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41 入籍
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「イレーネさんには、明日からエマさんの専属の侍女としてついてもらおうと思う」
そろそろ終着点が近くなってきた夕暮れ時、馬車の中でレナート様がこう言ってくれた。
「エマさんもその方が嬉しいだろう?」
シルヴィオ家で雇って貰うとは聞いたけれど、自分付きの侍女にしてくれるとは思わなかった。同じ場所(ところ)で過ごせるのならそれだけで嬉しいと思っていた。
お母さんが亡くなってからずっとイレーネと二人で暮らしてきたのだから、もし実現するのならこれ以上嬉しいことはない。
「いいのですか?」
エマは後ろを振り返り、レナート様を見上げた。ようやく自分と顔を会わせてきたことが嬉しいらしく、レナート様は相好を崩した。
「エマさんには幸せに過ごして欲しいからね。もっと沢山の笑顔を見せて欲しいから」
顔を綻ばすだけでなく、レナート様は声まで甘く響かせた。耳に直接注ぎ込むような至近距離からのこれは、エマの心臓を打ち抜くには十分な兵器だった。
―――レナート様って、レナート様って!
エマはばっと元の位置に顔を戻すと、熱を持った頬を両手で覆って俯いた。早鐘を打つ心臓の音はきっとレナート様にも伝わっていると思う。
「イレーネさん、引き受けてくれるね?」
くすりと笑ったレナート様の声は、耳からも聞こえたが、背中からは微かな振動として感じられた。
「勿論でございます。レナート様にはなんとお礼を申し上げていいのか分かりません」
対面からイレーネの楽しそうな声を聞きながら、エマは早く馬車から降りたい。そう願っていた。
***
発言の言葉通り、レナート様はシルヴィオ邸にたどり着くと、玄関まで迎えに出てきてくれていたボードワン様と、アンナ様にイレーネを簡単に紹介すると、早速エマの専属の侍女として雇ってもらえるよう許可を願い出てくれた。お二人とも初対面であるイレーネを快く受け入れてくれて、明日からシルヴィオ家で雇って貰えることが早々に決まった。
エマはレナート様の横に控えながら、ほっと一安心した。
小さな時からずっと一緒にいたイレーネが、エマの嫁ぎ先であるシルヴィオ家でも同じく自分の侍女として働いてくれる。それはエマにとってとても心強く、精神的にも安心感が持てるということ。急ぎ男爵家から子爵家へと嫁ぐことになったエマの心の支えになる。
改めてレナート様という素敵な方が旦那様になるという事実にエマは神に感謝した。
もし今日エマ達がマクレーン家へ挨拶へ行っていなければ、仕事を辞めたイレーネと会うことはきっと難しかっただろう。そう考えると、エマはホノカさんやレナート様と昨日出会ってからずっと不思議な奇跡が起き続けているような気がした。
「有難うございます、シルヴィオ子爵様、及び奥様。ふつつかではございますが心を込めて仕えさせて頂きます。今後はイレーネとお呼びくださいませ」
イレーネは深く腰を折り、新たな雇用主となったレナート様のご両親に挨拶した。
「こちらこそ宜しくね、イレーネ」
アンナ様はイレーネに優しく言葉を返してくれた。
他の使用人達に挨拶や、明日からの仕事の内容など覚えなくてはならないことが出来たイレーネは、侍従長に連れられて行き一旦別行動となった。
「さて。もう一度出かけようか、エマさん」
「えっ?どこへでしょうか?」
帰ってきたばかりなのに、レナート様からもう一度出かけようと言われてしまった。馬車から運ばれてきた荷物を片付けるものだとばかり思っていたエマは首を傾げた。
「どこへって、入籍するために城へ行かなくてはならないからね」
「ええっ!?今から入籍しに行くんですか!?」
確かにマクレーン家でレナート様は両親にエマを今日からシルヴィオ家の一員とすると宣言していたが、父達を言い包める為の言葉の綾だと思っていた。
「そう」
「そうって、そんな簡単に・・・」
確かに書類一枚で入籍することは可能なのかもしれないが、そんなちょっと近くに買い物に出かけるみたいな気安さでいいのかと、エマは危ぶんだ。子爵家なのだから、沢山の形式的なものがあると思うのだけれど。
「なんだ、やっばり今日のうちに入籍をするのか」
呆れたやつだなと息子に対してため息をついたボードワン様。
(え?やっぱりって、どういうことですか?今日入籍するということを予見していたらしたということですか?)
レナート様もボードワン様からそう言われることを想定していたのか、不敵に笑った。
(ええ?結局ボードワン様は止めてくださらないのですか?)
それ以上の苦情は無いらしく、ボードワン様の表情は苦くはなかった。
「ん、もう。予想通りね、一応ドレスを用意して良かったわ。本当はもっとエマさんの為に新しいウエディングドレスを作る予定だったのに。あ、でも、ウエディングドレスが出来上がったら、もう一度挙式を上げればいいわよね。そうね、そうしましょう!ということで、エマさん。流石に今日はウエディングドレスは用意出来なかったけれど、白のドレスは用意出来たのよ。さ、着替えましょ、着替えましょ」
嬉々としたアンナ様に背を押され始めたエマは、レナート様に目でどうすればいいのかと訴えた。
「待ってるよ」
にこりとレナート様には笑顔で送り出されてしまった。
結局、保証人欄にセラフィード王直筆の署名がされた婚姻届けを持って、ホノカさん、セオドール様も一緒に城へ行き、教会に在中していた司祭に驚かれながらも入籍を認められ、祝福を受けた。
新年初日に、慌ただしくも晴れてエマはレナート様の妻となったのだった。
そろそろ終着点が近くなってきた夕暮れ時、馬車の中でレナート様がこう言ってくれた。
「エマさんもその方が嬉しいだろう?」
シルヴィオ家で雇って貰うとは聞いたけれど、自分付きの侍女にしてくれるとは思わなかった。同じ場所(ところ)で過ごせるのならそれだけで嬉しいと思っていた。
お母さんが亡くなってからずっとイレーネと二人で暮らしてきたのだから、もし実現するのならこれ以上嬉しいことはない。
「いいのですか?」
エマは後ろを振り返り、レナート様を見上げた。ようやく自分と顔を会わせてきたことが嬉しいらしく、レナート様は相好を崩した。
「エマさんには幸せに過ごして欲しいからね。もっと沢山の笑顔を見せて欲しいから」
顔を綻ばすだけでなく、レナート様は声まで甘く響かせた。耳に直接注ぎ込むような至近距離からのこれは、エマの心臓を打ち抜くには十分な兵器だった。
―――レナート様って、レナート様って!
エマはばっと元の位置に顔を戻すと、熱を持った頬を両手で覆って俯いた。早鐘を打つ心臓の音はきっとレナート様にも伝わっていると思う。
「イレーネさん、引き受けてくれるね?」
くすりと笑ったレナート様の声は、耳からも聞こえたが、背中からは微かな振動として感じられた。
「勿論でございます。レナート様にはなんとお礼を申し上げていいのか分かりません」
対面からイレーネの楽しそうな声を聞きながら、エマは早く馬車から降りたい。そう願っていた。
***
発言の言葉通り、レナート様はシルヴィオ邸にたどり着くと、玄関まで迎えに出てきてくれていたボードワン様と、アンナ様にイレーネを簡単に紹介すると、早速エマの専属の侍女として雇ってもらえるよう許可を願い出てくれた。お二人とも初対面であるイレーネを快く受け入れてくれて、明日からシルヴィオ家で雇って貰えることが早々に決まった。
エマはレナート様の横に控えながら、ほっと一安心した。
小さな時からずっと一緒にいたイレーネが、エマの嫁ぎ先であるシルヴィオ家でも同じく自分の侍女として働いてくれる。それはエマにとってとても心強く、精神的にも安心感が持てるということ。急ぎ男爵家から子爵家へと嫁ぐことになったエマの心の支えになる。
改めてレナート様という素敵な方が旦那様になるという事実にエマは神に感謝した。
もし今日エマ達がマクレーン家へ挨拶へ行っていなければ、仕事を辞めたイレーネと会うことはきっと難しかっただろう。そう考えると、エマはホノカさんやレナート様と昨日出会ってからずっと不思議な奇跡が起き続けているような気がした。
「有難うございます、シルヴィオ子爵様、及び奥様。ふつつかではございますが心を込めて仕えさせて頂きます。今後はイレーネとお呼びくださいませ」
イレーネは深く腰を折り、新たな雇用主となったレナート様のご両親に挨拶した。
「こちらこそ宜しくね、イレーネ」
アンナ様はイレーネに優しく言葉を返してくれた。
他の使用人達に挨拶や、明日からの仕事の内容など覚えなくてはならないことが出来たイレーネは、侍従長に連れられて行き一旦別行動となった。
「さて。もう一度出かけようか、エマさん」
「えっ?どこへでしょうか?」
帰ってきたばかりなのに、レナート様からもう一度出かけようと言われてしまった。馬車から運ばれてきた荷物を片付けるものだとばかり思っていたエマは首を傾げた。
「どこへって、入籍するために城へ行かなくてはならないからね」
「ええっ!?今から入籍しに行くんですか!?」
確かにマクレーン家でレナート様は両親にエマを今日からシルヴィオ家の一員とすると宣言していたが、父達を言い包める為の言葉の綾だと思っていた。
「そう」
「そうって、そんな簡単に・・・」
確かに書類一枚で入籍することは可能なのかもしれないが、そんなちょっと近くに買い物に出かけるみたいな気安さでいいのかと、エマは危ぶんだ。子爵家なのだから、沢山の形式的なものがあると思うのだけれど。
「なんだ、やっばり今日のうちに入籍をするのか」
呆れたやつだなと息子に対してため息をついたボードワン様。
(え?やっぱりって、どういうことですか?今日入籍するということを予見していたらしたということですか?)
レナート様もボードワン様からそう言われることを想定していたのか、不敵に笑った。
(ええ?結局ボードワン様は止めてくださらないのですか?)
それ以上の苦情は無いらしく、ボードワン様の表情は苦くはなかった。
「ん、もう。予想通りね、一応ドレスを用意して良かったわ。本当はもっとエマさんの為に新しいウエディングドレスを作る予定だったのに。あ、でも、ウエディングドレスが出来上がったら、もう一度挙式を上げればいいわよね。そうね、そうしましょう!ということで、エマさん。流石に今日はウエディングドレスは用意出来なかったけれど、白のドレスは用意出来たのよ。さ、着替えましょ、着替えましょ」
嬉々としたアンナ様に背を押され始めたエマは、レナート様に目でどうすればいいのかと訴えた。
「待ってるよ」
にこりとレナート様には笑顔で送り出されてしまった。
結局、保証人欄にセラフィード王直筆の署名がされた婚姻届けを持って、ホノカさん、セオドール様も一緒に城へ行き、教会に在中していた司祭に驚かれながらも入籍を認められ、祝福を受けた。
新年初日に、慌ただしくも晴れてエマはレナート様の妻となったのだった。
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