栞~猫が繋ぐ縁~

清杉悠樹

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栞~猫が繋ぐ縁~ 五話

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 五話

 キラキラな一撃をくらってダメージを受けている七海の事は、秋庭が頼んだいつものコーヒーとサンドイッチが届いた為に気付かなかった。
 そのコーヒーを運んできたマスターの中崎さんは、七海に質問してきた。
「そう言えば巧から聞いたのですが、来月で仕事を代わられると聞きましたが」
「ええ、そうなんです。急なんですけど」
 話に出てきた仕事を代わると言うのは、私じゃなくて景山先生の前担当をしていた先輩の事だ。
 先輩から会社で直接聞いたのは数日前の事で、母親が先月亡くなり、家の都合で仕方なくと聞いた。寂しい事だが仕方が無い。七海や他の同僚達と一緒に後日送別会を開く予定にしている。
「仕事を代わるってっ!?何、どういう事!?」
 ぎょっとして七海を問い詰めるように聞いてきた秋庭は、景山先生からはまだ何も聞かされていなかったらしく驚いている。
「仕事を代わるっていうのは――――――」
 私の事じゃなくて、先輩のことだと言おうとした。
「私もとてもお世話になったので、是非花束を贈りたいと思うのですが宜しいですか?」
 まだ話している途中にも関わらず、マスターが強引に会話に割って入ってきた。こんなことは今までになくて珍しい。
 七海が戸惑ってマスターを見ると、何やら企んでいるかのような含みを持たせた目配せをしてきた。
 話を合わせろってこと?先輩の事を言っていないから、きっと秋庭さんは私が仕事を辞めるんじゃないかと勘違いをしているはずなのに、どうして?
 訳が分からないままだったが、花束は先輩に贈りたいということだろうと思いながらも、七海はマスターに合わせることにした。
「ええ、有り難う・・・ございます」
 一体どうしてこんなことをするんだろうと考える暇も無く、隣からガタンと大きな音がして、七海は吃驚して隣を見ると、秋庭さんが椅子から立ち上がり、顔色を悪くして七海を凝視していた。
「秋庭さん?どうか――――――」
 今度は秋庭さんに、どうかしたんですか?と声を掛けようとしたが、痛みを堪えているような辛そうな顔をしたかと思うと、急に裏の駐車場が有る方の出口から外へと出て行ってしまった。
 七海はその様子をあっけにとられながら立ちつくした。
 呆然とまだ外を眺めている七海に声を掛けたのは、彩華さんの妹の菜々さんだ。
「桜野さん、編集の仕事辞めちゃうの!?」
 戸惑いがちに声を掛けられ、はっと我に返った七海は違う事を伝える。
「違います、仕事を辞めるのは私の前に景山先生の担当をしていた先輩の事です。私の事じゃありません。中崎さん、なんで秋庭さんが勘違いするようなあんな言い方したんですか?あれじゃ、まるで私が辞めると言ってるみたいじゃないですか」
 中崎さんに話を合わせては見たものの、秋庭さんに変な誤解を与えたままなんて嫌だな・・・。
「ちょっとお節介を焼きました。大丈夫です、すぐに戻ってくると思います」
「本当に?」
 早く、誤解を解いておきたいのに。もし帰って来なかったら直ぐに電話でもしないと。
「単純な奴ですから。きっと今頃買いに行ってるんじゃないかと・・・。ああ、ほら言ってる傍から帰ってきましたね。でも、早すぎ・・・あ、あいつ、裏から勝手に」
 中崎さんが言ったように直ぐに帰って来た秋庭さんは、息を上げたまま七海の前へ足早にやってきて数回深呼吸を繰り返した。
「桜野さん」
 向かい合って立ったままの七海は目線を少し上にあげる。
「はい、あの、仕事の事なんですけど、あれは―――」
「例え転職することが決まっていても、それで桜野さんに会えなくなるのは嫌です。絶対に無理だと思っていたから言わないでおこうと思ってたんですけど、言わないと後悔しそうだから言わせて下さい。俺と付き合って下さい。お願いします」
 一気にそう言うと、後ろ手から数本まとめた花を七海へと差し出した。
 差し出された花は、秋の花のコスモスだ。赤、白、ピンクの花はゆらゆらと揺れている。小刻みに揺れているのは、相手の緊張から来る手の震えだ。
 目の前で揺れるコスモスをただただ目を見開いて眺め続ける七海は、言われた事を理解出来ずに固まってしまっていた。
 そのまま数十秒もの間、花を差し出したまま受け取ってもらえない秋庭は、自分には高嶺の花で、やっぱり無理だったかと諦めるしかないかとため息をついた時。
 七海は、ぽろぽろと涙を流し始めた。
 ようやく秋庭から言われた事を理解した七海は嬉しさのあまり涙が溢れてきた。
 両手でゆっくりと秋庭の持っているコスモスの花束を受け取とると、涙声だけれどはっきりと答えた。

「私の方こそ、お願いします」

 コスモスの花は、ゆっくりと喜びで揺れたのだった。
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