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51 揶揄
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エマはレナート様と共にお披露目を兼ねた夜会が始まって間もない時間に父達を出迎えた。
「遠いところよくお越しくださいました」
マクレーン家を訪問したときに、もう二度と会うことは認められないとレナート様は父にそう言ったけれど、今回は特例としてこちらへと呼び寄せられた。
これで多分エマが父達に会うのは最後になるだろうとは思っても、特に寂しいとも辛いとも感じないのは血の繋がった家族としてどうなんだろうと思ったが、シルヴィオ家の一員として過ごし始めてからというもの、楽しい思い出ばかりが増えているという現実がある。やはりそういうことが理由なんだろうと割り切ることにした。
予定では父と義母の二人の筈が、予想外にオルガも連れだっていた。一応身内ということから追い返すことなく迎えられたが、主催者側のアンナ様やホノカさん以上に悪目立ちをする派手なドレス姿に、エマは内心複雑な気持ちが渦巻いた。
義母の胸元が大きく開いた洋紅色(ようこうしょく)の鮮やかすぎる赤のドレスは、スカート部分にも宝石が縫い付けられているのか燭台の明かりを受けてキラキラとさせている。
オルガは成人したばかりなのに、義母の影響なのか同じように女性らしいラインを強調した紅緋色とやはり明るい赤色で、レースがふんだんに使われていた。そして極め付きが化粧の濃さ。義母ならばある程度は年相応としてみれる濃さだろうが、若いオルガにはそこまで必要ないという濃さだった。素顔の方がよっぽど似合うのにとさえ思えた。
それにしても財政難の筈だったのに、シルヴィオ家からの事業支援協力が功を奏し、早くも乗り切ったのだろうか。でもそんなはずないわよね。余りにも期間が短すぎる。
エマは不思議に感じたものの、問うことも出来ずにレナート様に寄り添いながら疑問を飲み込んだ。
夜会も終盤となり、疲れもあったがレナート様が傍にいてくれるからエマは両親達がどこにいるのかと目で追ったり、確認しなくては落ち着かないといったことにはならなかった。
訪問の挨拶を終えた後は特に気にすることなく、これからも付き合っていくことになるシルヴィオ家の親族の挨拶周りを予想していたものより随分と楽しんでいた。
マギ課の若い人とも数人挨拶をしたが、顔見知りであるアルベルト様もその場にいたことからそれほど緊張はしなかった。
それもこれも傍にずっとレナート様がいてくれたから。ホノカさんが魔法で傷を消してくれたことも後押ししてくれたというのもある。
今日のエマの髪飾りは年末に開催された祝賀行事の時にホノカさんがアングレカムの花を使い傷を隠してくれた時と同様にこめかみを隠す仕様となっている。
顔を会わせたとというのに、傷が無くなっていることにも気づかない両親達。
(今更ですけどね)
自分が親に対して心が動かないのと同じように、向こうもきっとそうなんだろう。もし気づかれたとして、誰にどうやって魔法をかけられたのかと質問攻めにされるのも困る。だからお互い様というものだ、きっと。
***
「足は平気か?もう少しで終わりだから」
エマはレナート様に腰を支えられながら心配そうに顔を覗き込まれた。
ちらほらと帰られる招待客もいる時刻、夜会も問題なく終わろうとしていた。
強張っていた肩の力も随分と軽いものへと変わった。エマは心配いらないと柔らかな笑みを浮かべた。
「はい。大丈夫です。ホノカさんに痛みを和らげる魔法をかけて貰ってますから」
ホノカさんは長時間立ちっぱなしのエマを心配して、あらかじめ足に魔法をかけてくれたのだ。ダンスも躍っていないし、立ち時間は長いけれど長距離を歩いたわけでもない。多少の痛みは感じるもののそんなに辛くはない。
「そうか。でも明日一日中ゆっくりと体を休めて足を使わないようにな。後でイレーネに確認するから」
一日中って。無理でしょう。
苦笑いをしてしまったエマ。レナート様は不敵な笑顔を浮かべると、耳に口を寄せてきた。
「ああ、もし約束が守れないようなら、強制的に、物理的にベッドから起きれないようにすることになるけど?エマとしてはそっちが望みなら喜んで一晩相手するから」
低くて艶のある夫の声にぼんっとエマは顔を赤くした。
「結構ですっ!」
レナート様が言うなら本当に一晩中ということ。そんなことをされたらベッドから一歩も出ることが出来くなることは経験済み。時間をかけて甘い言葉と共に体中を蕩けさせられ、何度も何度も絶頂へと導かれ、次の日は文字通り起き上がることが困難だったことはまだ記憶に新しい。
エマはそんな調子だったのに、逆にレナート様は溌溂としていたことが信じられなかった。
その時のことを思い出したエマは顔色を青へと変化させて否定した。
「そう?それは残念だな」
言葉と合わない程の笑みを浮かべたレナート様を見て、エマはようやくからかわれたことに気づいた。
―――もう、レナート様ってば!
こういうところが余裕だと感じる瞬間だ。ちょっとだけして欲しかったと思わないでもなかったとは言えないエマ。
いつまで経ってもレナート様には敵いそうにないと思ったのだった。
やがてドロテー様、ブランディーヌ様ご夫妻方も帰られることになった。約束をしたとおりレナート様は土産としてマカロンが詰められた菓子折りを渡すと、ホノカさんがパン、プリン、シュークリームのレシピをお二人へと手渡していた。
「ホノカさん、有難う。嬉しいわ。ホノカさんもエマさんと一緒に是非うちに遊びにいらしてね?」
「はい、是非」
ホノカさんも嬉しそうに返事を返していた。
エマは帰っていくご夫妻の後ろ姿を見送りながら、ふと思った。
そういえば父達の帰っていく姿を見送っていないな、と。
「遠いところよくお越しくださいました」
マクレーン家を訪問したときに、もう二度と会うことは認められないとレナート様は父にそう言ったけれど、今回は特例としてこちらへと呼び寄せられた。
これで多分エマが父達に会うのは最後になるだろうとは思っても、特に寂しいとも辛いとも感じないのは血の繋がった家族としてどうなんだろうと思ったが、シルヴィオ家の一員として過ごし始めてからというもの、楽しい思い出ばかりが増えているという現実がある。やはりそういうことが理由なんだろうと割り切ることにした。
予定では父と義母の二人の筈が、予想外にオルガも連れだっていた。一応身内ということから追い返すことなく迎えられたが、主催者側のアンナ様やホノカさん以上に悪目立ちをする派手なドレス姿に、エマは内心複雑な気持ちが渦巻いた。
義母の胸元が大きく開いた洋紅色(ようこうしょく)の鮮やかすぎる赤のドレスは、スカート部分にも宝石が縫い付けられているのか燭台の明かりを受けてキラキラとさせている。
オルガは成人したばかりなのに、義母の影響なのか同じように女性らしいラインを強調した紅緋色とやはり明るい赤色で、レースがふんだんに使われていた。そして極め付きが化粧の濃さ。義母ならばある程度は年相応としてみれる濃さだろうが、若いオルガにはそこまで必要ないという濃さだった。素顔の方がよっぽど似合うのにとさえ思えた。
それにしても財政難の筈だったのに、シルヴィオ家からの事業支援協力が功を奏し、早くも乗り切ったのだろうか。でもそんなはずないわよね。余りにも期間が短すぎる。
エマは不思議に感じたものの、問うことも出来ずにレナート様に寄り添いながら疑問を飲み込んだ。
夜会も終盤となり、疲れもあったがレナート様が傍にいてくれるからエマは両親達がどこにいるのかと目で追ったり、確認しなくては落ち着かないといったことにはならなかった。
訪問の挨拶を終えた後は特に気にすることなく、これからも付き合っていくことになるシルヴィオ家の親族の挨拶周りを予想していたものより随分と楽しんでいた。
マギ課の若い人とも数人挨拶をしたが、顔見知りであるアルベルト様もその場にいたことからそれほど緊張はしなかった。
それもこれも傍にずっとレナート様がいてくれたから。ホノカさんが魔法で傷を消してくれたことも後押ししてくれたというのもある。
今日のエマの髪飾りは年末に開催された祝賀行事の時にホノカさんがアングレカムの花を使い傷を隠してくれた時と同様にこめかみを隠す仕様となっている。
顔を会わせたとというのに、傷が無くなっていることにも気づかない両親達。
(今更ですけどね)
自分が親に対して心が動かないのと同じように、向こうもきっとそうなんだろう。もし気づかれたとして、誰にどうやって魔法をかけられたのかと質問攻めにされるのも困る。だからお互い様というものだ、きっと。
***
「足は平気か?もう少しで終わりだから」
エマはレナート様に腰を支えられながら心配そうに顔を覗き込まれた。
ちらほらと帰られる招待客もいる時刻、夜会も問題なく終わろうとしていた。
強張っていた肩の力も随分と軽いものへと変わった。エマは心配いらないと柔らかな笑みを浮かべた。
「はい。大丈夫です。ホノカさんに痛みを和らげる魔法をかけて貰ってますから」
ホノカさんは長時間立ちっぱなしのエマを心配して、あらかじめ足に魔法をかけてくれたのだ。ダンスも躍っていないし、立ち時間は長いけれど長距離を歩いたわけでもない。多少の痛みは感じるもののそんなに辛くはない。
「そうか。でも明日一日中ゆっくりと体を休めて足を使わないようにな。後でイレーネに確認するから」
一日中って。無理でしょう。
苦笑いをしてしまったエマ。レナート様は不敵な笑顔を浮かべると、耳に口を寄せてきた。
「ああ、もし約束が守れないようなら、強制的に、物理的にベッドから起きれないようにすることになるけど?エマとしてはそっちが望みなら喜んで一晩相手するから」
低くて艶のある夫の声にぼんっとエマは顔を赤くした。
「結構ですっ!」
レナート様が言うなら本当に一晩中ということ。そんなことをされたらベッドから一歩も出ることが出来くなることは経験済み。時間をかけて甘い言葉と共に体中を蕩けさせられ、何度も何度も絶頂へと導かれ、次の日は文字通り起き上がることが困難だったことはまだ記憶に新しい。
エマはそんな調子だったのに、逆にレナート様は溌溂としていたことが信じられなかった。
その時のことを思い出したエマは顔色を青へと変化させて否定した。
「そう?それは残念だな」
言葉と合わない程の笑みを浮かべたレナート様を見て、エマはようやくからかわれたことに気づいた。
―――もう、レナート様ってば!
こういうところが余裕だと感じる瞬間だ。ちょっとだけして欲しかったと思わないでもなかったとは言えないエマ。
いつまで経ってもレナート様には敵いそうにないと思ったのだった。
やがてドロテー様、ブランディーヌ様ご夫妻方も帰られることになった。約束をしたとおりレナート様は土産としてマカロンが詰められた菓子折りを渡すと、ホノカさんがパン、プリン、シュークリームのレシピをお二人へと手渡していた。
「ホノカさん、有難う。嬉しいわ。ホノカさんもエマさんと一緒に是非うちに遊びにいらしてね?」
「はい、是非」
ホノカさんも嬉しそうに返事を返していた。
エマは帰っていくご夫妻の後ろ姿を見送りながら、ふと思った。
そういえば父達の帰っていく姿を見送っていないな、と。
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