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「今夜からは俺の部屋がエマの部屋にもなるわけだけど、足りないものがあれば遠慮なく言って欲しい」
「は、はい・・・。あの、・・・よろしくお願いします」
おどおどとしながらエマはレナート様に深々と腰を折った。
昨夜ホノカ様と一緒に使わせてもらった客室より一回りは確実に広いレナート様の私室。今エマはその中にいる。余りの緊張に周りを見渡す余裕はない。手をぎゅっと握りしめたまま俯いていた。どくどくと早すぎる鼓動はちっとも収まる気配はない。
怖いわけじゃない。そうじゃくて、嬉しいというか、・・・照れる、というか。
―――今日、エマ・マクレーンは、エマ・シルヴィオへと名前を変えた。
まだ数日は客室を使わせてもらえると思っていたから、心の準備が出来ていない。エマはこの部屋に足を踏み入れてから、まだレナート様と直接目を合わせてさえもいない。
廊下を歩いている時も下を向き、少し先に行くレナート様のゆったりと歩く革靴や、長い足ばかりを見ていた。
「寝室は、そこの扉の向こうにある。その横の扉は小さいけれど浴室がある。もし広い方がいいのなら、誰か侍女に言ってくれれば使わせてもらうことも出来るから。今日は長距離の移動で疲れただろうから、先に寝てること。俺はこれから少し父と話してくるから」
「・・・はい」
下ばかり向いているエマの頭の上に不意に重みが増した。何かと思ったらレナート様の手が乗せられたらしい。エマはどうしていいのか分からずに、そのままで立っていた。
「そんなに固くならなくていい。まあ、緊張するなと言っても無理だろうが。大丈夫、同じ寝台を使うが手は出さない。俺はエマの気持ちを無視してまで無理やり何かしようとは思ってないから」
「は、・・・はい」
手は出さないとそこまで言われても緊張の解き方が分からない。
だって、レナート様と一緒に過ごすなんて、どうすればいいの?
ホノカさんと過ごしたのとは意味が違う。友達として、義姉妹としてこれから付き合っていくホノカさんが相手ならば、こんなに緊張はしない。そう、今日から一緒に過ごすのは、旦那様としてのレナート様だ。こうして同じ部屋に二人きりでいると、どうしても夜のあれこれを想像してしまう。
今まで仲の良い女友達がいなかったから、恋愛話を交わして過ごしたことはない。結婚をすれば夫と子を設けるにはどうすればいいのか、侍女のイレーネから一応教えてもらったが、想像を域が出ない。
最初は痛いらしいが、どれくらい痛いのだろう。でも、相手が私ではやっぱり途中で嫌がられるんじゃないかとも思う。こんなに体にあちこち傷が残っているのだし。
不安と期待とがごちゃ混ぜになり、やっぱり緊張してしまう。確か、こういう時は深呼吸をすればいいんだったかしら?
早く落ち着かなければと、思いついたことをすぐに実践しようとエマは焦ったまま深呼吸を繰り返したが、それでは収まるわけがなかった。
「あー・・・、無理そうだなぁ・・・。何か、落ち着くものねぇ。あ、そうだ、グロリオサと一緒に寝てればいい。その方が慣れない場所でも少しは落ち着くことが出来るだろう?」
エマは小さく頷いた。
何に対して緊張して恥ずかしがっているのか、レナート様にはすべて分かっているらしい。それはそうだろう。エマは成人したとはいえまだまだ子供だ。レナート様とはあらゆる経験値が違いすぎる。
「いい子だ」
笑いを含んだレナート様の声が聞こえ、子供をあやすように頭を撫でられた。そして置き土産としてなのか、エマのおでこに軽いキスを一つ落とした。
キ、キスっ!?おでこにキスされたっ!?
柔らかな感触がした部分を反射的にエマは手で覆いながら、つい顔を上げてしまった。するとまともにレナート様と視線が合ってしまった。
室内の明かりを受け、優し気にエマを見つめていた。
「ほんと、エマは可愛いね」
一瞬の間をおいて、ぽんっと音を立てるようにして真っ赤になってしまったエマの頭を、もう一度優しく撫でてからレナート様は部屋を出て行った。
閉まるドアの音がしても尚おでこに手を置いたまま暫く立ち尽くしていたエマの心臓は、時間が経つにつれ少しずつ動きは緩やかに落ち着いてきた。
随分と立ち尽くしていたからギクシャクとする足を動かし、近くに備え付けられたソファの端に座った。三人は座れるだろう大きな広さがある柔らかな座面に体は沈み、ぼうっとしたまま背もたれにあったクッションをひざ上に乗せた。
触れられた所が熱い。
おでこにキスされたことを思い出すと、また心臓がばくばくと暴れ始めた。両手で顔を覆って熱が冷め始めるまでもじもじとしていた。
ああ、もう気絶しそう。
レナート様に色々と敵うわけがないことは分かっているが、一方的に自分だけが振り回されている気がする。一人だけ落ち着いているなんてずるいと思ってしまう。
おでこですら、こうなんだから、もしこれが唇にされてしまったらどうなるんだろうか。本気で心臓が止まってしまうんじゃないかと心配する。
「グロリオサ、おいで」
エマの要請に現れたウサギの聖獣を抱きしめた。ふわふわな体毛に顔を埋めることでようやく落ち着くことが出来た。
グロリオサを抱きしめたまま、今朝起きてからずっと大変だった一日をエマは思い返し始めた。
「は、はい・・・。あの、・・・よろしくお願いします」
おどおどとしながらエマはレナート様に深々と腰を折った。
昨夜ホノカ様と一緒に使わせてもらった客室より一回りは確実に広いレナート様の私室。今エマはその中にいる。余りの緊張に周りを見渡す余裕はない。手をぎゅっと握りしめたまま俯いていた。どくどくと早すぎる鼓動はちっとも収まる気配はない。
怖いわけじゃない。そうじゃくて、嬉しいというか、・・・照れる、というか。
―――今日、エマ・マクレーンは、エマ・シルヴィオへと名前を変えた。
まだ数日は客室を使わせてもらえると思っていたから、心の準備が出来ていない。エマはこの部屋に足を踏み入れてから、まだレナート様と直接目を合わせてさえもいない。
廊下を歩いている時も下を向き、少し先に行くレナート様のゆったりと歩く革靴や、長い足ばかりを見ていた。
「寝室は、そこの扉の向こうにある。その横の扉は小さいけれど浴室がある。もし広い方がいいのなら、誰か侍女に言ってくれれば使わせてもらうことも出来るから。今日は長距離の移動で疲れただろうから、先に寝てること。俺はこれから少し父と話してくるから」
「・・・はい」
下ばかり向いているエマの頭の上に不意に重みが増した。何かと思ったらレナート様の手が乗せられたらしい。エマはどうしていいのか分からずに、そのままで立っていた。
「そんなに固くならなくていい。まあ、緊張するなと言っても無理だろうが。大丈夫、同じ寝台を使うが手は出さない。俺はエマの気持ちを無視してまで無理やり何かしようとは思ってないから」
「は、・・・はい」
手は出さないとそこまで言われても緊張の解き方が分からない。
だって、レナート様と一緒に過ごすなんて、どうすればいいの?
ホノカさんと過ごしたのとは意味が違う。友達として、義姉妹としてこれから付き合っていくホノカさんが相手ならば、こんなに緊張はしない。そう、今日から一緒に過ごすのは、旦那様としてのレナート様だ。こうして同じ部屋に二人きりでいると、どうしても夜のあれこれを想像してしまう。
今まで仲の良い女友達がいなかったから、恋愛話を交わして過ごしたことはない。結婚をすれば夫と子を設けるにはどうすればいいのか、侍女のイレーネから一応教えてもらったが、想像を域が出ない。
最初は痛いらしいが、どれくらい痛いのだろう。でも、相手が私ではやっぱり途中で嫌がられるんじゃないかとも思う。こんなに体にあちこち傷が残っているのだし。
不安と期待とがごちゃ混ぜになり、やっぱり緊張してしまう。確か、こういう時は深呼吸をすればいいんだったかしら?
早く落ち着かなければと、思いついたことをすぐに実践しようとエマは焦ったまま深呼吸を繰り返したが、それでは収まるわけがなかった。
「あー・・・、無理そうだなぁ・・・。何か、落ち着くものねぇ。あ、そうだ、グロリオサと一緒に寝てればいい。その方が慣れない場所でも少しは落ち着くことが出来るだろう?」
エマは小さく頷いた。
何に対して緊張して恥ずかしがっているのか、レナート様にはすべて分かっているらしい。それはそうだろう。エマは成人したとはいえまだまだ子供だ。レナート様とはあらゆる経験値が違いすぎる。
「いい子だ」
笑いを含んだレナート様の声が聞こえ、子供をあやすように頭を撫でられた。そして置き土産としてなのか、エマのおでこに軽いキスを一つ落とした。
キ、キスっ!?おでこにキスされたっ!?
柔らかな感触がした部分を反射的にエマは手で覆いながら、つい顔を上げてしまった。するとまともにレナート様と視線が合ってしまった。
室内の明かりを受け、優し気にエマを見つめていた。
「ほんと、エマは可愛いね」
一瞬の間をおいて、ぽんっと音を立てるようにして真っ赤になってしまったエマの頭を、もう一度優しく撫でてからレナート様は部屋を出て行った。
閉まるドアの音がしても尚おでこに手を置いたまま暫く立ち尽くしていたエマの心臓は、時間が経つにつれ少しずつ動きは緩やかに落ち着いてきた。
随分と立ち尽くしていたからギクシャクとする足を動かし、近くに備え付けられたソファの端に座った。三人は座れるだろう大きな広さがある柔らかな座面に体は沈み、ぼうっとしたまま背もたれにあったクッションをひざ上に乗せた。
触れられた所が熱い。
おでこにキスされたことを思い出すと、また心臓がばくばくと暴れ始めた。両手で顔を覆って熱が冷め始めるまでもじもじとしていた。
ああ、もう気絶しそう。
レナート様に色々と敵うわけがないことは分かっているが、一方的に自分だけが振り回されている気がする。一人だけ落ち着いているなんてずるいと思ってしまう。
おでこですら、こうなんだから、もしこれが唇にされてしまったらどうなるんだろうか。本気で心臓が止まってしまうんじゃないかと心配する。
「グロリオサ、おいで」
エマの要請に現れたウサギの聖獣を抱きしめた。ふわふわな体毛に顔を埋めることでようやく落ち着くことが出来た。
グロリオサを抱きしめたまま、今朝起きてからずっと大変だった一日をエマは思い返し始めた。
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