「俺と一緒になって下さい」

 クリアだった世界は次第に滲んで見え、頬には止まることなく涙が流れて行く。
 私が返した言葉はたった一言。

「はい」

 ベンチにあった影は二つから一つになったかと思うと、直ぐに元の形へと戻り何時までもその場所から影は動く事は無かったのだった。
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