ANGRAECUM-Genuine

清杉悠樹

文字の大きさ
上 下
34 / 57

小話 バディア(32の後)

しおりを挟む
 バディアがホノカ様の専属侍女となりほぼ二か月。辺境シシリアームにあるシルヴィオ家のカントリー・ハウスから王都のタウンハウスに勤めようになってからも同じ時間が過ぎたということ。
 今ではすっかりタウンハウスにも慣れ、ホノカ様にいかに気持ちよく一日一日を過ごせるようサポート出来るか。バディアにもようやくその流れと、読みが掴めてきたところだ。

 そんな折、ホノカ様夫婦は揃って城で開催される新年祝賀行事に参加されるという。
 アンナ様主導の元、気合を入れたドレスに、髪型、装飾品で主人を着飾り、やり切った感満載でホノカ様夫婦を見送ったのは数時間前の事。
 予定より随分と早い帰宅に体調を悪くなさったのだろうかと心配したのだが、シルヴィオ家当主から直前になって教えられたのは、レナート様の花嫁となられる方を伴い、早めに帰宅してきたのこと。

 お名前は、エマ・マクレーン様だと教えて頂いた。

 レナート様の奥様となられる予定の方は、随分と若く白いドレスを着ていたことからも予想できたが、成人したばかりなのだろう。背はホノカ様と同じくらいで小柄な方だった。銀髪に緑の瞳が何とも可愛らしい女性だった。が、こめかみと、腕に残る傷跡にバディアは目を見張った。
 いつ怪我をされたのだろうか、こんなに若くて綺麗なお顔に傷跡が残ってしまったなんて、どれだけ辛いことだろう。
 その場にいたシルヴィオ家の使用人全員が心の中で呟いたが、誰もが決して顔には出さなかった。

 レナート様に奥方様を迎えることを長年の悲願とされてきたのは、シルヴィオ家のボードワン様始め、アンナ様、ご兄弟の方々も勿論だが、バディアの主人ホノカ様もだ。
 ホノカ様が殊の外嬉しそうにエマ様と寄り添っているのを見て、バディアも知らぬうちに顔を綻ばせていた。

***

 コンコン。
 かなり控えめにドアをノックをしてから、バディアは鍵穴に鍵を差し込んだ。

 多分まだ寝て居られるはず。
 昨夜は初めての公式行事の参加されたホノカ様は相当疲れているはず。それでも今日はエマ様のご実家に行かれる予定とお聞きしているから、そろそろ起きていただかなくてはならない。食事や身だしなみには時間がかかるからだ。

 それでも少しでも長く寝かせてあげたいからと、バディアは先に声をかけることは控え、音をなるべく立てないようにしながら窓へと近寄るとゆっくりとカーテンを引き、朝の光を中へと呼び込んだ。季節は冬となった今、光の色は薄くて熱はあまり感じられない。それでも今季はまだ雪が降っていないから日の光は有難い。

 今日から新しい年が始まった。バディアは窓から見上げていた空から主達が寝ているだろう寝台へと視線を移動させた。すると――。

 ホノカ様、エマ様が同じ寝台で寝ており、二人の間に挟まれ何故か大きなウサギの聖獣までもが寝ていた。

(きゃーっっっっっ!白猫のホノカ様とピンクのウサギエマ様っ、なんて可愛らしいんでしょうっ、まるで天使っ!)
 バディアは両手を胸の前で組み、興奮し、すやすやと眠っている主達の姿を見て悶えた。余りの可愛さに倒れるかと思った。

 無防備に寝ている幼く見える二人が、揃いのパジャマと呼ばれる夜着を着て眠る様は、何とも言えない保護欲を掻き立てられる程愛おしく見えた。

 起こさなくてはならないことも忘れ、一頻り凝視し満足するまで堪能した後ようやく我に返ったバディアは、しゃきんと背を伸ばし、足音を立てることなく素早く部屋を後にした。
(これは是非お見せしなければっ!)
 走ることは禁止されているので、ぎりぎり歩きと認められるだろう速さと、意気込みに鼻息を荒くさせながら向かった先は、アンナ様がいる部屋だ。

 私一人だけが堪能するなんて勿体ないっ。アンナ様にも早くお知らせしなければっ!

 ホノカ様を愛でる会、発起人の元へと急ぐバディアだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】王子妃教育1日無料体験実施中!

杜野秋人
恋愛
「このような事件が明るみになった以上は私の婚約者のままにしておくことはできぬ!そなたと私の婚約は破棄されると思え!」 ルテティア国立学園の卒業記念パーティーで、第二王子シャルルから唐突に飛び出したその一言で、シャルルの婚約者である公爵家令嬢ブランディーヌは一気に窮地に立たされることになる。 シャルルによれば、学園で下級生に対する陰湿ないじめが繰り返され、その首謀者がブランディーヌだというのだ。 ブランディーヌは周囲を見渡す。その視線を避けて顔を背ける姿が何人もある。 シャルルの隣にはいじめられているとされる下級生の男爵家令嬢コリンヌの姿が。そのコリンヌが、ブランディーヌと目が合った瞬間、確かに勝ち誇った笑みを浮かべたのが分かった。 ああ、さすがに下位貴族までは盲点でしたわね。 ブランディーヌは敗けを認めるしかない。 だが彼女は、シャルルの次の言葉にさらなる衝撃を受けることになる。 「そして私の婚約は、新たにこのコリンヌと結ぶことになる!」 正式な場でもなく、おそらく父王の承諾さえも得ていないであろう段階で、独断で勝手なことを言い出すシャルル。それも大概だが、本当に男爵家の、下位貴族の娘に王子妃が務まると思っているのか。 これでもブランディーヌは彼の婚約者として10年費やしてきた。その彼の信頼を得られなかったのならば甘んじて婚約破棄も受け入れよう。 だがしかし、シャルルの王子としての立場は守らねばならない。男爵家の娘が立派に務めを果たせるならばいいが、もしも果たせなければ、回り回って婚約者の地位を守れなかったブランディーヌの責任さえも問われかねないのだ。 だから彼女はコリンヌに問うた。 「貴女、王子妃となる覚悟はお有りなのよね? では、一度お試しで受けてみられますか?“王子妃教育”を」 そしてコリンヌは、なぜそう問われたのか、その真意を思い知ることになる⸺! ◆拙作『熊男爵の押しかけ幼妻』と同じ国の同じ時代の物語です。直接の繋がりはありませんが登場人物の一部が被ります。 ◆全15話+番外編が前後編、続編(公爵家侍女編)が全25話+エピローグ、それに設定資料2編とおまけの閑話まで含めて6/2に無事完結! アルファ版は断罪シーンでセリフがひとつ追加されてます。大筋は変わりません。 小説家になろうでも公開しています。あちらは全6話+1話、続編が全13話+エピローグ。なろう版は続編含めて5/16に完結。 ◆小説家になろう4/26日間[異世界恋愛]ランキング1位!同[総合]ランキングも1位!5/22累計100万PV突破! アルファポリスHOTランキングはどうやら41位止まりのようです。(現在圏外)

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです

石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。 聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。 やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。 女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。 素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。

死んで巻き戻りましたが、婚約者の王太子が追いかけて来ます。

拓海のり
恋愛
侯爵令嬢のアリゼは夜会の時に血を吐いて死んだ。しかし、朝起きると時間が巻き戻っていた。二度目は自分に冷たかった婚約者の王太子フランソワや、王太子にべったりだった侯爵令嬢ジャニーヌのいない隣国に留学したが──。 一万字ちょいの短編です。他サイトにも投稿しています。 残酷表現がありますのでR15にいたしました。タイトル変更しました。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...