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小話 レナート
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「寝室は、そこの扉の向こうにある。その横の扉は小さいけれど浴室がある。もし広い方がいいのなら、誰か侍女に言ってくれれば使わせてもらうことも出来るから。今日は長距離の移動で疲れただろうから、先に寝てること。俺はこれから少し父と話してくるから」
「・・・はい」
少しのやり取りをエマと交わした後、自室を出たとたんレナートは扉を背に廊下で口元を抑えた。
やばい。何、あの警戒心のなさ。可愛さ。
あんなもじもじと目の前でされたら、襲ってと言わんばかりだろう。あの隙がたまらん。
ついおでこにキスをしてしまったが、危うく口にするところだった。やばかった。
男を知らないのは十分理解してるけど、ああも無邪気にこちらを信じられては手を出したくても、最後まで手を出せるもんじゃないな。泣かせて嫌われてしまいそうだ。
それは、考えるとちょっと・・・胸に迫るものがあるな。とうぶん立ち直れないかもしれん。
やや暗い一人廊下で立ち尽くす姿は、もし誰かに見られると不審者として映っただろう。運よく廊下には誰もいなかった。
はあ、こんな年になって、若い子に入れ込むなんてなぁ。
会ったのは昨日の事だし。普通二日で入籍までしないよなぁ。
遠い目をしたレナートは深い深いため息をこぼすと重い足を意識しながら動かし、父の書斎へ向かった。
***
夕食の後、話をする約束をしていたから父は椅子に座り書物を読みながら自分を待っていてくれた。
「どうだ、エマさんの様子は?」
父の前に立ちレナートは答えた。
「慣れない部屋に戸惑ってるみたいですが、その他は特に問題はなさそうです。侍女としてイレーネもこちらで働けるようになったこともあるんでしょう」
他人の中に一人でも自分の事をよく知る人物がいてくれることが安心に繋がっているんだろう。落ち着いた様子だった。
「そうか。それは良かった。・・・ああ、レナート、ソファへ座ってくれ」
「はい」
昨日いきなり家へと連れてきて嫁にすると宣言をしたエマを、父は案外気に入ってくれたらしい。ほっと表情が緩んだ。
向かい合ってソファに座ると、レナートは実際にマクレーン家へ行って見てきたことのありのまま報告をした。最後まで聞かなくても父は静かに怒りを貯めこんでいた。
「それにしても、聞けば聞くほど酷いものだな、マクレーン家は。よく今まで問題として噂にならなかったものだな。アンナも怒り狂ってたよ」
「今日一日、マクレーン家の噂を集めてきたのですね?」
懇意にしているご婦人の所へお茶をしに行ったと聞いた。
「ああ、エマさんに関しては情報はあまり出なかった。無かったというか。ほとんどが男爵の人となりと、後妻のラモーナ夫人に関してだったな。まあ、予想できるだろうがいい噂は無かったな」
「そうですか」
噂さえ出ないよう客の前にエマの姿を見せることはなかったのだろう。
あー、くそ、忌々しい。
一人でいるとむしゃくしゃするこの感じを物に当たり散らしてしまいそうだ。
「傷があるからと言って、そんな小屋みたいなところに押し込んで、碌な食事も、服も与えないまま、か。それでは背も伸びなくて当然だな」
「ええ、でもこれからはそんなことはさせません。体にいい食事と、快適な居住、安心して眠れる場所を与えます。そうすればもう少し食欲も増えるでしょう」
エマの年齢を考えれば背も足りていないし、線も細いのは扱いが酷かったせいだろう。ホノカも年齢的には同じはずだが、こちらは種族の違いというものがあるらしい。以前、日本人はこの世界の人達と比べると背は低いと聞いた。その中でもホノカは小さい方らしいが。
「そうだな、同じ年代のホノカさんもいることだし、その辺りは大丈夫だろう」
「ええ」
食欲旺盛なホノカと一緒に食事をしていれば、雰囲気につられ食事の量はいずれ増えていくだろう。
「いずれにせよ、お前が言ったようにマクレーン家の人間はこの家には入れない。使用人達にも周知徹底させよう」
マクレーン家を辞す時、怒りが収まらなくて二度とエマには里帰りをさせない、顔も合わさせないと啖呵を切ってしまった。それを聞いて父からも同意を得た。
「有難うございます。それで、マクレーン家とこれからどうしますか?事業の支援契約の件を含めて」
「ふむ。そうだな」
父は鼻下の髭を一指し手で触りながら悩み始めた。
「・・・こういうのはどうだろうか。まだしていないホノカさん達のお披露目と、お前たちのお披露目を一緒にすることにして、―――」
「ああ、そういうことなら、支援金としてこれくらいの金額を一括で払うことにしてみるというのはどうでしょう。一時的にかなりの額が必要となるでしょうが、結果的には恐らく―――」
「いいだろう。その程度の金なら用意しよう。マクレーン家に報復するのならそれくらいは必要経費だろう。後でアンナには儂のほうから伝えておく。セオドール殿にはレナートが伝えてくれ。くれぐれもエマさんには知られないようにな」
「勿論です」
静かな晩に、シルヴィオ家の反撃が始まった。
「・・・はい」
少しのやり取りをエマと交わした後、自室を出たとたんレナートは扉を背に廊下で口元を抑えた。
やばい。何、あの警戒心のなさ。可愛さ。
あんなもじもじと目の前でされたら、襲ってと言わんばかりだろう。あの隙がたまらん。
ついおでこにキスをしてしまったが、危うく口にするところだった。やばかった。
男を知らないのは十分理解してるけど、ああも無邪気にこちらを信じられては手を出したくても、最後まで手を出せるもんじゃないな。泣かせて嫌われてしまいそうだ。
それは、考えるとちょっと・・・胸に迫るものがあるな。とうぶん立ち直れないかもしれん。
やや暗い一人廊下で立ち尽くす姿は、もし誰かに見られると不審者として映っただろう。運よく廊下には誰もいなかった。
はあ、こんな年になって、若い子に入れ込むなんてなぁ。
会ったのは昨日の事だし。普通二日で入籍までしないよなぁ。
遠い目をしたレナートは深い深いため息をこぼすと重い足を意識しながら動かし、父の書斎へ向かった。
***
夕食の後、話をする約束をしていたから父は椅子に座り書物を読みながら自分を待っていてくれた。
「どうだ、エマさんの様子は?」
父の前に立ちレナートは答えた。
「慣れない部屋に戸惑ってるみたいですが、その他は特に問題はなさそうです。侍女としてイレーネもこちらで働けるようになったこともあるんでしょう」
他人の中に一人でも自分の事をよく知る人物がいてくれることが安心に繋がっているんだろう。落ち着いた様子だった。
「そうか。それは良かった。・・・ああ、レナート、ソファへ座ってくれ」
「はい」
昨日いきなり家へと連れてきて嫁にすると宣言をしたエマを、父は案外気に入ってくれたらしい。ほっと表情が緩んだ。
向かい合ってソファに座ると、レナートは実際にマクレーン家へ行って見てきたことのありのまま報告をした。最後まで聞かなくても父は静かに怒りを貯めこんでいた。
「それにしても、聞けば聞くほど酷いものだな、マクレーン家は。よく今まで問題として噂にならなかったものだな。アンナも怒り狂ってたよ」
「今日一日、マクレーン家の噂を集めてきたのですね?」
懇意にしているご婦人の所へお茶をしに行ったと聞いた。
「ああ、エマさんに関しては情報はあまり出なかった。無かったというか。ほとんどが男爵の人となりと、後妻のラモーナ夫人に関してだったな。まあ、予想できるだろうがいい噂は無かったな」
「そうですか」
噂さえ出ないよう客の前にエマの姿を見せることはなかったのだろう。
あー、くそ、忌々しい。
一人でいるとむしゃくしゃするこの感じを物に当たり散らしてしまいそうだ。
「傷があるからと言って、そんな小屋みたいなところに押し込んで、碌な食事も、服も与えないまま、か。それでは背も伸びなくて当然だな」
「ええ、でもこれからはそんなことはさせません。体にいい食事と、快適な居住、安心して眠れる場所を与えます。そうすればもう少し食欲も増えるでしょう」
エマの年齢を考えれば背も足りていないし、線も細いのは扱いが酷かったせいだろう。ホノカも年齢的には同じはずだが、こちらは種族の違いというものがあるらしい。以前、日本人はこの世界の人達と比べると背は低いと聞いた。その中でもホノカは小さい方らしいが。
「そうだな、同じ年代のホノカさんもいることだし、その辺りは大丈夫だろう」
「ええ」
食欲旺盛なホノカと一緒に食事をしていれば、雰囲気につられ食事の量はいずれ増えていくだろう。
「いずれにせよ、お前が言ったようにマクレーン家の人間はこの家には入れない。使用人達にも周知徹底させよう」
マクレーン家を辞す時、怒りが収まらなくて二度とエマには里帰りをさせない、顔も合わさせないと啖呵を切ってしまった。それを聞いて父からも同意を得た。
「有難うございます。それで、マクレーン家とこれからどうしますか?事業の支援契約の件を含めて」
「ふむ。そうだな」
父は鼻下の髭を一指し手で触りながら悩み始めた。
「・・・こういうのはどうだろうか。まだしていないホノカさん達のお披露目と、お前たちのお披露目を一緒にすることにして、―――」
「ああ、そういうことなら、支援金としてこれくらいの金額を一括で払うことにしてみるというのはどうでしょう。一時的にかなりの額が必要となるでしょうが、結果的には恐らく―――」
「いいだろう。その程度の金なら用意しよう。マクレーン家に報復するのならそれくらいは必要経費だろう。後でアンナには儂のほうから伝えておく。セオドール殿にはレナートが伝えてくれ。くれぐれもエマさんには知られないようにな」
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